ラオスの大地に建つ中国資本のカジノリゾート

切っ掛けは取引先の方の一言。先月、マカオのポルトガル料理屋で食事中、急にラオスのカジノの話を振られた。「国慶節のラオスはどうでしたか、ラオスにもカジノあるんですよね。」と。へー、そうなんですかー、ラオスのカジノと聞いても全然そそられませんわー。なんて言ってたが、後日ググってみたところ、ちょっと興味が湧いてきた。ゴールデントライアングルのラオス側に中国資本の金木綿集団が金三角経済特区なるリゾート地を開発し、その中に中国人が牛耳るカジノが運営されているのだとさ。こうしたカジノ絡みの経済特区はボーテンやミャンマー国境のモンラーにも中華マネーで建てられ、いずれも数年間栄華を極めたが結局は麻薬、売春の温床となった挙句に観光客の拉致事件や殺人事件などが続発し、余りにも風紀が乱れたために挙句にカジノは廃止、今や廃墟のように寂れた街になっているという。ただ、このゴールデントライアングルの経済特区はまだまだ新しく現役バリバリにカジノが運営されているらしい。ちょっと気になる存在だ。

ひだり みぎ
「ゴールデントライアングル、カジノ、OK?」と伝えるとニヤッとした笑みを見せ静かに頷くトゥクトゥクの運ちゃん。ホテルに寄ってもらってからカジノへと向かう。

ひだり みぎ
メコン川沿いの幹線道路を走ること20分弱、川の対岸に冠の形をした怪しい建物が見えてきた。言うならばキングスライムが被ってそうなアレ。分かるだろうか。


これ、この王冠そっくりの建築物が目に入った。


続いて右手に金木綿集団と書かれた看板と古びれた木造建築物を発見。これが中国カジノ軍団の巣窟か!

ひだり みぎ
金木綿娯楽と書かれた看板が掲げられているが、だだっ広いこの建物の中には掃除のオヤジ一人だけ。

ひだり みぎ
無駄にでかい建物は埃臭く放置されたいるかのよう。2010年に開業されたばかりと聞いたが、まさか既に夜逃げでもぬけの殻とか?

ひだり みぎ
対岸には確かに見える、王冠の姿をしたカジノらしき建物が。10分ほど川沿いで対岸を眺めていただろうか。不意に背後から声がかかる。それも中国語で。振り向くと明らかにタイかラオス系の顔立ちをした中肉中背の中年男が立っている。カジノに行きたければ川上に向かって500m程進んだ先にイミグレがあるので、そっちに行ってくれ、そこで対岸へのフェリーは手配するし、ラオス側に着いた後のカジノへの移動も面倒みる、と。流暢な中国語でそう伝えられた。

ひだり みぎ
男の言うとおりに川上に向かって進むと、確かにチェンセーンのイミグレと金木綿のオフィスが建っていた。金木綿の窓口でカジノに行きたい旨を伝えると、パスポートの提示を求められる。ここで日本のパスポートの威力を発揮される。日本人は手続き料金の500Bやビザも不要なので、直接お隣のイミグレで出国手続きを済ませてくれと。埠頭にて白い服を着た男にピックアップしてもらえるようだ。なんてことはない。他の方の訪問記では出国手数料やフェリー代金を支払われているケースが殆どのようだったが、日本人は長期滞在にならない限りはタイもラオスもビザなどは必要なく、本来であれば無料で行けなければおかしいのだ。フェリーもカジノに言えば手配してもらえる。

ひだり みぎ
埠頭に直結したChiang Saen Immigration。カジノ需要の為だけに簡素な出入国管理小屋ができたのだろう。ラオス側ではカジノを中心とする金三角経済特区を開発し、タイ側でも客を取り込むためにドックヤードまで運営してシャトルボートをピストン運行させている。金木綿とはいったいどういった集団なのか。中国のネット情報を漁ってみたところに拠ると、出所不明のZhao Weiという黒竜江省出身の男が老板として両岸の観光業を一手に担っているようだ。


