チェンセーンの夜

ゴールデントライアングルからチェンセーンへの戻りはチェンラーイ行きのクーラー付きミニバン。巨体の白人旅行者8名と一緒にバンに押しくるめられ、車内には男臭い汗と泥のツーンとした匂いが充満…

今回のホテルはチェンセーンの中心地から徒歩15分ほど離れているので、事前にホテルの住所を運転手に見せ、近くに差し掛かったところで降ろしてもらうことに。こんなタクシーみたいな使い方して運賃が20Bなんだから助かる助かる。

ホテルに戻ると速攻で熟睡してしまい、気がついたら外は真っ暗で静まり返ってる。寝過ごしちまった!と思って焦って時計の針を見たらまだ19:00前。かつて10-12世紀にチェンセーン王国の首都として栄えた古都とはいえ、町にあるのは風化してコケ生えた遺跡の数々と若干の住宅街だけいう田舎町なんで、夜はどこも店じまいが早いようだ。

うーん。ふとチェンラーイのバスターミナルでの一コマを思い出す。チェンセーンまでのバスの出発口と運賃を係員に尋ねた時のこと。
「チェンセーンまでのバスはどこの出発口に行けば?運賃はいくら?」
「あっち、27バーツさぁー。」
「コプンカッ!」
「でもゴールデントライアングルに行くんでしょう?そしたら運賃少し高くなるさぁー。」
「いやいや、チェンセーンまで。27バーツだね。コプンカッ!」
「でもゴールデントライアングルまでは少し高くなるさぁー」
「いやいや、チェンセーンで降りるんだよ。」
「えぇぇぇ?本当!?」
「そうそう。チェンセーンで降りる。」

なーんでチェンセーンって分かってくれんのかと思ったが、朝のゴールデントライアングル行きのバスに乗って何もないチェンセーンでわざわざ降りるような物好きは圧倒的少数派なのだろう。観光地と観光地の間にある歴史ある町なのに旅行者にはスルーされるという地味ーな地方都市、それがチェンセーン。

そういや今日は昼にゴールデントライアングルでチャーハンを食べただけだったなぁ…空腹感に襲われるも、ルームサービスなんて気の利いたものはこのホテルに無いし、従業員のオバサンは英語が一切喋れない。うぅ…機内で貰ったドラゴン航空のクッキーを食べるも何の足しにもならん!こりゃあ晩飯の為には真っ暗闇の外に出なければならなそうだ。肌寒いのでパーカーを着こんで外へと出る。

ホテル前の通りは19:00だというのに真っ暗で薄気味悪く、その上、静寂を切り裂くように響き渡る犬の遠吠えが…この先、野犬集団の縄張りにでもなってるのだろうか?本気で怖かったが飢えには勝てず、月明かりと豆電球程度の街灯を頼りに歩いて市街地を目指すことに。

ひだり みぎ
ホテルから徒歩3分、メコン川に面した大通りまで出ると若干程度明るくなったが、メコンの対岸のラオス側は真っ暗闇、ブラックホールか!ってくらい真っ暗真っ黒で、水際から化物が急襲してるようなホラー映画が脳裏で上映される。

ひだり みぎ
こんなところで飢え死んでたまるか!暗闇の中を10分ほど歩くとメコン川沿いに夜市が見えてきて一安心。


暗闇に輝く神々しい寺院なんかもあったりする。

かなり小規模な夜市であるようだが、麺類・飯類・シーフード・デザート・串物など意外と色々な屋台が出ていて賑わっていて、活気のある風景にワクワクする。特に砂肝、レバー、心臓など鶏系や、ナマズなど魚系の串焼きが充実しているようで、煙がモクモクと夜空に向けて上がってる。
ひだり みぎ
変わり物系としては寿司やらゲテモノなんかも。


今宵の晩餐はこいつに決めた。炭火焼きの川魚、80B。塩で焼いただけの簡単な料理だが、シンプルイスベスト。ただ、じっくり見てみると、火を通し過ぎて表面はほぼ丸焦げ状態。川魚だし、寄生虫対策の為にしっかりと火を通しているのだろうか。

ひだり みぎ
メコン川沿いに御座を敷いて設けられた特設フードコートに座って魚にかじりつく。焼き加減と塩のせいで表面がカリッカリとなっているが、皮が分厚い為に中が蒸されたようになっているので、旨味が閉じ込められつつ中の身がジューシーに焼き上がっている。小骨の扱いに苦労したが、中々どうしてこれが美味い。小学校の林間学校で食べたマスの塩焼きを思い出すなー。少し肌寒いくらいのメコンの夜風を浴びながら食べる焼き魚。決して豪勢なものではないが、今回の旅行で一番印象に残った夜食となった。何でこんな田舎町に一泊しちまったんだ!と後悔もしたが、まぁこの素朴さが良いのかな。結果オーライ。明日はタイの最北部、ミャンマーとの国境の街であるメーサーイへと移動する。

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