ホアンキエム湖に纏わる伝説

歩いて市内中心部にあるホアンキエム湖まで戻ってきた。ホアンキエム湖は太極拳をするお年寄りや、抱き合う若いカップル、はしゃぐ子供たちなど、地元の老若男女が思い思いの時間を過ごす憩いハノイ市民の憩いの場のようだが、どうやら単なる平和な湖ではないようだ。というのも、どうやら言い伝えに拠ると、明(当時の中国)の属領時代にベトナム人に対する重税や同化政策に反抗して各地で抗明運動が盛んになった15世紀、当時のベトナム王朝である黎朝のレー・ロイ王はホアンキエム湖にて漁民により釣り上げられた刀身を手にしたところ、なんとまあ鉄棒が光を放ち宝剣に変貌したそうだ。その宝剣に守られたロイ王は連戦連勝の確変モードに突入、不利な戦況から大逆転で対明戦争で悲願の勝利を齎して明軍の駆逐に成功。これだけでも不思議なのに、更に戦後に小舟に乗って湖を遊覧中、突然大きな亀が現れて剣を神に返すよう啓示され、湖の中の小島で律儀にも剣を奉還したそうな。決してアーサー王とエクスカリバーの話のパクリではないはずだ。そんなこんなでベトナムの国難を救った神聖な場所、伝説に因んだ由緒正しき湖としてホアンキエム湖は今でも人々の崇拝の対象となっているようなのだ。恐るべしホアンキエム湖。

ひだり みぎ

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週末の昼下がりはカップルの溜まり場みたくなっているようで、アオザイを着ての写真撮影などが盛んに行われています。ベトナム人の細身スタイルによく映えるアオザイ。肉付きの宜しいアメリカ人女性とかには絶対似合わないだろう。

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アオザイ美女を尻目にホアンキエム湖を北上していると、湖にぽつんと浮かぶ小塔を発見。名を亀の塔というらしい。このネーミングからして勘の良い方は既にお気づきだろうが、これもただの塔ではないようで、レロイ王が亀に宝剣を返却した場所に建っているらしい。

尚も湖を左手に見てディンティエンホアン通りを北上。通りの名前にもなっているディンティエンホアンとは、南漢(中国)を破って独立を果たした呉権の死後の混乱の時代を統一した丁朝の始祖のようだ。ベトナムでは有名な軍人や帝王の名が通りの名に使われていたりする。東郷平八郎通りや西郷隆盛通りが東京にあるようなものだ。
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歩道の上に建つこの落書きだらけの石造り門は、曾てあった寺の入口への門で、和風塔という。ホアンキエム湖は、ホン河と繋がっていてこの辺りにまで水が入り込んでいたらしく、通りの反対側にあったバオアン寺に入るために、この門から橋を渡っていったといわれています。というかこんなに貴重そうな遺構が落書きやらガムだらけになっているが、もうちょっと保護してあげられないものだろうか。

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門は落書きだらけになりつつも辛くも往時の姿を留めているが、お寺自体は1889年にフランスによって破壊され跡形もなく、その寺があった通りの反対側には中央郵便局が建っています。

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続いて右手に見えるのは1010年にタンロン(古き日のハノイ)に建都した李朝の始祖・李太祖のブロンズ像。社会主義国家だからだろうか、国の英雄や戦死者の慰安像を至る所で目にする気がする。

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左手に見えるのは湖にせり出す形で建っている玉山祠と、小島に繋がる朱色の橋。出島神社である玉山祠には元による侵襲を退け救国の英雄とされるチャンフンダオや、中国・三国時代の関羽帝、文学の神である文昌帝君、医学の神とされる呂祖が祀られています。

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入り口の門に赤色で書かれた「禄」と「福」の2文字はそれぞれ豊かさと幸福を意味し、福と禄の字を挟むように黒字で縦書きにされているのは、対聯という左右一対の詩文で、学術を志す喜びや人材育成の重要性など、儒教思想を表しています。

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続いて右に龍、左に虎の絵を配した門があります。門、ありすぎ!!竜虎図は色々な象徴になっているが、ここでは昔、科挙合格者たちの名を貼り出していたそうで、虎も龍も、長期間に渡り勉強に勤しんできた精鋭たちが、今まさに科挙に合格して世の中に出て活躍せんという儒教の考えを表しているそうだ。因みにベトナムでは本家中国より科挙制度が長生きし、1919年まで実施されてたそうです。

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続いて第三の門をくぐり…

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人をかき分け朱色の棲旭橋を渡り…

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まるで竜宮城の入り口のような得月樓をくぐった先にようやく着いた玉山島。

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ガジュマルの木々から垂れ落ちる葉を手でかき分けながら島の南側に出ると、玉山祠の正殿に到着。正面に据えられた香炉からは地元の参拝者達が捧げる線香の煙が絶えず天に昇っている。

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正殿内の祭壇にはこんがり焼けたお顔のおじ様が鎮座。横には鎧を着けた軍馬や武器の姿が見られるので、こちらが元を退けた軍神チャンフンダオさんだろう。地元民が額を床に打ち付けて熱心にお祈りを捧げていた。

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正殿左側の部屋にはガラスケースに入った体長2.1 m、幅1.2 m、重量が約250 kgという巨大な亀の剥製が安置されている。ホアンキエム湖では湖面に顔を出す亀の姿が人々によって目撃をされていたらしいのだが、1968年に遂にこの巨大亀が捕獲されたそうで、発見された時はこのカメが15世紀の還剣伝説の主だと大いに騒がれたらしい。鶴は千年、亀は万年とは言うが、本当に15世紀からいる亀なのだろうか。玉山祠が時を経てなお市民に伝説と歴史を伝える役割を果たしているからか、ハノイ市民は宝剣も湖の底のどこか深くに隠されているものと信じて疑わないようだ。

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忠とは二心を持たぬこと、義とは期待を裏切らぬこと。これも儒教思想の根幹を為す考え方だ。

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湖の畔ではこれまたアオザイ美女たちが戯れているではないか。ポーズをとったりノリノリの様子だが、プロのモデルさんだろうか。


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