何日ラオスに滞在するかだけ聞かれ、あっさり出国完了。

ひだり みぎ
Chiang Rai Unitedとかいうオレンジ色のサッカージャージを着たカジュアルなタイ人に声をかけられる。「船が着きました。」と、中国語で。川への階段を下りるとKings Romansと書かれた6人乗りくらいの小型スピードボートが待機をしていて、他のタイ人と5人ほどと一緒に乗り込むとすぐに発進。運転手も、着岸・離岸を助けるアシスタントも中国人で固められているようで、みな中国語を喋っている。

ひだり みぎ
5分足らずで対岸ラオス側の船着き場に到着。

ひだり みぎ
入国手続きでは残業中なので40バーツが必要になります、とオフィサーに告げられる。土日の06:00-20:00と平日06:00-08:00、16:00-20:00はオーバータイム勤務なので特別料金がかかるらしい。いや、それお前、腐っても公務員なんだし所属先から残業代支払ってもらってるだろ!なんて抗議はしたくてもせず、しょぼい金額だったので黙って支払うことに。因みに帰りのラオス出国時には要求されなかった。


財布からお金を取り出そうとしていると、せっかちな中国人が割り込んできた。既に支払って領収書も書類も全てあるからこんな日本人より先にこっち処理してくれと!さすが世界中どこにいても安定の厚かましさ。

ひだり みぎ
入国管理局を抜けた先には申し訳程度の免税店もしっかりある。中華タバコとか酒類とか。ビールが無駄にセレクションがよく、オランダやドイツ、チェコなどのメーカーのビールも取り揃えられている。


ラオス側のイミグレを出たところで待機していた送迎用の専用車に乗車。両脇に太いパームヤシが植えられた広い二車線道路を通ってカジノへと向かう。

[youtube]http://youtu.be/Q1dhF3pnp8E[/youtube]
船着き場からカジノへのミニバンではどうしてどうして、日本の北酒場が流れている。何故にこの曲!!?運転手に聞いてみると、仏頂面で我不知道と。顔も真っ黒くバウンサーのようでぶっきら棒・厳つい感じの運転手だ。


送迎車が横づけしたのはまさにカジノの正面玄関となる場所で、パルテノン神殿を思わせる古代ギリシャ建築風の柱に、見上げればルネッサンス風の丸い巨大な天井画。こけおどしのゴージャスさで見た目だけはそれらしく造ってみたが、中身的には何の文化的含蓄もない代物だ。


カジノ横にはホテルまで!所謂カジノを中核とした複合リゾート施設となっているようだ。立てられた看板の案内によると、金三角経済特区は中国の金木棉集団が2010年2月にラオス政府から102.27km²の土地を99年間租借してリゾート開発されたものだそうで、特区内の開発権と管理権は金木綿集団に全面的に委ねられているとのこと。外交、国防、司法以外の自治権まで有しているとのことで、実質上はラオス政府の権限の及ばぬ独立国のようなもの。すべてはオーナーの趙偉氏の胸先三寸で決まる「金木綿王国」なのだ。

ひだり みぎ
ホテル脇にはご丁寧にショッピングストリートまでもうけられている。

ひだり みぎ
が、様子がおかしいぞ、と。

ひだり みぎ

ひだり みぎ
病院も蛻の殻。人の気配が全くしない。夜逃げでもされたのか、建物の内部には長く放置されていたのであろうゴミが散乱して悪臭を漂わせている。水や電気も止められている。この経済特区には5億米ドルもの大金が投じられていると宣伝されていたが、今のところ誰がどう見ても採算がとれているとは思えない。勢いで立派なハコモノをつくってはみたものの、運用が全くうまくいかないという中国リゾート開発の典型的なパターンなのか、それともカジノ経営の裏側で何かもっと巨大なマネーが動いているのだろうか。何せここはかつて世界最大の麻薬・覚醒剤密造地帯として名を馳せたゴールデントライアングル、麻薬ビジネスから生まれる汚い金のロンダリングの為の投資だとか色々と勘ぐってしまう。

