ドン・ルイス1世橋と老舗ワイナリー・カレム(Kalem)での試飲ツアー

いよいよ待ちに待った口福満喫タイム。ということで、お待ちかねのポートワインのテイスティングツアーに参加してきたいと思います。ポルトまで来てワイナリーに行かずには帰れないっしょ!

エッグタルト@Manteigaria



宿泊先の近所にあるエッグタルトの老舗“Manteigaria”で買ったアツアツエッグタルトをほふほふ食べながら、ドウロ川の対岸にあるヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアと呼ばれるワイナリーの集積エリアを目指します。



ポルトを流れるドウロ川に架かるのは鉄橋ドン・ルイス1世橋。完成は1886年、幅8メートルの2階建て構造で、アーチの上層は歩行者とメトロ用、下層は歩行者と自動車用とに分かれています。

ひだり みぎ
橋自体もインスタ映えするんですが、やっぱり橋の上からの絶景には敵いません。

このウネウネと蛇行するドウロ川の上流の両岸にはポートワインの原料となるぶどうの畑が大規模に広がっているそうです。かつては上流で採取されたブドウやワインを満載した交易用ラベーロ船がひっきりなしに往来してたんだろうな~。


ラベーロ船の姿こそないものの、非常に賑やかなの北岸の川沿い。ウォーターフロントにはテラス席を設けたお洒落なレストランやバーが軒を並べ、その奥に段々畑のようにオレンジ色の家屋が丘全体を埋め尽くしています。


一方の南岸には、サンデマン(Sandeman)、カレム(Kalem)、テイラーズ(Taylor’s)などなど、実に30を超すワイナリーが並んでいます。英語風の名前が多いのは、17世紀にスペインに対抗するために手を組み関税特権を与えることになったイギリスの影響だそう。
税収が低くなりポルトガル政府的には“むむむ…”な状況だったかと思いますが、優遇税制策により安くポートワインが入ってきたイギリスでは「おっ、ポートワイン安くてうまくてイケるやん!」ってなってポートワインの一大ブームが巻き起こり、ここからポートワインの輸出用生産量が一気に増えていったそうです。

ひだり みぎ


ポートワインの歴史に思いを馳せながら川沿いを歩いていると、Calemという老舗ワイナリーの建物が見えてきました。ワイナリーツアーの内容的にはどこも似たり寄ったりということだったので、ドン・ルイス1世橋から歩いて一番手前にあったという単純な理由でCalemのツアーに参加することに。


予約なしの飛び込みでも全然問題無く参加できました。ツアー+ポートワイン2種類(Fine White、Special Reserve)のテイスティングが13ユーロで、ワイン3種類(White&Dry、LBV、10 Year Tawny)だと16ユーロ。ツアー時間は60分ほどです。

開催頻度は1時間半に1回程度と高くは無いので、予め時間を確認の上で訪問した方が良いかと思います。
ツアーの開始時刻や最新の価格については、下記リンクにてお確かめください。夜にはファドのライブ演奏付きツアーも催されているみたいです。

Kalemの公式サイト:https://tour.calem.pt/

博物館


ひだり みぎ
ツアーの開始時刻まではセルフサービスでポートワイン博物館を見学できます。もちろん、博物館への入場料はツアー代金に含まれてます。


美しい。これは確かにポルトガルの宝石ですわ。


カレム社のポートワインの種類は、大きくざっくりと分ければ“白”、“ルビー”、“トゥニー”、“ロゼ”の4種類で、そこから更に細分化していくと考えれば分かり易い。

ホワイト:
白ブドウを原料とし、樽で3-5年間熟成。味や熟成年度によって、White&Dry、Fine White、10 year Old Whiteなどに分類されていく。

ルビー:
年度の異なるワインをブレンドし、樽で3年以上熟成。質や年度によってレセルヴァ、ヴィンテージ、L.B.V.(Late Bottled Vintage)などに派生。

トゥニー:
ルビーを黄褐色になるまで熟成。

ロゼ:
黒ブドウと白ブドウが原料。


因みに、シャンパンがフランスシャンパーニュ地方限定とされるのと同じで、ポートワインもドウロ川の上流域に原産地が限定されています。

ツアー


ひだり みぎ
ツアーはデジタルマッピングの技術を駆使して行われ、ポートワインやカレム社の歴史や、ワインの製造プロセスについて視覚的にわかりやすく説明して頂けました。

