バンコクの防衛拠点跡・マハカーン要塞とプラスメーン要塞

今でこそ八方美人でニコニコのんびりとした平和なイメージの強いタイですが、敵が全くいないわけではありません。特に隣国ビルマ(ミャンマー)が勢力伸張期に入った16世紀中盤からは軍事的衝突が頻発。1767年にはタイのアユタヤ朝はビルマ軍に壊滅させられてしまいます。しかしその1年後、旧アユタヤ朝の地方長官タクシンがビルマ軍の駆逐に成功し、チャオプラヤー川の河口にトンブリー朝を建国、ビルマ軍とタイ軍はチャンチャンバラバラ、小競り合いは規模・頻度とも増していきます。

1782年にはクーデターにより旧アユタヤ貴族勢力の中心的存在であったチャオプラヤー・チャクリー( ラーマ1 世) がバンコクに現チャックリー王朝を開きます。ラーマ1世はバンコクに遷都した際、仮想敵国ビルマ軍から都を守る為の水路を開発。その上で現在ではバーンラムプー運河からオンアーン運河と呼ばれる水路に沿って東西2Km、南北4Kmにも渡る城壁を築き、14の戦略的緊要地には軍事防衛線となる要塞を設けて王宮周りに水と城壁による二重防壁を施しました。現在は“オールドバンコク”・“バンコク旧市街”と呼ばれるこの水路内の地区は“ラッタナコーシン島”と呼ばれ、ビルマ軍からの攻撃も受けずに新王朝の中心地として発展しました。

そういやサイアム博物館には迫り来るビルマ軍を大砲で蹴散らすなんて乱暴なゲームが設置されてしましたな。


地図を見ると確かに王宮がチャオプラヤ川及び水路で囲繞されているのが分かります。バンコクの運河が開削されたのは物流目的ではなく軍事目的だったんですね。水路沿いに築いた14箇所の城塞のうち、北西角のプラスメーン砦と北東郭のマハカーン砦の2箇所は今日でも往事の原形を留めています。

北東部のマハカーン砦は鉄の寺院ことロハ・プラサートの対面に位置。

城壁の高さは3m程度であろうか。この城壁沿いを辿って要塞跡を目指します。


壁沿いの歩道は人が一人ようやく通れる程度の幅。直ぐ横を百萬の原付・車・トゥクトゥクがけたたましい走行音をあげて肩をかすめるように通りすぎていくのでスリル満点だ。

手に汗握りながら歩いていると、城門(?)を発見。当時は一部の権力者筋の人間と、彼らの許可を得た者しか入城出城できなかったと聞いているが、今日では門番どころか番犬もおらず、全くの無防備な状態。この門は通っても良いものなのか?

ひだり みぎ
通ってみた。すると、なんてことない。洗濯物が干してあったり食卓が並んでたり、庶民感溢れる広場でした。更にトタン板で区切られた先に入ろうとすると、中にいたパンピー達に『入ってくれるな!』的な怒りのジェスチャーをされた。恐らくは庶民の居住地、プライベートエリアなのだろう。

そして、広場の反対側に目を向けると、あるではないですか、要塞が!

城壁と同じで煉瓦を漆喰で固めてできている。南北に38m、地上から最上部までの高さは35mという大きさ。半地下式で、本部は地下に設けられていたようだ。雨風に曝されて漆喰が剥がれ落ちてきているのがリアルで良い雰囲気を醸し出しています。


しかし、大通りに面した側は真っ白のペンキで修繕されていたり新しめの砲台が設置されたりして、観光客への見世物ディスプレイといった匂いがプンプン。要塞独特の雰囲気を損ねてしまっており、18世紀のタイ建国の時代に思いを馳せることはできません。

気を取り直して、もう一つの現存する要塞跡、プラスメーン砦へ向かう。こちらはチャオプラヤ川がパンランプー水路に分流する重要拠点に築かれた要塞です。

カオサン通り方面からチャオプラヤ川に沿って10分も南下すれば否が応でも目に入る特異な八角形状の要塞。大きさは南北に45m、高さは18.9m、内部は三層構造で38もの部屋で構成されており、爆薬や銃火器の貯蔵庫として使用されていた。銃撃用の小窓があったり砲塔砲台があったりと、何とも厳めしい雰囲気であるが、周囲はサンティチャイプラカーンという公共公園として美しく整備されていて、チャオプラヤ川の涼風を浴びながら、のんびりとピクニック気分で寛ぐことができます。


良く手入れされた緑の芝生が青空とオフホワイトの要塞に良く映えます。公園内はアルコール類持ち込み不可とのことで、昼間っから飲み狂う白人放浪者の姿も見かけません。


川沿いには四阿のような建物も立っている。


遠目には金ぴかのラマ8世橋が煌めいていて、白人やタイ庶民たちが芝生の上で寝頃がって寛いでいる。猥雑な通りの多いオールドバンコクの中にあっては貴重な憩いの場だ。中にはプロキャンパー(乞食)のような井出達の白人の姿も見受けられる。公園は21:00に閉まるのでここで野宿をしているわけではないだろうが、いかにも世捨て人といった薄汚れた風貌で、目からは生気が感じられない。別に軽蔑をするわけではないが、タイで沈没生活を送る白人の若者ヒッピーの姿は本当に良く見かける。自分も仕事とか今あるものを全てかなぐり捨てて放浪の旅に出たいよう欲望に駆られるという病気持ちだが、彼らの死んだ目を見ると放浪者の末路が感じられ、放浪旅への欲心が薄れていく。彼らは私を現実世界に留めておいてくれる反面教師なのだ。


タイ人学生や家族連れなど、老若男女問わずそれぞれの人間が心を休める休息スポット。レリーフなども置かれていました。これがどこぞやの野蛮な国であれば『敵軍を蹴散らす勇猛果敢な兵隊さん』がモチーフになるのですが、こちらは民族音楽が奏でられる様子が掘られています。何とも平和な雰囲気の要塞である。マハカーンもプラスメーンも中に入ることはできないし、要塞目的だけで足を訪れる価値は無い。見張り台から遠くチャオプラヤ川の眺望を見渡せられれば良いのだが…

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