カンボジア・プノンペンのイカサマトランプ詐欺(未遂)

今日はプノンペン旅行の際に逢ったトランプ詐欺未遂の事を書こうと思う。当時はそれがトランプ詐欺の手口だとは気が付かなかったが、今になって調べるとなんとまあ多くの方が類似体験をしていたようで、自分もトランプ詐欺未遂に遭っていたことが分かった。
それはプノンペンからシェムリアップへの移動日、バスの出発時刻までは2時間半。思えば観光地巡りばかりをしていてホテル周辺は見れていなかったので、天気も良いし最後の最後でホテルの周りを探索することに。

ひだり みぎ
今回の宿泊先であるRoyal Innでの朝食。ビュッフェではなく、『Asian か European』という物凄くアバウトな選択を求められ、何も分からずAsianをチョイスしたところ、こちらのヌードルが運ばれてきた。隣の芝生は青く見えるではないが、Europeanを選択した奴が下品にむさぼり食ってたソーセージ+ハム+卵のコンボがやたらと旨そうに見えた。相手に選択を聞く時はもっと情報を開示しろよ!!

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ホテルのある通り。間口の狭い4階建ての家屋が並んでいる。プノンペン唯一の公認カジノ・ナーガホテルまで徒歩5分、王宮へは徒歩10分と立地的には申し分無し。

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何故だか私が通る度に挨拶をしてくれるおばさんが切り盛りする個人商店。ここら辺は側溝の蓋が無くなっているところが結構あるので、下を見ながら歩かねば下水路に急落下する恐れがあるので要注意だ。夜とか穴に気づかないので本当に危ない。

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シアヌーク通りの先に見えるは独立記念塔。

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立派な寺院の立派そうな文句も普通に3ケツしています。日本の2人乗りチャリなんて全然かわいいほうで、3人乗りなんて日常茶飯事的に見かけるし、最大で5人がカブに乗って時速60Kmで移動している姿とかも目撃してきた。

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秀逸なウォールアート。Angkor What?なんて表彰物のアイディアとデザイン力だ。

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バイクの2人乗り3人乗りが当たり前ならトラックも凄い。こちらではよく人や物資を満載したオンボロな軽トラが走るのをみかけるが、こんなん過激派ゲリラ隊にしか見えない。

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何とプノンペンにも香港発の庶民派フォーマルウェアチェーン店・G2000の店舗が!!まだ2日しかカンボジアにいないが、フォーマルなワイシャツを着た人など一人として見なかったぞ。

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ちょっと歩き疲れたのでシアヌーク通りにある綺麗めなカフェに入ることに。その名もラッキーバーガー&ラッキーカフェ。マザー2に出てきそうな怪しげなネーミングで、看板のクメール文字のクネクネ具合がその妖しさを増長している。

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ここで目の覚めるようなハワイアンブルーのドリンクを注文していると、不意に後ろから声がかかる。『Are you Japanese?』振り向くと、迫真顔で私を見つめ、手招きする初老の男性が。同席して話を聞くと、彼はカンボジアの内戦後にカンボジアに渡ってきたフィリピン人らしく、娘が来月に日本に行くので少しでもいいから情報交換してくれないかと言っている。『ほら、今電話かけるから待って。』と言われて娘と電話をするという急展開に。

『もしもし?今、お父さんと一緒なんですか?』と流暢な女性の日本語が聞こえてくる。『今、近くで買い物してるんで、待っててくれますか?後5分くらいでそちらに行けますんで。』何だか急な展開になったが、バスの出発時間まで1時間半ほどあるので、10分~20分くらいなら会ってみるのも面白いかなと思い待つことに。親父は何故だか興奮し、めっちゃ笑顔で『You should come to our house for lunch』と言って昼食に招待してきている。先ほどまでの迫真顔が嘘のような上機嫌ぶり。

