搭乗記 エアセルビア ATR72-500 ベオグラード⇒サラエボ

セルビアのベオグラードからボスニアヘルツェゴビナのサラエボへと移動します。この区間は陸路でも移動できちゃう距離なんですが、今回は時間節約のため飛行機で移動することにしました。

飛行距離120マイルのウルトラショート区間で、飛行時間は僅か40分。羽田-名古屋でも193マイルなんで、もうほんと離陸して上昇したーと思ったらすぐ降下し始めるくらいのフライトになりそうです。

バスが競合になるので高い運賃も設定できず、全然儲からないんでしょうね。この区間はエアセルビア1社しか飛ばしておらず、3日ぶりにまたJUの世話になることになりました。

運賃込々で1万円の格安区間。全席エコノミー仕様のプロペラ機でのフライトとなります。

搭乗開始まで数分程度の余裕があったので、ゲートに向かう途中のキオスクも覗いてみました。ユーゴモチーフのレトログッズがあったら買いたかったのですが、残念ながら土産物らしい土産物は殆どない。 唯一あったセルビアらしいものといえばこのシャツとパンツなんだが、こんなセルビア色全開のを着てサラエボに行ったら射〇されかねんのでNG。

Air Serbia Premium Lounge

プライオリティパスでもエアセルビアのラウンジに入れるみたいでしたが、時間が無かったので今回はスルー。

↑エアセルビアの公式サイトの画像を見た感じ、本拠地の旗艦ラウンジだけあってそれなりに良さ気。絨毯やソファーなんか、明らかにセルビア国旗の配色を意識したものを置いていたりして、かなり凝った作りです。

入出の敷居は低く、Economy Comfort(プレエコ相当)でも入れたり、エアセルビア利用客だけでなく、他社便エコクラスでもお金を積めば入れちゃうみたいです。

まさかの年パスまでw でもこれならプライオリティパスのプレステージを持ってた方がお得でしょう。

フライト ATR72-500

機体はレトロなATR72-500。
小型機のリース業を生業とするノルディック・アビエーション・キャピタルが保有していた機体で、1997年にシモンズ航空へとリースされたのを皮切りに、旧アメリカン・イーグル航空、カルパトエアなど多くのキャリアに仕えてきたようです。エアセルビアには前身のJATエア時代の2013年にデリバーされ、以来、ベオグラードをベースに東欧各主要都市への短距離便を中心に運用されてきました。

搭乗・降機に時間をかけたくないので有償の最前列席を指定していたのに、乗り降りは後ろ側からだけという悲劇w

計70席の小型機で、この日はドドドドド満席。力強いエンジン音を上げながら上昇したと思ったら、あっという間に降下。ベオグラードを出て30分も経たないうちに、周囲を丘陵地帯に囲まれたサラエボの町が眼下に広がりました。
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争時は周囲の丘を占領したセルビア軍中心のユーゴスラビア人民軍がサラエボを包囲し、1992年4月5日から1996年2月29日まで約4年に渡って丘の上から砲撃し続けたという暗い過去があります。

第一次世界大会が勃発するきっかけとなる暗殺事件が起きたり、血で血を洗う大変な内戦で苦しんだり、なにかと負のイメージばかりの激動の街サラエヴォ着。
ユーゴ時代の栄華を懐かしんだセルビアでの観光から一転、ボスニアでは悲劇的な歴史に纏わるダークツーリズム関連の投稿が多くなること必至です。

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