テイスティング


ツアー後にはお待ちかねのテイスティング体験が待ってます。

White and Dry、2013年のレイトボトルドヴィンテージ、10年物トゥニーの3種類。同じ赤でも熟成条件によって色も匂いも味も全く異なるんですね。
ひだり みぎ
ポートワインは、「酒精強化ワイン」に分類されている通り、酒まだ糖分が残っている発酵途中にブランデーを加えてアルコール度数を高めたワイン。アルコール度数を高めることで酵母による糖分の分解が止まり、そのために糖分が残るのでデザートワインのような甘~い味わいになります。
つまり、ざっくりと一言で特徴を表すとすると、「度数が強くて甘さも強いワイン」ということ。アルコール度数で言ったら、通常のワインが10-15度なのに対し、ポートワインは20度前後がデフォ。甘くて飲みやすい割にアルコール度数が高いという危険なヤツです。

ワインセラー


テイスティングを終えたツアー客はワインセラーに送客されるという完ぺきな導線。このミニショップはメーカー直営店だけあって品揃えは豊富で、シャツとかのノベルティグッズもありました。

ひだり みぎ
機内持ち込み可能なミニボトルの詰め合わせをお土産に3セット買いましたが、旅行中に自分で飲み干してしまったのは内緒です。

ひだり みぎ
ツアー後は対岸に戻って、ほろ酔い気分で心地よい風の吹く川沿いを散歩。


ミュージシャンによる生演奏もあったりと、すっごく雰囲気の良いポルトの町。

飯美味い、酒美味い、雰囲気良いと三拍子揃ってて、2019年に旅行で訪れた多くの町の中でも再訪したい町ナンバーワンっすね。

アルメニアコニャック(ブランデー)の試飲付きファクトリーツアー NOY

皆さん、アルメニアといえばどんなものをイメージされますかね。

自分はの頭の中では、アルメニアと聞くとこの画像が連想されるんです。

スターリンとチャーチルとアルメニア・コニャック(ブランデー)と。一度目にしたら中々忘れられない渋い絵面でしょう。

では、スターリン、チャーチル、アルメニアブランデーがどう繋がるのか。
ヤルタ会議の際にスターリンがチャーチルにアルメニアのブランデーを勧めたらしいんですよね。当時のアルメニアはアルメニア・ソビエト社会主義共和国時代でしたから、スターリン的にはトップ営業も兼ねてたのかも。
すると、勧められたアルメニアのブランデーをチャーチルが大絶賛。あまりに気に入って一生愛飲し続ける宣言までしちゃったもんだから、以降スターリンが毎年400本ものブランデーをチャーチルに送るつけることになったというw。ヤルタ会議マル秘舞台裏エピソードっすね。

この話を聞いて以来、ときの大物指導者たちを虜にしたアルメニアブランデーに対する謎の憧れみたいなものをふわーっと持ち続けていたんです。

チャーチルが愛したアルメニアブランデー アララト


スターリンとチャーチルを魅了したブランデーメーカーとは、アララトというブランド名で知られるYerevan Brandy Company。同社が生産するブランドの中で、チャーチルが寵愛したのはDVINという最高級ブランドらしい。世界を動かす政治指導者が愛飲するエクスクルーシブなアルメニアブランデー、うーん、飲んでみたい!

ということで同社ホームページからDVINの試飲体験付きファクトリーツアーを予約しようとすると…


無情にも改装中につきツアーを受け付けていないとのことでした。

いやー残念!

ただ、NOYというブランド名で売ってるYerevan Ararat Brandy Factoryという別会社も試飲付き工場ツアーを開催しているとの情報があったので、今日はプランBとしてそちらの工場を訪問してみることに。

てゆうか名前似すぎですよね。それどころかもう一社の方の社名にアララトって入ってるし。

Yerevan Brandy Company:ブランド名=Ararat(アララト)
Yerevan Ararat Brandy Factory:ブランド名→Noy(ノイ)

不正競争防止法的な法律に抵触しないのかな?⇒この謎は、後のファクトリーツアーで明らかになりました。

ノイ ファクトリーツアーへ

では、どんな工場なのか、行ってみましょう。

アララトと並ぶアルメニアブランデーの二台巨頭ノイ。両社似たような場所にあり、アララト工場から真っ直ぐ南に500m程行ったところにノイの工場がありました。工場とは思えない非常に厳つい建物で、工場というよりは本社的立ち位置の拠点なのかもしれません。