そしてきっかり5分後に娘到着。浅黒い父とは似つかず、マイケルジャクソンのように不自然に白い肌の20代前半くらいの女性。名をアンナといい、髪の毛はカンボジアの寺院のように金ぴかに染め上げている。話を聞くと、来月に名古屋にナースの研修に出るのだという。初めての海外で大変心細いので是非家に来て情報交換をしようと手を握られてせがまれる。ここらへんで私の警戒モードに赤信号が点滅。やたらと家に誘ってくる親父と娘、怪しすぎる。海外に出るとここら辺の線引きが難しい。リスクを恐れて現地人との交友を深めなければ意義ある旅行とはなり得ないし、かといって怪しい現地人について行っては惨事に巻き込まれる恐れもある。旅の魅力は、異国の地の美しい風景に美味い飯など母国での現実では味わえない体験が目白押しだが、中でも人との出会いが旅の一番の醍醐味だと思う。だが、今回は絶対に危険と感じた。大体、絶対親子じゃないだろうこの二人。褐色で威厳ある雰囲気の親父に白人より白くのほほんとした娘。似ても似つかない。ということで、彼らの家(アジト?)での食事は丁重にお断りし、バスの時間が迫ってきたので、お暇することに。

カンボジア旅行から帰った後もこの変な体験を思い出したのでネットで調べると、出るわ出るわ、日本語で話しかけて食事に誘われるという類似体験の数々が!!!今回の私は親父と日本に出稼ぎに行く娘というセッティングだったが、どうやら色々な話のバリエーションがあるようで、彼らのアジトまでむごむごとついて行った人に拠ると、以下のような悲惨な顛末が待っているらしい。

1.道端で女2人に声をかけられる。
2.女のバイクで家へ行く
3.カジノ男(いかさまディーラー)と話す
4.お昼ご飯をみんなで食べる
5.カジノ男にバカラでの勝ち方を教えられる
6.被害者、カジノ男、女2人と組んで自称ブルネイ人を騙すという計画で話が盛り上がる
7.自称金持ちブルネイ人登場
8.被害者は最初は勝ち続けるものの、ルール上お金を賭けないと負けなので多額の現金が必要になる
9.ATMへ連行
10.『もっとお金が必要だ』
11.お金や金目の物品を置いて解放される

危ない危ない。持ち金だけではなくATMで預金まで下ろさせるのがえげつない。そういやラッキーカフェで私に声をかけた自称フィリピン人親父はしれーっと私の収入を聞いてきてたな。東南アジアの人は結構ストレートに収入を聞いて来たりするのでその時は深く考えなかったが、その時に獲物の品定めをしていたに違いない。宿泊先も聞かれたのは送迎してくれるからかと思ったが、宿泊先の水準で私の懐具合を探っていたのだろう。狡猾な。

この時にトランプ詐欺だと分かっていたらこの詐欺団一味の写真を撮っていたのだが、残念ながら写真は撮っていない。だが、他の被害者の方のサイトにはこの厳格そうなフィリピン親父の写真が載っていた!!ドンピシャで同一人物である!!!!この親父、その被害者の方の体験談では自称ブルネイ人として登場、お姉系の話し方で「マダム・オカマケチ」を演じていたそうだ。金の為ならホモをも演じる何たる演者精神!!警察にこやつの写真を見せたら『「うわ。こいつだ(笑)知ってる(笑)」』と笑われたそうなので、常習犯であるようだし、フィリピン人の厳格な一娘の父やブルネイ人の金持ちオカマ以外にもいくつかの役どころがあるに違いない。くれぐれもこんなふざけた一団に騙されぬよう、プノンペンではくれぐれもご注意ください。

*注記、調べていくと、どうやら同様の手口の詐欺団がバンコク、クアラルンプール、セブ、香港と、アジア各地に存在するようだ。アジアを旅される方々、怪しいやつらの口車にのらぬよう、くれぐれもお気を付け下さい。