ひだり みぎ
カジノの外装やこれら取ってつけたかのようなローマ風レリーフに見られる陳腐な西洋趣味、素人の小学生が一晩で作り上げたような稚拙な動物たちの塑像など、文化や教養の香りがまったくしないところ、成金富豪の文化事業の悲しさといったところか。

ひだり みぎ
ある程度カジノ周辺の様子を見終えたところでカジノ内部に入ってみることに。入り口には痰を吐いたりポイ捨てする者には500元の罰金を課されるとの次元が低い注意書きが張り出されている。建物に入ると眠そうなおばちゃんに呼び止められ、カバンを預けることになる。その後セキュリティーチェックのゲートを通り、思いっきりビビーって警報鳴っているのにスルーで通され無事入場。パスポートチェックも無し。

ひだり みぎ
そこに広がっていたのは、いかにも華人好みの趣味の悪い金ぴかの空間だ。

ひだり みぎ

中央のテーブルゲームが置かれたカジノコーナーはバカラのみ。20ほどあるテーブルは全部バカラ。他のゲームはというと、ブラックジャックやポーカー、大小などの定番どころも全てなく、端っこの方にちょろちょろと機械式ルーレットとスロットがあるくらい。バカラの方はミニマム20B~と超庶民的カジノであり、客層は成金ファッションの中国人とラオス人/タイ人が半々くらいであろうか。圧倒的大多数はミニマム20~50の低レートテーブルにかじりついている。一応VIPテーブル2台にVIP貸し切りルームが3室あるのだが、誰も使っていないのでディーラーも配置されていない状態だ。後は電話による代理賭博のような専用台もあった。

ディーラーや飲食の給仕スタッフはラオス人が多数で、テーブル上で飛び交うのは現金。チップ交換なんて野暮なことはしません。
で、よくよくテーブルを観察をしてみると、行われている賭博はバカラっぽくてバカラじゃない。バカラとタイガードラゴンを足して2で割ったようなゲームで、参加者はバンカーかプレイヤーではなく、虎か龍か引き分けのいずれかにベット。セット完了後に虎と龍それぞれ1枚づつカードが配布され9に近い方が勝ちという特殊ルールが運用されている。もう単純な運否天賦の世界だが、一応はモニターで過去50戦くらいの虎と龍の戦歴が映し出されていて、皆さん必死になってパターンを読もうとしたり手に現金を握りしめて念じたりしている。ベット額が100円程度なのになんだか無性に殺気立っている安ーいカジノである。

おいおい、この日の為に少し多めにバーツを用意してきたのだが…
適当に台を観察するが、何だかこのゲームよく分からんwしかもこんなルールなもんだからサクサクと金が動いていく。でも折角来たからにはとミニマム1000のテーブルに張り付き、機を見て10,000バーツを龍に投入。周りがマジかよ10,000かよこいつ頭おかしいのかよみたいにざわついてくる。セット完了、カードがマシンから排出され、虎が4!こりゃあツイてる。龍が8であっさり勝利。こんなへんちくりんな丁半博打のようなゲーム、考えたってしょうがない。勝っても負けても次が最後と、続けて龍に10,000バーツ。そしてアッサリ連勝…ものの2~3分で20,000バーツの増殖に成功し、颯爽と引き揚げる。結果オーライだったから良いものの、こんなゲームは二度としないと思います。


因みに二階にはカフェが設置されていて中国語とタイ語のメニューにカウンターがあるが、肝心の店員がいない。トーストが10元、各種コーヒーが20元、各種お茶が16元となっている。カジノポイントとも交換できるようだ。

さて、埠頭まで客人をピックアップしにいく時間になったとのことで、車に乗ってラオス側のイミグレへと戻る。来るときはバンだったが、帰りはマーク2。
ひだり みぎ
イミグレスタッフも金木綿のバッジを付けた中国公安の制服を着ているではないか。流石はラオス内の中国の飛び地・金木綿ワールドだ。