ツアーガイドの引率を受け中庭に入ると、ここでもまた厳つい大砲が。どうやら、かつてのエレバン要塞に作られた歴史ある名門メーカーらしいっす。

博物館ツアー


先ずは資料館的な建物で工場の歴史についてお勉強。

会社の創業はロシア帝政時代の1877年。
実はアララトで知られるYerevan Brandy Companyも元々はこの会社の一組織で、1948年の組織改編で別会社として分離独立していったらしい。アララトの本家本元がノイにあたるので、社名が似てても暗黙の了解的なことで許されるんでしょうね。三菱より社歴が古く先に商標登録してた非財閥の三菱鉛筆が三菱の名を名乗れているみたいな?いや、ちょっと違うか。


そんなアルメニアブランデー。その歴史は古く、紀元前3,000年頃にノアの方舟がアララト山に漂着した時に始まったとされている……という伝説にあやかって、アルメニア語でノアを意味する“NOY”というブランド名が名付けられたそう。

ひだり みぎ
DSC_0374
ソビエト時代には旧ソ諸国へのブランデー供給元の一つとして大発展。1901年にはパリ国際博覧会でグランプリを獲得し、フランス外のメーカーとして世界で唯一コニャックを名乗ることを認められるなど躍進したそうです。

因みに、コニャックとはブランデーの中の一種。
シャンパーニュ地方のスパークリングワインのみがシャンパンと名乗れるのと同じく、コニャック地方で一定の基準を満たしたブランデーのみがコニャックと名乗れるという認証制度に守られた商品なんです。
フランスってこういった認証制度を活用した地域資源のブランディング大好きですよねw
で、やっぱりアルメニア産のブランデーがコニャックって名乗ってるのおかしいだろ!って時を経てから指摘されるようになっちゃって、仕方無くアルメニアではアルメニアンコニャックという新規格を設けることになったらしいですw

貯蔵庫の見学

DSC_0391
さくっと社史を紹介いただいたところで、続いては地下に設けられた貯蔵庫の見学へ。


ひだり みぎ
ひだり みぎ
ソビエト時代に作られたアンティークなエレベーターで地下へと降りると、目の前は鍾乳洞のような地下の天然貯蔵庫。ブランデー臭が漂っていて、ここにいるだけでハッピーになってしまいそうですw



一通りの見学を終えてから、1944年物ヴィンテージワインを試飲。

ブランデー試飲タイム


そして、最後にテイスティングルームでお待ちかねのブランデー試飲タイム。



ここでは5年物と10年物の2パターンを試飲。5年の差でこれほどまでにも色の差が生じてくるんすね。味もまろやかさが全然違います。

あのチャーチルの愛したブランデーは飲めませんでしたが、ノイのファクトリーツアーも中々良かったです。5,000ドラム(≒1,000円)で1944年物のヴィンテージワインと5年・10年物のアルメニアブランデーを飲ませてもらえるわけですから。

ツアーは1時間程度、市街地からの移動時間を合わせても2時間あれば収まりきるかと思いますので、エレバンでの隙間時間にさくっとツアーに参加してみるのも良いかと思います。

【Yerevan Ararat Brandy Factory】

公式サイト:https://www.brandy.am/eng/
所在地:9 Argishti St, Yerevan
電話:+374 10 547048

エレバンでの夜 お勧めレストランとバー

新しい日、新しい国。ジョージアで起きた嫌なことは忘れてポジティブなことにフォーカス。ジョージアで食い損ねた分までアルメニアで食い倒したるで!ということでアルメニアの美食を求めて夜のエレバンの町を徘徊します。


気温マイナス5度と腹周りのミートテック以外に防寒具を持ってきてない自分には外に出た瞬間に酔いが覚める寒さ。そんな中、向かった先はホテルのスタッフに教えてもらった手頃で美味しいと評判の伝統的アルメニア料理屋。

Karas National Food Chain


意気揚々とホテルを出発したのですが、あまりの寒さにホテル近くのファストフード店で妥協することに。


ロシアとペルシャ要素が掛け合わさった感じのアルメニア料理の数々がメニューに並ぶ。英語での表記があるだけでなく、ところどころ実際の料理の写真も盛り込まれてるので注文しやすいです。


さーて、食うぞ!どれも美味そうだ!「ちょっとそれは多すぎじゃ…」と心配するウェイターを制して写真付きで紹介されてた代表メニューから3品とビールを発注。ベルトの穴を緩めて挑みます。


パカっ。お洒落なビーンスープ。スープの容器代わりのパンまで完食する勢いだった。

ロシアっぽいビーンスープ、アルメニア料理の代表格でハリサという鶏肉とバターを入れた小麦粥、そしてペルシャ風シシケバブという統一性の無いコンビネーションでしたが、それぞれ個性があって楽しめました。

そして驚いたのはお会計。これだけ食べてAMD3,580(≒JPY820)とか、アルメニア最高かっ!

