ティラナの町を歩いていると、アルバニア以外では中々みかけることがない、あるものを目にする機会がよくあります。
その正体は掩蔽壕(バンカー)。
鎖国時代に仮想敵国からの核攻撃に備えて国土全土にバンカーを作りまくった際の負の遺産だといいますが、10個20個作ったのとは訳が違う。その数なんと、70万個(個数には諸説あり)。狂信的な被害妄想に駆られた独裁者の命令により、四国の1.5倍ほどのアルバニア全土に無数のバンカーが築かれていきました。
長閑な公園の中にバンカーがまるで遊具かのように自然と溶け込んでいたりするし、海辺にもまるでオブジェのように放置されていたり。普通にアルバニアを彩る景色の一部と化しています。
これら無用のバンカーはコンクリート製で核攻撃にも耐えられるよう造られているので、皮肉にも頑丈すぎて撤去もできない為、鎖国時に作られたままの状態で放置されているという。
この戦争なき戦場の跡は、ある意味では後世に残すべく負の遺産として受け継いでいかないといけないのかもしれませんが、いかんせん70万個は…
この過去の遺構をどうするのか。新進気鋭のビジネスマンたちの間では、この負の遺産を改装して博物館や倉庫、カフェなどとして積極的に活かしていく動きが広まっているそうです。
バンクアート2(BUNK ART2)
バンカーの有効活用例として最も有名なのが、バンカーアートと呼ばれる博物館。
ティラナの中心・スカンデルベグ広場近くにある地下壕(バンクアート2)と、郊外の巨大核シェルター(バンクアート1)の2箇所がダークツーリズム用の博物館として活用されています。
こちらは市街地ど真ん中にあるバンクアート2。1981年から1986年にかけて建設された内務省直結の地下壕内がそのまま博物館となっているそうです。
ドーム屋根の内側には共産党統治下で犠牲になった方々の写真が飾られていて、犠牲になられた方々の名前が呪文のように延々と流されています。
謎のベールに包まれた鎖国時代のアルバニアに対する不気味なイメージと不穏な雰囲気が相まって、入場前から心がざわついてしまいます。
内部は秘密通路や地下施設がそのまま使われているので薄気味悪いことこの上ないのですが、その分、鎖国当時の重苦しい空気感のようなものが五感に強く働きかけてきます。
バンカー2の展示内容は、政敵の迫害や国民の監視目的で組織されたシグリミと呼ばれる秘密警察や国家憲兵隊に関するものが中心。社会主義時代の治安維持の方法や政治犯の扱いなどについて、実際に使われていた小道具やポスター等を使って説明されています。
一般市民の中にも秘密警察のスパイが紛れ込んでいて、所説にはなんと国民の3人に1人が秘密警察だったとか。
箒の柄や灰皿といった身近なものにまで盗聴器が仕込まれているとは、アルバニア共産党の執念と芸の細かさには驚かされました。
リアル「1984年(ジョージオーウェル作)」というか。誰を信じて良いか分からないし、思ったことをそのまま話すことが一切許されない。疑心暗鬼な雰囲気が国全体に満ち溢れる、最悪のディストピアです。
スパイを通じての監視や盗聴はほんの序の口で、共産体制にありがちな言論弾圧や秘密警察による横暴なども酷かったそう。
じゃあ海外に逃げたら良いんじゃん?と思うところですが、国境沿いに鉄条網を敷いた上で狂犬と警備隊という名の処刑隊をパトロールさせるという鉄壁の防御っぷり。1944年から1990年の46年間で脱出を図ったのは計9,220人で、その内988人が国境警備隊により命を奪われたという。
当時のアルバニア社会の実情に触れつつ、如何にして鎖国社会の治安が“維持”されていたのかが分かる興味深い博物館でした。
バンクアート1(BUNK ART1)
郊外の大型核シェルターを使ったバンクアート1の方がガチだしおススメという話を学芸員さんからされたので、バンクアート1にも行ってみることにしました。
ティラーナ郊外に広がる丘の麓に築かれたバンカー1へは、最寄りの公道からトンネルを通って向かいます。
周囲の雰囲気からして秘密の軍事施設感がたっぷりの核シェルターですが、実際、この地下壕の存在は一部のアルバニア共産党員のみに隠された機密情報であり、外の世界に知られるようになったのは共産主義が崩壊してからずっと後の1990年代後半になってから。
シェルター自体についても、アルバニア共産党の最高指導者であるエンヴェル・ホッジャ命令により1972年から1978年の間に建設されたということ以外はあまり分かっていないそうです。
アホみたいに分厚い防爆ドアに守られた内部へと入ってみます。
核兵器や化学兵器にも耐えられるよう分厚いコンクリートとセメントの壁に覆われたシェルター内は、どんよりと空気がこもっていて、かびの匂いが充満。
薄暗い廊下内には爆撃音やサイレンの音などが鳴り響く場所もあったりして、バンクアート2以上に物々しく重々しく陰鬱な雰囲気です。
雰囲気だけでなく規模感もレベチ。アルバニア全土に数十万個と点在する小さな地下壕とは異なり、5階建てで100以上の部屋から成る巨大施設となっています。
歴史展示のテーマは、第二次世界大戦中のイタリアによるアルバニア占領から始まり、大戦後期のナチスドイツによるアルバニア侵攻、そして戦後のアルバニア共産党による統治など。部屋数が多いだけあって、バンクアート2よりはアルバニアの近現代史を広範囲でカバーしています。
エンヴェル・ホッジャは他国からの核攻撃を極度に恐れていただけでなく、化学兵器による攻撃に関しても偏執的な態度を見せていたそうです。
化学兵器と民間防衛に関する展示コーナーでは様々なガスマスクやゴム製の全身防護服を着たダミーが展示されているだけでも不気味さマックスなのに、マスタードガスによる化学攻撃のシミュレーション機能付き。
赤いボタンを押すと白い煙が部屋中に溢れて警戒音が鳴り響くというエフェクトなのですが、演出としては面白いけど心臓には悪かった。
暗室のプロジェクターでは、ホッジャの演説場面や戦闘機による空爆シーンなど戦時中の不穏な空気たっぷりの映像が延々と流されていたり。
アクセスの悪い郊外にあることから見学者が殆どいないこともあって、本当に鎖国中で臨戦態勢のアルバニアに一人でタイムスリップしてしまったかのような錯覚すら覚えてしまいます。
マルクスレーニン主義を極めようと躍起になったホッジャ。
マルクスレーニン主義から逸脱して独自の社会主義体制を立ち上げようとしたユーゴスラビアと断交し、レーニン亡き後に方針転換しようとしたソ連とも断交。親米開放路線に向かおうとした中国とも断交。そして最後は四面楚歌の状態で鎖国をするというセルフ制裁っぷりを披露してくれました。
1990年代までこんな政権が普通に国を動かしていたという事実に驚きますが、そういえば我が隣国にも似たような国がありましたね…
こちらがアルバニア共産党を率いた悪名高きエンヴェル・ホッジャの御尊顔。
共産党のプロパガンダに関する展示室では薄暗い部屋の隅に古めかしいブラウン管テレビがぽつんと置かれていて、エンヴェル・ホシャの国葬の映像が放映されていました。
他にも彼の執務室に置かれている黒電話のボタンを押すと肉声を聞くことができたり、鎖国当時の雰囲気に浸る為の仕掛けが盛り沢山。アルバニアの近現代史に関する最低限度の基礎知識がなければ展示品などは退屈に思えてしまうかもしれませんが、雰囲気に浸るだけでも貴重な体験になるかと思います。
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