プノンペンで唯一のカジノホテル・ナーガワールド

カンボジアの首都プノンペンでキリングフィールドや博物館を楽しんだついでに、 唯一の政府公認カジノ「ナーガワールドホテル&エンターテイメントコンプレックス」にも寄ってみたいと考えている方も多いであろう。時間が無いのでまったりとはプレーできないが、折角の機会なのでバイタクに乗って向かってみることに。マレーシア人であるChen Lip Keong氏によって1995年に創設されたマレーシア資本のこのカジノ、プノンペン市内で2065年まで続く70年間のカジノ独占営業権を持っているらしい。同氏はかつてフンセン首相の経済顧問を務めたことから今でも首相とは公私共に親しい間柄ということもあり、2035年までの間はプノンペンのみならず首都の半径200キロ圏内においても他社の参入ができないようなライセンスまで取り付けられているそうだ。さすがは世界腐敗認識指数ランキングで177か国中160に沈むカンボジア、商いをするには政治がモノを言う。

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Chen氏。



場所はリバーサイド。セントラルマーケットからバイタクで10分程、US$1で行くことができる。

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市内中心部のシアヌーク通りを走る。ベトナムやタイと違ってまだまだ交通量は多くない。

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前方に見えるは独立記念塔。ノロドム通りとシアヌーク通りが交差するロータリーに青空を突き抜けるかのように建つこの塔は、名前の通りカンボジアが旧宗主国フランスから完全独立を果たしたことに記念して建てられた。

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クメール様式でありカンボジアの象徴でもあるアンコールワットの中央塔に現代風の美しさを加味したデザインになっている。カンボジア独立の翌年1954年に完成している。

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独立記念塔を過ぎ、シアヌーク通りを海沿いまで走ると見えてくるこちらのモダンでシックな建物がナーガワールドだ。現存のホテルコンプレックスのすぐ横にNaga2を増築をしているようで、クレーン車が稼働している。2015年に完成予定で、二つの5ッ星ホテルにカジノ、劇場、ショッピングセンターが同居する複合エンターティメント施設になるようだ。昨年の純利益は一昨年比で22.9%増のUS$113ミリオンとのことで、世を悩ます不況などどこ吹く風、飛ぶ鳥を落とす勢いで外貨を獲得してきている。

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ロビーは非常に豪勢な造りで、アンコールトムやアンコールワットを模した巨大なオブジェ等も置かれていてカンボジア臭を放っている。ナーガなんて名前つけるくらいだからもっとヒンドゥーの神々が祀られてるような政治臭のあるインテリアが並んでいるかと思ったが、意外と普通に近代的でかっこいい。

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カジノは一階ロビーの両脇にある。Golden Edgeという会員になって24時間以内に88ポイント溜めれば1泊無料というプロモをやっていたが、ノンネゴチップの還元率に関しては教えてもらえなかったので、どれほどプレイすれば良いのかは不明。普段の宿泊は800ポイント~とのことなので、大盤振る舞いなのは確かそうだが…

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肝心のポイント獲得基準が分からないので参考にならないと思うが、一応は各ティアーの条件を記載しておく。

ティアー条件
Panda無条件
Jade6ヶ月で1,000ポイント
Dragon6ヶ月で5,000ポイント
Infinity6ヶ月で25,000ポイント

カジノ入場にはパスポートの提示が求められるとガイドブックに書かれていたが、警備員もおらず、特に不要のようだ。ドレスコードについての規定も特に案内されていなかった。客層は大半が中国人で残りがベトナム人、タイ人、韓国人といったアジアな感じで、白人は貧乏バックパッカーのような2人組がいるだけだった。日本人ルックな人は見かけなかった。ゲームは 138のテーブルと1,470のマシーンがあり、定番ところは大体揃っている。

<カジノゲームの種類>
・バカラ
・大小
・ブラックジャック
・ルーレット
・テキサスホールデム
・カリビアンスタッドポーカー
・スリーカードポーカー
・カジノウォー
・スロット
などなど