【Karas National Food Chain】

所在地:20 Mesrop Mashtots Ave, Yerevan
公式サイト:https://karas.am/en/
電話:+374 10 325555

勢いづいて、一人二次会タイムに突入。食べ過ぎて胃袋破裂しそうだけど、ここで立ち止まる訳にはいかないという謎の義務感に突き動かされ、ホテルの前にあるビアバーDargettへ。

Dargett Craft Beer Bar

ひだり みぎ
ソ連時代の集合住宅の一階部分を改装したかのような作り。ワイワイ友人通しで集まって飲むグループ、恋人とまったりするグループ、一人で黄昏ながら飲む会社員などなど、幅広い客層に愛されてるクラフトビールバーのようです。

ひだり みぎ
ここでもメニューを見て衝撃。一国の首都ド真ん中のオシャレバーなのに、クラフトビールが一杯200円〜とか。アルメニア、控えにいっても天国です。


店員や周りのお客さんとも面白くてガンガン飲む雰囲気になっちゃって、この日は全メニューを制覇する勢いでぐびぐび飲みに飲みまくりました。


クラフトビールバーらしい一品・ビールとティラミスを掛けた創作デザートBeeramisuも美味。安くて美味くて店員最高!エレバンのDargett、文句なしにお勧めです。

かなーり良い感じに酔っぱらったんですが、いまだにマスターが言ってた “俺らはビールの風味と味覚で遊んでるように見えるけど、全てが新しい発見の為の実験。実験を積み重ねて、いつかはビールという言葉の解釈に革命を起こすような存在になりたいんだ”という熱い言葉は強烈に覚えてる。自分の商材にこれだけ熱くなれるなら、必ず成功しますよね。翻って自分は何してるんだろう。自分のやりたいことで起業して勝負するのもありなのかなーって思わされたエレバンでの夜でした。

【Dargett Craft Beer】

所在地:72 Aram Street, Yerevan 0001
公式サイト:https://dargett.com/en
電話:+374 96 870870

バクーのお勧めレストラン&バー Dolma、Anadolu、Buddha Bar

地上の楽園アゼルバイジャンはメシも美味い!そして安い!

バクー市街でいくつか立ち寄った飲食店の中で、お勧めのレストランとバーをピックアップしてご紹介したいと思います。


石油価格の暴落とそれに続く金融市場の混乱で2015年に通貨が暴落したまま下げ止まってる状態なんで、胃拡張修行が捗りまっせ。

Dolma Restaurant

食い倒れの都バクーでの胃袋修行!一発目はツイッター上でフォロワー様にご紹介頂いたDolma。

地下にあるので注視して歩かねば通り過ぎしまうような微妙な存在感ですが、それが逆に隠れ家っぽくて良い。旧ソ連諸国ってこういった地下の名店が多い印象っす。

ひだり みぎ
恐る恐る地下へと潜っていくと、中にはアングラな雰囲気たっぷりのレンガの洞窟が広がっていた。核シェルターのように、中に入ってみると思ったより広いぞ。頑丈な造りで、隠れ家というより共産党の秘密基地感が凄い。


可愛らしい蝶ネクタイを身に着けたミスタースポックみたいな髪型の男によりエスコートされ、ペルシャ家具が並ぶ小さな個人席へと通される。

メニューは英語とアゼルバイジャン語で書かれた冊子のほか、頼めばタブレットに入った画像集も用意頂けます。アゼルバイジャン料理屋らしいですが、遊牧の民テュルク・ペルシャの肉や乳を使った食文化をベースに発展したコーカサス地方の料理とロシア料理がメインにしているようです。前菜からメインまで、メニューの種類は非常に豊富。

どれも凄く美味しそうだったので、ビジネスランチではなくアラカルトからミスタースポックお勧めの3品を注文することに。


先ずは旧ソ連諸国でよく見るミモザサラダ。上品な味わいだけでなく、見事なレイヤーで見た目的な芸術点も高いのがまた良いっすね。チーズたっぷりでクリーミー、他ではないレベルのミモザサラダでした。