コーン島とソムパミットの滝

チャリでデット島を横断し、続いてソムパミットの滝や仏印統治時代の蒸気機関車などの見どころがあるコーン島へと向かう。シーパンドーンには複雑な支流が絡み合ったメコン川の中に大小あわせて約4000もの島々があると言われているが、コーン島とデッド島の2つを抑えておけばまぁ十分だろう。

メコン川に隣り合って浮かぶデット島とコーン島を繋ぐのは旧鉄道橋。フランスが植民地時代に敷設された鉄道の跡地だが、鉄道路はそのまま道路として利用されているので、こいつを渡ってコーン島に上陸する。
ひだり みぎ
この鉄道橋周辺はゲストハウスの密集地帯になっていて、メコン川沿いには川にせり出た安宿に寄宿する沈没者らしき白人旅行者の姿も多く見かける。昼間っからハンモックに揺られて日向ぼっこののんびりとした生活。羨ましい限りであるが、一週間もこんな生活をしていたらすっかり堕落しきって社会復帰できなくなるに違いない。こののんびりとした雰囲気、麻薬のようなものだ。


橋のたもとにある写真手前の小屋が島の管理局で、橋を渡って島に入ろうとすると管理員に呼び止められ、入島料として20,000Kip(≒200円)を徴収される。この20,000Kipのチケットでソムパミットの滝へもエントリーできるので、滝に行かれる方はチケットは無くさないように。


こちらは旧線路橋から100m程コーン島内に入ったところに1両だけポツンと残されている蒸気機関車。今やサビサビっでボロッボロの状態となっているのが、それが逆に何とも言えない迫力をかもしだしている。

コーン島では水田が広がり、人々は投網による漁業のほかに米の生産で生計を立てているようだ。白人がたまーにあるいている姿を除くと、観光地らしい雰囲気は一切感じないが、逆にその素朴さが外国人を引き付けている。

コーン島もデット島に負けじと非常にのんびりとした雰囲気で、メコン川に囲まれた田園風景の中のラオス人の生活を垣間見ながら、のんびりサイクリングを楽しむことができる。ただし、自転車の質の悪さと未舗装の道路によりケツを痛めること必至なので、時間があればチャリに頼らず島内をゆっくり歩いて回るのも悪くない選択肢かと。鉄橋からソンパミットの滝までは2km弱だが、のんびりと散歩を楽しむのも乙なものだろう。


自転車で1時間も走れば1周できてしまうような小さな島でこれだけ小さくて旅行者に人気の場所とあれば、すぐに島全体がツーリスティックになってしまうと思うのだが、この島には素朴な島の人の生活が残っている。この未開な桃源郷的空気が魅力なのだろう。ホテルもリゾート的なホテルはなく、素朴なバンガロータイプの安宿しかないようだ。ここにいると日本にいる時のような時間と仕事に追われる日々で成り立つ豊かさが本当に人間にとって幸福なんだろうか?って哲学的な事を考えさせられる。毎日やれ納期だ!会議だ!来客だ!クレームだ!と仕事に追い立てられ、時間が高速に過ぎていく日々がウソのよう。って思う矢先に納期確認の電話が入ってるし。こんなラオスの片田舎の島にまで容赦なく追いかけられるんだから堪らんわ。

熱帯特有の重くてべっとりした空気に時折吹く心地良い風、川の流れる音と時々聞こえる船のモーター音、そして家々から聞こえてくる親子の嬌声…この素朴でのんびりとした雰囲気が旅人を癒し惹きつけるのだろう。ここを楽園として長逗留するバックパッカーが多くいるのも頷ける。