アジア各国に住まう中国人華僑御用達なのか、大量に押し寄せてきた華人がバカラや大小に興じていた。使用通貨は米ドルで、テーブルゲームのミニマムはUS$10(平日はUS$5~かららしい)となっているが、中国人どもは100ドル単位で賭けていた。まぁマカオのベネチアンも週末のミニマムがHK$850とかになってきているし、中国人富豪の感覚的にはそんなもんなんだろう。時間の無い自分はUS$100を握り中国人の囲む大小テーブルへ、全額『大』にベットという勝つか負けるかの一発勝負へと出る。買った時のことを考えて今日の豪勢な夕食が頭に浮かぶ。そしてサイが投げられた………手に汗握り、心臓の鼓動が高まる瞬間…そして…サイはは1・2・6の『小』…捕らぬ狸の皮算用…頭に思い描いていた豪勢なクメール料理が…

まぁしゃあない。サバサバと次の目的地へと向かうことにしました。という訳でカジノでの滞在時間は約5分。今回はまともなカジノ体験記を書くことが出来ず申し訳ありません。

[youtube]www.youtube.com/watch?v=c_-rLpIppaQ‎[/youtube]

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妖しく光る夜のナーガワールド。中国人観光客を意識してだろう、金界娯楽城というもっともらしい中国語名も掲示されていた。市内中心部から程近くですので一度は足を運ばれてみては如何でしょうか。

プノンペンからシェムリアップへのバス移動

ざわざわがやがや…ホテルの外から否応なしに聞こえてくる町のどよめきが鼓膜から耳神経を伝わって薄っすらと意識の中に入り込んでくる。時計を見ると06:00…カンボジア人の朝は早く、ホテルの壁は薄い!!

というわけでプノンペン最終日は街の雑音騒音のBGMに起こされた為、予定より早くシン・カフェプノンペン支店へ向かう事に。軽くホテル周辺の探索をしてからチェックアウトを済ませると、ホテルを出るなり路肩で待機していたトゥクトゥクドライバー3名が満面の笑みでウィンクをしてくるではないか。プノンペンのトゥクトゥクドライバーはとにかくフレンドリー!初体面なのにくっしゃくしゃの笑みを浮かべて『ハローマイフレンド!今日の予定はどんなだい?』と聞いてくる。それも今回は3人一斉のスマイル射撃だ。シンカフェの住所を見せると元気いっぱいに『ファイブダラーマイフレンド!!(相場は1.5~2.0ドル)』と声を上げる。ふっかける時も悪びれた様子は無く、ひたすらに屈託の無い笑顔を見せてくるので何だか憎めないが、相場の倍を取られて彼らに仕事を発注するわけにはいかない。結局、別の流しのトゥクトゥクを捕まえて2ドルでシンカフェへ。有名ホテルや観光地前で屯しているドライバーたちは互いに談合して強気な価格提示をしてくるので要注意だ。

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ホーチミンで事前購入しておいたプノンペン⇒シェムリアップのバスチケットを提示すると、何ともぶっきらぼうな命令口調で10分後にバス出発地点まで移動してもらうと告げられる。どうやらこのシンカフェ、プノンペンからシェムリアップへは自社バスを出していないので、他社バスのターミナルまで送り届けるとのことのようだ。空調が無く蒸し暑い室内で10分程待機させられた後、係員の操るトゥクトゥクで別の場所に強制移動させられることに。

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1964年に建築され、今となっては場末感を漂わせるオリンピックスタジアム横を通り過ぎ、昭和初期の香り漂う猥雑なローカル市場を抜ける。ガタガタ道を10分程走っただろうか、振動でケツが痛みだした頃、カンボジアの最大手旅行代理店の一つに数えられるというキャピトルツアーのバスターミナルに到着。

