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スコータイ遺跡公園のワット・トラパン・トーン


時は13世紀前半、圧倒的軍事力を背景に東南アジア最大の勢力を誇ったクメール族の支配に甘んじてきたタイ族がクメールに対して反旗を翻し、タイ族による独立国家が建国された。そのタイ人初の独立国家こそ今回訪れるスコータイを都として建国されたスコータイ朝だ。スコータイの王都は東西1800m・南北1300mに渡り建築された三重の壁と濠に囲まれた城を中心に築かれ、1438年に王位後継者が絶えてアユタヤ朝に併合されるまでの200年の間にタイ文字が生みだされ上座部仏教が導入されるなど、現在のタイ文化の骨格が形作られた。

そんなスコータイ王朝の遺跡が残る旧市街地はスコータイの新市街地から西に12Kmのところにあるので、新市街地のホテルに滞在する場合はソンテオやバイク、トゥクトゥクなどで移動する必要がある。

ソンテオの場合は30バーツ、トゥクトゥクやモーターサイだと150バーツが相場。何度も行き来する場合は私みたいにレンタルバイクを借り上げるのも一つの手だろう。一日当たり300バーツで借りれるし、長期レンタルなら更に割引も利く。


新市街地から旧市街地は国道12号線の一本道をひたすら西に走るだけで、10分も走ると御濠に囲まれた仏塔と寺院らしき建物が見えてくる。ワット・トラパン・トーンだ。

ここは城壁の中にこそあれ遺跡公園として定められた管轄区には含まれていないので、入場は無料。

多くの鯰がうじゃうじゃと泳ぎ狂う御濠の中心に建てられた寺院で、木造の渡り橋で結ばれている。


西暦1283年、タイの最強国王三傑にも挙げられるスコータイ王朝三代目・ラームカムヘーン王の時代に造られたとされる釣鐘型の仏塔が存在感を放つ。20mはあろうかという天に突き刺さる仏塔、その周囲には豆電球やら電灯やらが配置されている。そう、歴史ある立派な仏塔が夜な夜なチープな電飾で彩どられるのだ。中に収められているであろう遺骨もライトアップされて、さぞビックリだろう。


しっかりとした正方形の台座に乗っかった立派な仏塔。幾つもの段を重ねて作り上げられた複雑な復層構造になっていて、この一段一段の積み重ね方や角度なんかにも仏教的意味合いが込められているそうだ。深いね、仏教。


スコータイ遺跡公園内は廃寺しかないが、ここは現役バリバリの祈りの場であるようだ。遺跡の横には真っ白な礼拝堂が建てられ、祈りを捧げる僧侶や参拝客で混雑してる。


内側は神々がいる聖域であることを示す結界石も立派。タイでは結界石が設置されているのが本堂、結界石が無く誰でも自由に出入りできるのが礼拝堂と区別されているので、こちらの建物がワット・トラパン・トーンの本堂だと判る。


先端が捥げた仏塔2基は修復待ちか。

ひだり みぎ
こちらはケバケバシイ夜の様子。昼の雰囲気と全く異なるのが分かるだろう。ここワット・トラパン・トーンは世界遺産にもなっているスコータイ遺跡公園の入り口の手前にあり、周囲はゲストハウスやバー/レストランなんかもあったりと賑やかなので、仏塔もこれくらい華やかなのが丁度良いのかな。

【ワット・トラパン・トーン】



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【2016年スコータイ・ピサヌローク旅行記】















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