ジョグジャカルタから車で4時間かけてやってきた神々の聖所・ディエン。周囲を取り囲む3,000m級の山々、霧けむる沼、硫黄・熱水を吹き出す源泉、斜面びっしりに広がる棚田等々で彩どられた神秘的な高原である。
ディエンの歴史は古い。7世紀頃には土着の山岳信仰とインドから伝わったヒンドゥー教が融合した文明が発達していたとされている。その後、ジャワ島において栄華を誇ったヒンドゥー王朝のマタラム王国によってボロブドゥールやプランバナンに先立つ7-8世紀頃に200もの寺院と高原都市からなるヒンドゥーの聖地が築かれたと考えられていて、現在でもアルジュナ寺院群と呼ばれるジャワ島最古のヒンドゥー寺院遺跡が残っている。
そのアルジュナ寺院群が本日第一の目的地。どんな寺院が出てくるのかと思っていたら、だだっ広い高原の真ん中の何でもないような農地の辺りで車を降ろされる。体感温度は22~23℃程度だろうか、昼間であっても肌寒さを感じて身震いする。
これだけ素晴らしい自然の美に囲まれていると、この地が数多の寺院に覆われていた頃がどれほど見事な絶景だったか創造力を働かせずにはいられない。
イヤリングのような赤紫色をした園芸品種フクシャやトランペットのような黄色いキダチチョウセンアサガオ(毒草!)が咲き誇る遊歩道を10分程歩いた先に寺院群を発見。
山間部に広がる棚田に囲まれた田園風景の中にひっそりと素朴ながらも異彩を放つ寺院5基群が寄り添うように残されている。寺院群周辺は畑が取り巻き、かつて寺院を囲んだであろう僧侶や巫女の家々は微塵も残されていないが、イスラム教が浸透する前にヒンズー教や仏教が勢力を伸ばしていた事実が伝わってくる。インドからヒンドゥー教が伝わった7世紀頃多くの巡礼者が訪れ、祈りを捧げ、瞑想した聖域・ディエン。この美しい人里離れた自然豊かな場所が人々の身体と心を浄化し純粋な状態に導いてきたのかと思うと自分の身も心も洗われる気分になる。
石に彫られた芸術的、宗教的意匠が1,000年以上の時を経てなお幽玄な趣を静かに保っている。これらの寺院群には右から順にスマル寺院、アルジュナ寺院、スリカンディ寺院、プントデウォ寺院、スンボドロ寺院とそれぞれ個別名称が付けられているが、これらの名称は全て19世紀になって古代インドの宗教的、哲学的、神話的叙事詩・マハーバーラタの中の登場人物から付けられたものであり、本来の名前は不詳らしい。
別アングルから。アルジュナ、スマル、スリカンディの3つの寺院は7世紀終わりから730年頃までに建設され、プンタドゥワ、スンバドラは8世紀半ばから後半にかけて造られたと推測される。どれもジャワ最古のヒンドゥー寺院というだけあって非常にシンプルで小さく、寺院と言うよりはこじんまりとした祠堂といった感じだが、基壇・堂・屋根(尖塔)という基本建築構造はこの時代から確立されていたようだ。この基本構造の延長線上にあり集大成となったのがプランバナンのような壮大で華美な祠堂なんだろう。
アルジュナの妻の名前に由来したスンバドラ寺院。入口の破風に厳めしい表情の鬼面の護り神・カーラが設けられている。
ブンタディワ。ここにも入口の破風にはカーラが設けられている。
一際立派なアルジュナ。ジャワ島における宗教建築の原型なもんで、プランバナンやボロブドゥールの寺院と比べると小粒感は否めない。
アルジュナの前に残る付属施設のスマル寺院は他とは異なる建築構造で、長方形の箱型となっている。プランバナンみたいに本堂に対するヴァハナのような役割を果たしていたのだろうか。
カーラ等の彫刻は殆ど風化されておらず、1,000年以上も前の物とは思えない。ここだけ復元されたものが使われているのだろうか。
スマル寺院の内部。リンガの台座だけが残され寂寥感を漂わせる。
アルジュナ寺院群からもう少し離れたところにも遺跡が点在しているが、基壇以外は木造だったのか、殆ど土台しか残されていない状態のものばかり。
うーん…遺跡単品を見学するには少し物足りないが、ジャワ最古という歴史的意味合いや学術的には貴重なサイトだし、遺跡周囲の雰囲気も一体で考えれば実に味のある遺構だと思う。火山群に四方を囲まれ、モスクからのイスラム音楽が響き渡る中を羊の放牧が行き交ったりする長閑な田園地帯のど真ん中に1,000年以上も前の建築物があるんですから。標高2,000mという高原に古マタラム王国が聖地を築いたのも思わず納得してしまう神聖な空気に包まれていて、一度は来る価値のある特別な場所だと思うんだがなぁ。天気にも恵まれてたのに見物客が私一人というのが寂しかったわ。
続いて、ディエンの次なる観光名所へと移ります。
【2015年ジョグジャカルタ・ソロ旅行記】
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