チャリを駐輪場に置き、歩いて川の流れる音のする方へと向かう。

耕運機などの文明の利器が無いここでは水牛が耕運機代わり。水浴びしながら出番待ち。

ひだり みぎ
お目当ての滝が見えてきた。滝の上流は岩場になっており,ここで流れは本流といくつかの枝葉に分かれている。流れ下るという表現がぴったりで,日本でいうナメ滝に近い。乾期のせいか水量が少なくちょっと物足りないが、周囲の景色と合わせ一級品の観光資源といえる。


流れも激しいし岩がごっつごつしてて、こりゃあ船の航行は難しい。そりゃあフランスも諦めますわ。


滝のすぐ傍にビーチがあるというので行ってみたら工事中…透き通る海水に白い砂浜なんてのを想像して行くととんだ期待外れに終わってしまう。熱帯特有のギラギラと輝く太陽の熱くて刺すような光のシャワーを浴びながらてくてくと歩いてきたのにガッカシだ。


そんなこんなでコーン島で素朴なメコン川流域の雰囲気を体感し終え、ナーカサンへ戻る為にデット島の埠頭から小舟をチャーター。60,000Kipとのことだったが、Kipが尽きたので200タイバーツでお支払。バイクに乗せられ民家脇に停泊させた男の小舟へと乗り込む。


こいつに乗れと。

ひだり みぎ
真っ赤なガソリンを持ってきてエンジンを回す。

ひだり みぎ


投網や定置刺し網で漁をする人々,洗濯や水浴びをする人々など川に寄り添って生きている人々の生活の一端が恒間見られる。またこのあたりは人や荷物を乗せた舟の往来も多く,川の風景と合わせ飽きることがない。

ナーカサン村に到着。こっからまた3時間かけてバイクでパークセーに戻る。日焼けで腕が相当に痛いし、夕暮れまでには戻れそうにないので交通量が少なく街灯もない田舎道を暗がりの中をバイクで走ることになりそうだ。

ひだり みぎ
パークセーまでは150Km弱あるので、ガソリンを満タンに。スタンドでは犬が絡んでくるも、勇敢な子供が獰猛な犬を撃退してくれた。


陽が沈んでいく…

ひだり みぎ
結局日暮れまでに帰れず、真っ暗な田舎道をただ一人バイクで走ることに。基本的に一本道なので迷うことはなかったが、真っ暗闇の中から山賊の急襲を受けそうで怖かったし、途中スコールに逢ってずぶ濡れになるなど大変な思いをした。日焼け(というか火傷)した腕が雨水で滲みて痛いのなんのって。


夜8時前、無事に真っ暗闇のパークセーに辿り着く。


ホテルに戻って見てみると、なんとまあ腕がこんがり焼けちゃって!完全にポッキーですわ。

ラオスのパークセーでレンタルバイク

タイしかりベトナムしかり、東南アジアではオートバイの大群が昼夜問わず道路を洪水のように埋め尽くして走り流れているが、ここラオスでもトゥクトゥクや人力車などに混じって古いカブタイプのバイクがモクモクと白煙を上げて大量に走っている。バイクの大半はやはり東南アジアで圧倒的なプレゼンスを誇るホンダで、排気量は概ね100cc~125cc程度のASEANモデルが多いようだ。これらのASEANモデルは作りが安っぽい面があるもの、性能的には必要にして充分な物は持っているし、十万Km超を走る頑丈さも兼ね備えているようだ。これらの古く安そうなバイクを普通に小中学生くらいの子供が自転車の延長くらいの感覚で乗りこなしてたり、まるでサーカス団の様に一家3-4人が器用に1台に乗って走っていたりもする。スピードの出し過ぎやノーヘルなんてのは当たり前だし、日傘や食べ物の容器(?)を持ちながらの片手運転をしている強者もいたりと、町往くバイクを眺めているだけでも面白い。ハンドルにヘルメットをぶら下げながらのノーヘル運転ってのは斬新で思わず突っ込みたくなった。