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これが世界中のバックパッカーから絶大な支持を集めるというキャピトルツアー&キャピトルゲストハウス。一泊US$4~(エアコン付きはUS$10~)という宿泊費用の安さも魅力だが、カンボジア滞在延長手続きや周辺国の査証取得代行業務、各地へのパッケージツアーなどのバックパッカー向けサービスも充実。今日でもプノンペンに滞在する中長期滞在旅行者の溜まり場となっている。

キャピトルゲストハウスHP⇒http://www.capitolkh.com/

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バスターミナル内部は意外にも地元のおじさんおばさん達で埋め尽くされている。キャピトルからはシェムリアップだけでなく、ホーチミン、シ アヌークビル、バタンバンなどへもバスが出ているようだ。参考までに今回利用するシェムリアップまでのバスは320Kmを7時間超をかけて走り抜ける長距離バスで、お値段は何とKHR 22,000≒ US$ 5≒480円!!!

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旧植民地時代の建物が広がるキャピトルの周囲を見回すと、車にバイクにトゥクトゥクがごちゃごちゃと入り乱れて走っていて非常に賑やかだ。ここら一帯が一大バックパッカーエリアなのだろう、周辺にはUS$3~10程度の格安ゲストハウスが密集していて、辺りを歩こうものならバイタクの勧誘、大麻のお誘いの声が四方八方からひっきりなしに飛んでくる。

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=amgFueh6ndo[/youtube]
1978年までクメールルージュの手によって廃墟と化せられていた事実を改めて知り、日ごろはうるさいだけの街の喧騒や、埃っぽさや人々の表情その一つ一つがまた違ったものとして見えてくる。ポルポト派は集団内部以外の価値観を認めない原理主義集団であり、自分の考えと異なるものは徹底的に排除した。それが自国民であってもだ。都市部の住民は強制的に農村に移住させられ,首都プノンペンを含む多くの町は数日でゴーストタウンと化した。旧体制を支えた軍人,公務員はいうに及ばず,教師や知識人も見つかり次第片っ端から粛清され、劣悪な環境での過酷な労働による栄養失調,病気なども加わり,1975年から78年の僅か3年間の間に200万人とも300万人とも言われる大勢の人々が犠牲になったのだ。

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さて、物思いに耽りながら人間観察をしているうちに出発の時間がやってきた。キャピトルの対面にあるコンビニで毒々しい色の南国風ドリンクを買い込み出発を待つバスのもとへ。

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出発時刻5分前に到着したシェムリアップ行きバスはホーチミン⇒プノンペンのバス同様にヒュンダイの中古落ちバスだ。激しく傷み、表面材が剥がれ落ちかけた椅子のレザーは臭い、冷房口をつけると悪臭が漂う悪環境だったが、慣れは怖いもので、乗車後5分足らずで臭いは気にならなくなった。

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乗客は私以外は物凄い量の荷物を運ぶカンボジア人ばかり。ホーチミン⇒プノンペンは旅行者ばかりで和気藹々と楽しかったのに…

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キャピトルを出発したバスは市内で乗客をピックアップしながら進み、1時間も経たないうちに高さ15mにもなろうかという高い椰子の木が並ぶ荒野に真っすぐ伸びる1本道に入った。武装集団によるバス襲撃事件など物騒な話も耳にしていたが、至って平和的なトンレサップ湖沿いの国道六号を延々と北上する。

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出発から約二時間後、最初の休憩地点でストップ。両隣の民家では、痩せ細り骨と皮だけに見える白い牛が、静かに黙々と草をパクついている。何とも物悲しくなる風景だ。

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その後も後ろからバスや乗用車に追い抜かれながら、私の乗る鈍行バスは牧歌的田園風景の中の一本道をひたすらに突き進む。雄大な大自然の中にカンボジアの田舎暮らしの様子が垣間見れて面白いのだが、私の乗ったバスは路上脇の高床式住居の軒先で乗客を降ろしたりする為か、走行スピードが非常に遅く、昼過ぎに出たのに日が暮れても未だ着かない。

