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南越王墓博物館


私の住む中山市が属する広東省の州都である広州市は『三朝の古都』と称される程の歴史を誇っています。この三朝とは即ち、中国5千年の歴史上、華南を拠点に栄えた南越国、南漢国と南明国を指します。 その内の南越国はホーチミン市博物館でも名前が出てきましたが、紀元前に現在の中国南部からベトナム北部にかけて興った王国であり、現広州市の番禺を都として繁栄を築きました。黄河中流域が中原(世界の中心)とされていた時代に中原とは異なった文化を発展させた越人による王国で、中原からは南蛮と呼ばれていました。20世紀に入り、現越秀公園近くに同王国2代目国王の遺骨が発掘されたことから、広州市には西漢南越王博物館なる歴史館が建てられています。


越秀公園から徒歩圏内なので、本日は越秀公園内にある広州博物館⇒西漢南越王博物館とハシゴしました。

この博物館、南越国二代目の王・文帝の陵墓を覆うようにして建築されています。

⑥が古墳、⑦⑧は南越国に関しての常設展示スペース、①~⑤は特別展示スペースとなっています。


⑥の古墳。この中に文帝さんが眠っています。

墓室は地中15m程度の深さで、500以上の赤砂岩を積み上げて造られたものである。前方に3室、後方に4室に分けられており、その中間に石道が通っています。

地下の石道へ通づる階段を下り…


地下の様子。背筋ゾクゾク系の雰囲気が漂い、流石に中国人観光客も粛として観覧していました。この石道の一番奥の墓室に文帝が、手前左右の部屋にその他人々(文帝の4人の令閨と2人の家臣、10人の奴隷など)が埋葬されています。


このドアの向こうに…


??? 遺骨?


王様の歯と骨。これらは1984年に発掘され、1988年から一般開放されています。


王の遺体の上には10枚の翡翠リングが乗せられていたようです。


こんな感じで、魔除けの為に翡翠を糸で繋がれていました。

当時の武器。

青銅のフルーレというか短剣と言うかフェンシングソード?

飛び道具の使用も発達していました。

弓の鏃には青銅がくっついています。

弓の使用例。


連射性悪そうだし精度も低そうだ。

ここからは特別展示室に入ります。2012年4月20日~10月末は枕に関する展示となっています。


人類の進化、頭部の発達と共に枕の形態も変化を続けてきました。


これも枕だし…


これらも枕!


これも枕!?うぅむ…顔の造りが無駄にリアルで気味が悪いが、吉夢到来と不老長寿を願う一種の縁起物でもあったそうだ。


固っそうな陶枕。中国の暑い地方では陶枕の冷涼感が喜ばれたそうである。今で言うエコグッズですな。


清朝時代のアヘン枕。


これはどう考えても枕じゃなくて木箱だろ…

特別展示ルームの内容はあまり南越国には関係無いようです。11月からは枕の展示は東莞博物館に移動し、楚国の文化に関しての展示がされる予定です。

南越王墓博物館
開館時間:09:00~17:30
入館料:12元
場所:地下鉄2号線越秀公园駅 E出口側

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