アマラプラのウー・ベイン橋とマンダレーのマハムニパゴダ

ザガインインワとマンダレー周辺の古都を巡り、この日最後の目的地であるアマラプラへ。

アマラプラは、ビルマ王朝が点々と都を移し続けていた18-19世紀の動乱期に1783~1823・1841~1857年と二度に渡り短期間ながら王都が置かれていた古都である。ただ、1857年にヤダナボンへと遷都する際に主要な建物が全て分解され新都へと運ばれた為、アマラプラには王宮などの遺跡は残っていないそうだ。その為にどうしても見所が薄い印象を持ってしまうが、同国最大規模のマハーガンダーヨン僧院、巨大木造橋ウー・ベイン橋、手織り工房などなどの観光名所があるらしい。

よっしゃ、いざアマラプラへ!と思いきや、途中で幹線道路を外れて農村へと入っていくバイタクドライバー。知り合いの家が近くにあるからお食事でもしていきましょうよってw


知り合いの家というか僧院じゃねえか、ここ。


たいそうな馳走が振る舞われて恐縮していたが、たんまり食っていきなさいとのことだったのでお言葉に甘えて素手でご飯をがっつかせてもらうことに。

腹ごしらえを済ませたドライバーは絶好調モードでバイクをすっ飛ばす。
ひだり みぎ
4人乗りの原付やバイクを後ろに積んで走るサーカス的なバイクと並走すること30分、アマラプラの町に到着した。


アマラプラのタウンタマン湖。湖上には小舟が浮かび、湖の畔では牛が草を食む牧歌的な風景が見渡す限りに広がっている。

こちらがアマラプラ名物のウー・ペイン橋。ウーベインとは、インワからアマラプラへと都が遷都された際のお偉いさんの名前。インワの旧王宮に打ち捨てられたチーク材をアマラプラまで運び出して橋を架けるよう命じた人物だそうだ。国土交通大臣的な役割の人物だったのか知らないが、1841年の遷都時に建てた橋が今日まで地元民に使われ続けるだけでなく観光名所として地域経済を活性させているのだから、先見の明のある人物であったのだろう。

乾季だったから橋の脚の部分が完全に見えているが、雨季の真っただ中には足の下まで完全に水で覆われるくらいの水量になるらしい。チークの丸太を打込んで上部にスノコ状の板を渡しただけのシンプルな造りで、水位変化の激しいミャンマーでは雨季の洪水で簡単に崩壊しそうなもんだが…



ずーっと果てなく続くウーベイン橋、その長さはなんと1,200メートルにもなり、木造の歩道橋としては世界最長のものとされてる。足元に目をやるとちょっとずつ壊れていたり隙間があったりするし、湖畔で風も強く欄干も無いことからちょっとでも油断すれば落っこちてしまいそうなスリルを味わえる。

また、橋の上から眺めるサンセットが美しいことでも知られているようなんだけど、どうせこの季節はガスってしまっているのだろうと諦め、昼過ぎにして早々にマンダレーへと戻ることに。

【アマラプラ ウーベイン橋】

マハムニ・パヤー(マハムニ・パゴダ)

マンダレーへと戻る途中、少しだけ時間があるなら是非お立ち寄り頂きたい場所があるとドライバーに言われ、道中にあるマハムニパゴダなる寺院へと立ち寄ることに。

マハムニパゴダは、マンダレー最大にして最重要のパゴダ。コンバウン朝第6代ボードーパヤー王(在位1782-1819年)がビルマ南西部のヤカイン地方を制圧した際、ヤカインの都から招来したマハムニ仏を祀る為に創建されたらしい。


本堂の奥の一段高い所に本尊のマハムニ仏があり、沢山の男性が金箔をペタペタと仏の体に張り付けていた。なんでも、自分の体の悪いところに貼ると病が治るということらしく、長い年月を掛け人々の手によって金箔が貼られ、現在の金ぴかの姿となったようだ。


丸いアーチの向こうに見える金色に輝く御本尊。遠くからでも異様な輝きを放ってるのが確認できる。


御本尊が祀られるエリアは女性禁止。その代わり、男衆が金箔を貼りたくる姿は固定カメラで撮影されたうえであちこちのモニターでライブ放映されていて、女性陣はその様子を固唾を飲むように見守っていたw

マハムニパゴダには本尊が祀られる本堂以外にも多数の建屋があり、それぞれが博物館や美術館のようになっている。

ひだり みぎ
ヤカイン地方から山を越え川を越えやってきたマハムニ仏陀を描いた絵画。

ひだり みぎ
ひだり みぎ
こちらも戦利品なのか、それとも交易品なのか。宝物殿的な建物には中華風な物からタイ風・ミャンマー風のものまで様々な芸術品も展示されている。

こちらは仏教世界のジオラママップ。

インドで生まれた仏教がアジアに伝播していく様子を表わしたもの。背後には天上世界へと続く大階段が設けられている。アジア全域の平穏を願うミャンマー仏教の世界観を示しているのだろうが、なんかアジアの仏教圏て仏像の激しい奪い合いをやってきて、略奪した仏を戦利品として滅茶苦茶誇らしげに展示してたりしますよね。それこそここのマハムニ仏やらバンコクのエメラルド仏やら。


このクメール様式の青銅像も、カンボジアのアンコールワットからタイのアユタヤ、ミャンマーのバゴー、ヤカイン、そしてマンダレーとその時代の勢力によって所有者が代わるなど、度重なる引越しを余儀なくされ難儀な人生を過ごしてきた。こんな奪い合い、仏は望んでないだろうに。

おまけ程度に立ち寄ったマハムニパゴダだったけど、思いの他いろいろあって楽しめた。金箔を貼ったり、自分の誕生曜日の仏像に水をぶちまけたり、三蔵経のライブラリを見学したり。ミャンマーの仏教事情をうかがい知ることができるので、マンダレー観光の合間に一度は足を運んでみては良いのでは。

【マハムニパゴダ】



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