オバマ大統領が幼少時代を過ごしたジャカルタ・メンテン地区

訴求力のある洗練された話術を武器に先のアメリカ総選挙で見事に再選を果たしたバラク・フセイン・オバマ大統領。氏の生い立ちは複雑で、何ともアメリカ合衆国の多様性を表しているようだ。生まれはハワイ。ケニア出身のイスラム教徒である父と、カンザス州出身の労働者一家出身のアイルランド系(?)白人である母との間に生を受ける。その後、両親はオバマ氏が4歳の頃に離婚。その後、母親がハワイでインドネシア人の地質学者と再婚、彼の継父にあたるインドネシア人地質学者がスハルトによる軍事クーデターによる影響で祖国に呼び戻されたことから、オバマ少年は6歳から10歳という多感な幼少時代をジャカルタで過ごすこととなる。九州から北海道への転校どころの話ではない。彼の生まれたハワイからインドネシアへ。全てがChange。オバマ少年はさぞかし苦労したことだろうし、この幼少時代の経験がオバマの人間形成に少なからぬ影響を与えたことは間違いないであろう。10歳になると単身ハワイに戻って母方の祖父母と暮らし始めるも、自身の複雑なアイデンティティーに対する劣等感などから、アルコールやマリファナにも手を出したと回想録で告白をしている。父は、父は真っ黒で周囲の人間と比べて異質に見え、母はミルクのように白く、自らの混血という立場に相当のコンプレックスを感じていたようだ。

まるで小説の筋書きのような生い立ちのオバマ大統領。インドネシアでは一体どのような環境で育ったのか。今日は、オバマ少年がジャカルタ生活の拠点としたジャカルタ中心地からほど近いメンテン地区という一角に足を運んでみた。

ここら一帯はジャカルタでも高級住宅街に属するそうです。流石にオバマ氏の継父はハワイに留学するくらいの地質学者だけあって、裕福な育ちの人だったのか。


緑溢れる閑静な住宅街で、子供の生活環境としては申し分無い。高層ビルが乱立するジャカルタですが、この界隈は高級一軒家が並んでいます。止まっている車も軒並み高級車。


歩道はきちんと整備され、下水溝の覆いが外れたりすることはないし、けたたましい轟音と見るからに有害なスモッグを上げて走るバジャイ(3輪タクシー)の姿も見かけない。耳を澄ませば小鳥の囀りが聞こえ、通りを歩く物売りすら何故だかちょっぴり上品に見えてくる。

ひだり みぎ
著名人の邸宅であろうか、宮殿や白亜の神殿バリの豪邸がズラリと並ぶ。センスの良い悪いは別として、高級住宅が立ち並ぶ様子はただただ壮観である。

ひだり みぎ
ひだり みぎ
警備・警護もばっちり。写真を撮りながらウロウロしていると、不審者扱いされてしまったのか、豪邸所有者お抱えの私服警備員に怪訝そうな目で見られてしまった。

ひだり みぎ
こちらは小奇麗なメンテンセントラルモール。小さいながらもオシャレなカフェの他、ベトナム料理やタイ料理屋も楽しむことができます。Yes, We Can.

そうこうするうちにオバマ少年が通ったメンテン第一小学校に到着。偉容を誇る豪壮な校舎なのだろうと思い込んでいましたが…

んんんん!????超普通!!本当にここがオバマさんが通った小学校!?
私『Obama?』
警備員『Yes』
恵まれた立地条件と恵まれた卒業生から糞みたいに平凡な学校だが、確かにここがオバマ少年の通ったメンテン第一小学校だという。


うむ。どうやら間違いない。。知らない人は誰もオバマが通った学校なぞ思わないだろう。


校門横には第44代アメリカ合衆国大統領が通学したことを示すプレートが。何だか遺影のような写りの写真である。門から中を覗いてみると(←完全に変質者)、以外にも快く手招で歓迎される。


狭いな~。


校舎もぐう地味。敷地の端っこ、正門正面には若かりし頃のオバマ少年の銅像が建てられています。


オバマ少年10歳当時の全身像。当時の等身大に近いサイズで、半ズボンの制服姿。インドネシアを拠点とする『オバマ友の会』なる非営利団体の発案で、US$10,000で制作されたようです。

ひだり みぎ
The Future Belongs To Those Who Believe In The Power of Their Dreams(未来は夢の力を信ずる者の手にある)』何ともオバマ大統領らしい格言だ。4年間とはいえ、6歳から10歳といえば小学1年~小学4年の人間形成に最も影響を与える多感な頃。宗教や人種など多様性に富むインドネシアでの経験が、人種の坩堝である米国での指導者としての礎となったと言っても過言ではないだろうし、メンテンとしたら自分たちが育てた子供が米国大統領として世界を動かしているんだという気持ちだろう。

『リベラルな米国も、保守的な米国も存在しない。あるのはアメリカ合衆国だ。黒人の米国も白人の米国も、ラテン系の米国も存在しない。あるのはアメリカ合衆国だけである。』『我々の多様性という伝統は弱みではなく強みである。我々は、キリスト教徒やイスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、無神論者による国家だ。我々はあらゆる言語や文化で形作られ、地球各地からの集合体だ。』初のアフリカ系アメリカ人大統領として、人種や思想・宗教の壁を超え、人種の坩堝アメリカ合衆国の国民全体の多様性による統一を目指すオバマ。彼の思想のルーツは、米国同様に多様性に溢れるインドネシアでの生活、彼の生い達を通じて裏付けられていったとも言えるかと思います。当時のオバマ一家のメンテンでの生活の様子は『Obama Anak Menteng(メンテンの子、オバマ)』と題された映画でも知ることができる。日本語訳は無いが、英語字幕ありのものがyoutubeでノーカット公開されているので、興味のある方は是非。オバマ大統領の生い立ちを知れば、今後の米国の政策が読めてくるかもしれません。

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