一体何時に着くのだろうか、気がつけば完全に夜じゃないか!!!今日はテンプルクラブでアプサラダンスショーを見る予定だったのに…
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20:00を回ったところで本日二回目の休憩に。暗闇の中に幾つかの豆電球をぶら下げただけのジャングルレストランの中には虫が大量発生している為、食わず飲まずでバス内で待機。15分後、バスは再び走りだし、結局シェムリアップに到着したのは21:00過ぎ…

プノンペン由来の伝説の祠 ワットプノン

カンボジアの首都プノンペンの象徴の一つとも目されるワット・プノン。ワット・プノンの名はクメール語で『丘の寺』を意味し、字面通りプノンペン市街にある丘の上に建てられた仏教寺院のことを指します。カンボジアの民間伝承によれば、1373年にDaun Penhという名の貴婦人がメコン川の岸に漂着した4体のブロンズ仏像と1体の石像を発見し、小高い丘と祠を築き、その中で仏像を手厚く祀りたてたことに由来するそうだ。そしてその丘の名前はいつからプノン・ペン(ペンさんの丘)という名の聖地として崇められるになり、これがやがてプノンペンの街の名前として定着したと言われている。それから5世紀、今でも寺院は町の象徴として崇められ、この街を見守り続けてきた

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プノンペンの主要道路であるモニボン通りと平行して伸びるノロドム通りの北の突き当たりに聳え立つワット・プノン。平坦な地にあるプノンペンにあって、遠景にもそのドングリ形状のストゥーパを望むことができる。

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丘の高さは20-30m程度であろうが、近くに立つと意外な程に迫力を感ずる。丘の中腹ではおばちゃんがデ~ンと深く腰を下ろし、階段を登って行く参拝客を選別している。どうやら外国人のみおばちゃんに呼び止められ、入場料としてUS$1を徴収される仕組みのようだ。

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丘の麓にある緑あふれる公園では地元の方々が思い思いに涼を取っている。その周りを猿が歩き廻ったりしていて、何とも長閑な雰囲気だ。

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こちらの像は噂のペン夫人ではなく、クメール帝国最後の王であるポニャー・ヤット王子とその家臣たち。ヤット王はシャム王国の侵略を受けて当時の都アンコールからプノンペンに遷都した際、ペン夫人が保護した仏像がメコン川の氾濫による洪水被害に遇わぬよう、丘を更に高地化させたと言われるアツい仏教心の持ち主だったそうだ。そんな訳で彼の遺灰は丘のてっぺんにあるストゥーパに安置されている。

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本堂は王宮を髣髴とさせる立派なクメール建築。いつ建築された物かは分からないが、流石に14世紀にペン夫人が建てたものではないのであることは確かだ。

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内部には黄金の巨大仏像とコミカルなミニ仏像たちが安置され、天井や側壁にはラーマーヤナ物語の絵図が描かれている。ペン夫人が拾ったオリジナル仏像の姿は見当たらなかったが、現存していないのだろうか。

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ワットプノンは今でも地元民の心の拠り所なのであろう。本堂の裏手では老若男女、小奇麗なビジネスマン風の男からホームレス風の男まで、皆、熱心にお祈りを捧げている。線香の香りも辺り一帯に充満し、神秘的な雰囲気で自分の心も洗われる気がする。

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こちらが“Yeay Penh=マダム・ペン”ことペン夫人の像。背面を電飾で光り輝く仕様にすることで有難味が強調的に演出されているのは日本人的感覚からするといかにも安っぽくて頂けない。アイシャドーと口紅を塗りたくった派手目化粧とクメール人らしからぬ美白肌が印象的な貴婦人は、本堂の仏像と比べても圧倒的な人気を誇っているようで、富と繁栄のシンボルとして現地の方々によって一心不乱にお祈りを捧げられていた。


