ラオカイ(越)⇔河口(中)の国境の状況は如何に!?

バックハーからラオカイに戻り、ホテルでシャワーを浴びた後は暇つぶしを兼ねて国境の向こう・中国雲南省の河口市へと向かう。流しのタクシーなど走っていないので、ホテル前でニーハオニーハオと声をかけてきたバイタク兄に送ってもらうことに。始め、VND50,000とか法外な運賃を吹っかけてきやがったが、VND20,000(約80円)で決着。バイクで10分足らずの距離なので、多分相場的には粘ればVND10,000まで行くんだろうが、炎天下の中で交渉を続けるスタミナと根気が無い為、あっさり妥協。

南沙諸島を巡っての小競り合いが影響して、今なお両国の緊張関係が続いているとの報道が連日紙面を賑わしているが、ラオカイ-河口の国境は大丈夫なのだろうか。ボーダーによっては第三国人の受け入れが禁じられているなんていう実しやかな噂も流れているが、真相は如何に。

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国境に着いてビックリ。街の発展具合に不相応なまでの大規模なイミグレ屋舎に、ベトナム人役人の中国に対する見栄が透けて見える。『中国さん、俺たち、こんな立派な建物建てちゃったよ!!』みたいな。対する中国も見栄心悪意地の強さでは負けていない。きっと中国側のイミグレの建物もすげぇんだろうなと考える。

屋舎に足を踏み入れると、中は殺風景で、日曜日だからだろうか、中国へ向かうベトナム人は一人もいない。聞こえるのは建物の外で暇を持て余しているバイタク運転手十数人の声と扇風機の音だけだ。普段はベトナムと中国を行き来する商人たちを乗せて回っているのであろうバイタクも商売あがったりといった感じなので、私が後でベトナム側に戻ってくる時には十数人からのアツい営業攻撃が待っていることだろう。

さて、建物は無駄に広く、どこへ向かえば良いのか分からずしどろもどろしていたら、国境警備員的なベトナム人にイミグレカウンターへと誘導される。暑さでへばっているのか、役人どもに笑顔は無い。如何せん中国側に抜ける人間が他に全くいなかったので少々不気味ではあったが、無言でパラパラとパスポートの中を見られた後にあっさりとスタンプを押され、出国出口へと案内された。その間、1分程度。荷物検査も無し。事前におどろおどろしいネット情報を見ていたので、このあっさりとしたスムーズな国境越えにちょっと肩すかしをくらった感じすらある。


ベトナムのイミグレを抜け、凱旋門かというような立派な門の先にある橋を渡ると、その先は中国雲南省の河口市だ。


どうやら国境はこの川で仕切られているらしい。向こうに見えるのは鉄道線路が敷かれる中越鉄路大橋。以前はハノイから遠く昆明まで走る直通国際鉄道が走っていたらしいが、今は貨物列車のみが行き来をしているとのことだ。なので、ベトナムから昆明や棚田で有名な元陽から抜けるには、ラオカイから陸路で河口に渡り、河口から直行バスに乗ることになる。今日現在、昆明行き乗車券109元で、08:45発から20:00発まで一日9便出ているとのことだ。所要時間は途中休憩も含め9-10時間。中国国内の躊躇距離バスの時刻表はこちらのウェブサイト(中国語)で確認をすることができるので、よかったら参考にしてみてほしい。
http://qiche.o.cn/sk/%E6%B2%B3%E5%8F%A3_%E6%98%86%E6%98%8E(河口⇒昆明のバス時刻検索結果ページに飛びます)


橋を渡った先に見える中国河口と漢字で書かれた三角ゲートのセンスは置いておくとして、ベトナム側よりは中国側の方が近代的建築物が多く建っているように見受けられる。もっとも、見かけ倒しの国・中国だけに、建物のベトナムに面した側だけ近代的に見せて、反対側から見たらただの張りぼてという可能性もありそうだがww

さて、ここからは心配していた中国側のイミグレだ。小生のパスポートには中国各地のスタンプでびっしり埋め尽くされているので、変に勘ぐられて質問責めに遭うのではと内心ドキドキだった。しかし、そんな心配は無用だったらしく、こちらのイミグレスタッフ(ぐっさんこと山口智充似)は何故か過度にフレンドリー。

山『中国へようこそ日本のお方。河口へは何をしにいくのですか?』
私『サパ観光のついでに、ちょっと河口市内をぶらぶらと。今日の夜までにはラオカイに戻ります。』
山『スタンプ一杯あるなー。おっ、広東省の就業ビザをお持ちのようで。ご苦労様です。イミグレは22:00に閉まるけど、ベトナムとの時差が1時間あるので気を付けて!』
この間約2分。終始笑顔。張り詰めた空気も緊張感も一切ありませんでした。


中国側のイミグレ屋舎を抜けた先は『国辺検愛民服務師範街区』になっているwwwなんだそりゃwwwでもベトナムと違って文字が読めるって素晴らしい!ここは中国なのだ!

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国辺検愛民服務師範街区には1泊50元程度の招待所(ゲストハウス)や旅舎が乱立しているようだが、寂れきった雰囲気で人通りも少ない。

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河口に入って冷房の効いた喫茶店やバーのようなところでビールでも一杯と目論んでいたが、これも政治情勢の影響なのか日曜日だからなのか、殆どのお店がシャッターを下ろしている。そりゃあ国境も人の行き来が少ないわけだ。売春窟とされる河口中越邊貿商場も洋服屋程度しか空いておらず、ガラリとしてしまっている。

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唯一オープンしていたのが、パパイヤ農民専業合作社支部による『パパイヤ販売所』。北朝鮮バリの社会主義の香りがプンプンするこのパパイヤ販売所、物は確かで、パパイヤ2個5.5元(量り売り)と超激安な上、めちゃくちゃ美味い。


こちらは昆明北駅とハノイの855Kmを結んでいる昆河線の河口鉄道駅。現在は貨物列車のみの運行に制限されてしまっている。旅客車両の運行が廃止されたのは政治的理由かと思ったが、理由は沿線の崩落の危険性が高いということが直接的な理由らしい。現在は復旧に向けた交通整備なども進められているようだが、果たしてどうなるのか。平地を走る高速鉄道すら事故るお国なので余り期待はしていないが…


こちらはラオカイを経由してハノイまで続く鉄道路線。『限定区域。進入禁止』との立て看板が並び、警備員によってガードされていた。


同盟会河口起義記念館。清の光緒23年(西暦1897年)にフランスが建てた税関跡地を使い、先人たちが如何にして今日の中国人民共和国を打ち立てたかという歴史が示されている。『中共党史教育基地』だそうだ。涼みに入るも冷房は無く、直ぐに退散。

この河口は他に見所無しと判断し、正味1時間半くらいの滞在で河口見学を切り上げ、ラオカイへと戻ることに。戻りの国境越えも至ってスムーズで、特に質問なども受けることなく中国出国・ベトナム入国をすることができました。これからラオカイ⇔河口ルートを通られる旅人の方も、恐らく問題は無いかと思います。(但し、旅は自己責任で!)

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