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庶民の為の要塞跡・モンハの砦


さて、拱北イミグレを抜け、最初に目指す先はモンハの砦、アヘン戦争後に関係が悪化した清からの攻撃を恐れたポルトガル軍が海抜62メートルの望廈小山の山頂に築いた要塞です。1849年に建てられ、その後、1866年に修復工事が落成する。当地にはアフリカ植民地からの兵士が多く配員されていたことから、『黒鬼山』とも呼ばれていたそうです。当時の土着民はポルトガル統治に対してどう思っていたのでしょう。現在の日本の国土に米軍基地があることにも賛否両論あるが、批判派の方も流石に米鬼とは言えないですよね。

1974年にポルトガルで起こったカーネーション革命後に葡国軍人が一斉帰国してからは公園として一般市民や観光客に開放されるようになりました。

イミグレから徒歩10分で小山の麓に着き、そこから軽い山登りが始まります。
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流石は難攻不落とも呼ばれた要塞地。道のりは結構険しいですが、小山の上からの壮厳なパノラマビューを楽しみに登っていきます。

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山の中腹にはポウサダ・デ・モンハという宿泊施設があります。元々は軍事施設だった建物を改装してできたそうです。トリップアドバイザーというホテル予約サイトではマカオ宿泊先ランキングで堂々の1位となっていました。

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ホテル併設のレストランと学校を抜けると噴水やミニ大砲が見えてきます。こののほほんとした空気からはアヘン戦争当時の珠江地域の緊張感は伝わってきません。地元の方が犬の散歩や太極拳をしていました。

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和風テイストな池と人生に疲れ切ったおじさん。カジノで散財したのでしょうか。

ここを抜けてもう一段上がると、いよいよ頂上です。どんな絶景が待っているのか。。。
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んんん!!?直立不動の裸のおじさん!!!!!山の頂上で微動だにせず上空の一点を見つめ、今にも空高く飛び立っていきそうです。私が近寄っても気づきもしない程の集中力。

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こちらが中国との国境を狙った砲台。当時は計10機の砲台が中国との国境に向けられていたそうです。旧清国との国境を隔てた中国側(現珠海市)にも砲台跡があるみたいなので、機会があればそちらも行ってみたい。

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これは山頂の反対側にあった石造りの火薬庫だか防空壕だか。非常に薄気味悪く、鳥肌が立ちました。刻印されている1887という数字は恐らく年号のことだろうが、定かではない。因みに1887年とはポルトガル政府が清朝に大してマカオの統治を認めさせた年である。

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横手にはドッグレース場が見下ろせます。

さて、私も景色を楽んでいざ帰ろうと振り向くと…
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景観ぶち壊し…なんだかこのまま空高く羽ばたいていきそうだ。。。


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