汁物はコーカサス地方の肉とひよこ豆の煮込みスープことKufta Bozbash。キョフテの中にパルムのすり身のようなのような物が練り込むという手間もかけた一品で、絶頂物の美味しさ。


店名になってるドルマが推されなくて驚いたのですが、メインはアゼルバイジャン風ヒンカリ。ヒンカリって水餃子なんですが、アゼルバイジャンでは餡を包む作業を合理化で省いたのか、ボロネーゼみたいな感じで出てきましたw 見た目は餃子じゃなく想定外でしたが、ジューシーな羊肉と香草を練り込んだ麺がマッチしたエキゾチックな味わいで美味しかったです。

このほか、ザクロワインとキャベツの酢漬けを足して2,000円弱。内装のセンスも良いですし、店員のサービス精神も抜群。居心地は良いわ料理は美味しいは安いわで、トリップアドバイザー上の高評価も納得のナイスレストランでした。

Dolma Restaurant

所在地:M.Rasulzada kuc 8, Baku 1000, Azerbaijan
電話:+994 12 498 19 38

Anadolu Restaurant

続いては、小腹を満たすために向かった滞在先近くのAnadolu Restaurantへ。Anadoluなんて名前だけど侮るなかれ、安くて美味いトルコ・アゼルバイジャンの家庭料理が食べれます。こんだけ食べて1,000円もしないくらいっす
ひだり みぎ
ファストフード店的なお気軽な雰囲気で、一人でも入りやすいです。メニューはトルコ・アゼルバイジャン料理だけでなく、バーガーやパスタといった定番ウェスタン料理も豊富に揃ってました。

ひだり みぎ

特別手の込んだ料理って訳じゃないですが、家庭的な料理を手頃に食べたい時にお勧めです。3品+ヨーグルト2杯で1,000円弱でした。

Anadolu Restaurant

所在地:5 Aleksandr Puskin, Baku 1010
電話:+994 12 498 01 02

Buddha Bar

続いては飲みの部。
アゼルバイジャンでの飲み納めの舞台は、JWマリオット脇にある仏陀バー。ジョージアのトビリシ行きの深夜鉄道に乗る前に一杯ひっかけてきました。

仏陀が妖しく光を発していて、エントランスからして異様。

ひだり みぎ
レセプションでスカートを履いた綺麗なお姉さんにジャケットを預け、上の階へ上がるよう促される。本当にイスラム圏ですかね、ここ?


エレベーターガールではなくエレベーター仏陀と共に上階へ。コンセプトが徹底されていて隙がありませんw


ひだり みぎ
ふぁーーーw ドアが開いてびっくり。なんだこの空間!Sushi Restaurant and Barって聞いてたけど、完全にクラブっスね、これ。ミュージックガンガンのハッピーブッダパラダイス。

ひだり みぎ
凄い世界観w お釈迦さまが来たら腰ぬかしちゃいますよw



これ半ば仏陀をバカにしてるだろと思えるようなふざけたインテリアの数々が並ぶバーラウンジだけど、バーテンダーの腕は確かでオリジナルカクテルはガチで旨かった。イスラム圏で仏陀と開放的なお姉さんに囲まれて飲むお酒、背徳感が凄まじかったのを未だに覚えてますw

レストランと思って行くとだけですが、異世界感を味わうハイパーコスミックなバーだと思っていくと、意外と楽しめると思いますよ。

Buddha Bar Baku

所在地:Azadliq Square, JW Marriott Absheron 3rd floor, 674, Baku
電話:+994 50 404 82 09
Facebook:https://www.facebook.com/BuddhaBarBaku/

以上!