●Wat Phnom
・拝観料:US$ 1(カンボジア人は無料)
・開放時間:7:00~18:00

美しき黄金宮殿とシルバーパゴダ

カンボジア王国の首都プノンペンの中心地にあって一際目立つ黄金宮殿。1866年、首都がプノンペンに遷都された際にノロドム王によって創建され、シソワット王の代に宗主国であったフランスからの建築師の手によって現在の荘厳な造りに改築されました。現在でも戴冠式や王室行事などの公務とシハモニ国王と王妃の居住の場となっていますが、前庭に面した王宮の一部とお隣のシルバーパゴダは一般公開されています。

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勝利の門。対になったデザインがシンメトリーな美しさを醸し出し、眩いばかりの黄金色が抜けるような青い空に良く映えます。

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前庭を挟んで勝利の門と向かい合う即位殿。現在のシハモニ国王も、また父親のシアヌーク前国王もここで即位の式典が行われました。見事なクメール建築といい美しく手入れされた庭園といい、これぞ宮殿!といった優雅な雰囲気が空間を支配しています。

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王宮とシルバーパゴダは中で繋がっていて、気がついたらシルバーパゴダの敷地に入っていた。何層もの屋根が重なりあい、中央に高い尖塔がそびえたつ独特の造り。

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シルバーパゴダは1892年にノロドム王によって創建され、1962年にシアヌーク王によって大理石の柱と支柱を備える現在の姿に再建されている。正式名称はウォアット・プレアハ・カエウ・モロコット(エメラルド仏の寺院)だが、再建の際に20cm角で1枚1kgもあるという銀板5,329枚を床に敷き詰めたことからシルバーパゴダと呼ばれている。あちらこちらで草花が色彩とりどりに咲き誇る鮮やかさは、さながら植物園といった優雅な趣で、外の喧噪をすっかり忘れさせてくれる。

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本尊は宝物殿となっている。名前の由来となったシルバータイルだけでなく、エメラルドの仏陀像や2,086個ものダイヤモンドが埋め込まれた純金の弥勒菩薩などの絢爛豪華な金銀財宝が納められ、建物の外観に負けじとピカピカと輝きを放っている。流石は王立寺院。

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寺院だけあって、敷地内にはノロドム王、アンドゥオン王など歴代の王様を祀ったストゥーパや仏像も建てられています。仏像の四肢が欠けているのは、神仏像に高価な宝石を埋め込む習慣があったことから本来は崇拝の対象である神像が盗掘行為の対象になり、金儲けの盗人によって持ち去られてしまったかららしい。腕無し足無しはまだしも、首だけ仏像や首無し仏像など、日本では不気味がられて敬遠されるような形のものも当地では信仰の対象になる。

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敷地をぐるりと囲んでいる回廊には、東南アジア一帯に伝承されてきた叙事詩「ラーマーヤナ」のフレスコ画が642メートルに渡って描かれてい。ラーマーヤナとは、魔王に攫われたシーター姫を勇敢なラーマ王子が救い出すというインド発祥のコテコテのラブストーリー。物語の詳細は分からずとも、絵巻に見入ってしまう。

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厳めしい原住民風の像が守護するこちらの蔵では、象とガネーシャにまつわる展示物が収められている。

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象、大活躍。特に白象は東南アジアで神聖視されていて、タイなどでは発見されれば直ちに国王に献上されることになっているそうだ。

バンコクのワットプラケオ(王宮)と比すと規模的にはがっかりだが、これでもキリングフィールドや虐殺博物館と並ぶプノンペンの定番観光スポットだ。昼休みが11:00~14:00と長いので、訪問の際は要注意!


王宮とシルバーパゴダ
場所:Samdech Sothearos Boulevard,
開門時間:08:00~11:00、14:00~17:00
入場料:US$ 6.5 or KHR 25,000(2013年7月時点)