レバノンワインのテイスティングツアー Chateau Ksara

バールベック・アンジャールとベッカー高原の代表的遺跡を2か所周り、最後はレバノンワインのファクトリーツアーでレバノン旅行を締める。

レバノンワインと聞いてもピンとこない人が殆どではないでしょうか。中東のアラブ人がワインかよ!という突っ込みもそうだけど、どうも「レバノン」と「ワイン」という単語が掛け合わさるのにしっくりこないというか…

ただ、じつはレバノン、民族的にはアラブ人といってもキリスト教徒の人口が4割を占めるという宗教的には特異な国。地理的にも砂漠が無いどころか高い山があってスキーリゾートもあるような中東らしからぬワイン作りに適した国で、なんとワインはフェニキア人の時代の6,000年前から作られてきたのだと。これは意外過ぎる事実。オスマントルコ時代にはワイン文化が断絶したものの、20世紀のフランス委任統治領時代にレバノンワイン業界はアゲアゲ状態に持ち返し、今でもフランスの品種・醸造技術を用いたフランスのニュアンスを持ったワイン作りが盛んなんですと。レバノンワイン6,000年の歴史。これには中国人もびっくりアルね。


ちょいと前はシリア軍や日本赤軍が拠点としていて危なげなイメージがあるけれど、今では多くのワイナリーが拠点を構える長閑なベッカー高原。東西を3,000m級の山脈で遮られた海抜900メートルの水源豊富な高地にあり、気候はワイン作りに適した半大陸性。夏は暑く乾燥しているが、冬は寒くて雨も雨量も豊富。ワイナリーの説明員曰く、ブドウ畑の天国なんですと。

数あるワイナリーの中で、今回お邪魔するのはレバノンワイン界の名門シャトー・クサラ(Chateau Ksara)。イエズス会が1857年にレバノンで設立したワイナリーを起源とするレバノン最古のワイナリーである。

ザビエルハゲという髪型で後世に名を残したフランシスコザビエルらが1534年にパリで設立したイエズス会。本国フランスと同じくレバノンでも修道院が細々とワインの生産を開始。シャトー・クサラは、1857年にイエズス会が創業したワイナリーを源流とする由緒正しきワイナリーということらしい。

名門だけあってホームページのデザインも格好いい。

1880年代には仏領アルジェリアからカリニャンやグルナッシュといった南仏品種を持ち込み宗教活動用のワインの生産を拡大、近代フランス流ワインを武器にレバノンワインの生産の85%を担うまでに成長していった。
その後、1972年には修道院所有の全商業資産を売却するとのバチカンの方針を受け経営権がレバノン人実業家に譲渡。それでもレバノン人事業化の手の元でも生産は順調に拡大を続け、今日でも年間300万ボトルをつくるレバノン最大の生産者として、今や世界40か国にまで販路を拡大しているそうだ。


そんなレバノンのワインシーンをけん引し続けてきたシャトー・クサラ。こちらの本社社屋では、定期的にアラビア語・英語・フランス語のテイスティングツアーが開催されている。

テイスティングは3種類から選択可能。
レギュラーコース:エントリーレベルのワイン3本。US$3.3。
アマチュアコース:スーペリアレベルのワイン4本。US$6.6。
プロレベル:プレミアムレベルのワイン4本。US$10。
吾輩はワインド素人のアマチュア未満だが、恐れ多くもプロコースを選択した。


品種を見ても、
白:シャルドネにクレーレット
赤:シラー、カリニョン、カベルネ
などなどフランス系の品種が並ぶ。やっぱりレバノンワインといってもフランスワインに近いものなのでしょう。

申し込みを終え、先ずはテイスティングに先駆けワイナリーツアーへ。

このワイナリーの特徴はなんといっても全長2kmにおよぶローマ時代の天然の洞窟だろう。ワインの成熟の為に使われていて、中には1930年代のお宝ブランデーも眠っている。今は門外不出でテイスティングにも出てこない本物のお宝だそうだけど。


ひだり みぎ
最後はお洒落なカウンタースぺ-スで白、ロゼ、赤、白デザートと順にテイスティング。特に癖もなく、香り、口当たり、余韻全て平均点レベルで特に印象に残らなかったというのが率直な感想でした。正直、もうどんな味だった覚えてすらないっす、ごめんなさい。

ということで、なんとも締まりのない最後となってしまったレバノン観光。程よく酔ったところで切り上げベイルートへと戻ります。
ひだり みぎ
ベッカー高原からベイルートへと峠越え。運転手曰く、「あと2時間遅かったら積雪で道が塞がれ帰れなかった」というくらいの雪が降り始める。この峠を越えたら地中海だし、レバノンでは朝に海水浴、午後には上質なスキーリゾートへなんていう楽しみ方もできるらしい。

歴史あり。遺跡あり。美味い酒に食べ物あり。リゾートあり。ほんと来る前の印象とだいぶ変わったわ、レバノン。ノリで来てしまっただけだけど、来て見てよかったっす。
【Chateau Ksara】