さて、今回のラオス旅行では、バイクを借り切って観光名所へと出かけてみた。ラオス(少なくともパークセー)には国際免許証の提示も不要で、パスポートを預け入れるだけで簡単にバイクを貸してくれる店が多数ある。
1日目はLao Chaleun Hotelで100ccのカブ(Honda Wave Z)を70,000キープで、2日目はAlisa Guesthouseでスクーターを100,000キープでそれぞれ1日レンタルしてラオスの大地でのツーリングを楽しんだ。楽しんだとこまではよかった。問題はバイクを返す時だ。Lao Chaleun Hotelからは返却時にボディーの傷クレームを入れられ、修理費の支払いを強要されるという屈辱的な経験を味わった。

一応、契約書にサインする前に簡単に乗り回して作動確認をして外観チェックもしたのだが、細かい傷までは見ていない。出発前に撮ったバイクの画像にも細かな引っ掻き傷までは写り込んでいないので、確かに元々傷が無かったことを立証する手立てが無い。レンタル前の確認不足、小生の脇の甘さを突かれたのだ。

原状回復だ!なんて凄まれても、転倒した訳でもなく普通に走っただけなのに傷なんてつきっこない、当方に過失なし!と猛抗議する私。ふざけんな、傷がついてるんだから修理費を支払えと一点張りのラオス人のガキ。ボスが来る夜8時に再訪して問題が解決させなければパスポートは返さないとか一方的な主張ををされる。そう、パスポートを人質にとられているのだ。


これは二日目Alisa Guesthouseとの契約書。大体どこも同じような内容の契約書にサインさせられるが、きっちり「盗まれたり傷つけたりした際は借り方が費用負担」との項目が織り込まれている。

ひだり みぎ
こちらが悪の巣窟Lao Chaleune Hotel。

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整備不良が怖かったので2台ほど実車で動作確認してみてバイクを決定。廃車をタダ同然で買い上げて整備したものを使いまわしているのだろう。走行距離のメーターが20万キロ超(地球4周分!)とか途方もない数字になっていて不安ではあったが、走り自体は問題無しと判断する。

ひだり みぎ
念の為に抜かりなく最終メンテをしてもらう。動作確認良し!各部品も欠品無く破損なく外観確認良し!と思って出発したんだがなぁ。細かい傷までは確認していなかった小生の落ち度か。

ひだり みぎ
で、飯食って買い物して、言われた通り夜8時に再訪するとボスの姿は無し。部下に「絶対折れるな」とだけ命じて自分は雲隠れのようだ。どうしようもない責任者。30分に渡る交渉の末にガキがボスに電話してUS$50がUS$40に値引かれたのだが、電話越しに舐め腐った声でDiscount for youとか言われると余計に腹が立つ。百歩、いや、万歩譲って当方にキズに対しての過失があるとしよう、だが、このUS$50だか40という修理費の根拠すら全く提示されていないのだから納得できる訳がない。一方的な言い値を突き付けてくるという下衆な悪徳業者。パスポートという弱みを握って高圧的に凄んでくる卑劣な手口である。


支払金額のUS$40をTHBに換算中。この右の糞ガキが要注意。返却時の検査はしつこくあら捜しするようで色々とラオス語でイチャモンをつけていた。結局「パスポートは返せない。」の一点張りで、ボスも最後まで姿を見せないのでラオスのガキとの話が堂々巡りするだけの展開に。貴重なラオスでの時間がもったいないし、国際免許証のことまで追及されたりしたらそれはそれで旗色が悪くなることも懸念し、私の方が折れて相手の要求に屈してしまった。US$40の相当金額である1,300バーツを受け取った糞ガキは謎の恵比須顔を見せ、「サンキュー」とかほざきやがる。ラオス初日から物凄い敗北感で胸糞が悪くなる。自分の中でのラオス株は大暴落。

続いて2日目。

初日に悪徳業者に引っかかってしまったが、それでも自由度の高い旅行にするにはどうしてもバイクが必須。今度はレンタルバイク屋を厳選した結果、Alisa Guesthouseという良心的なオーナーがいる店でバイクを借りることに。初日は宿泊先から最寄という理由だけで貸主を選んでしまったのも良くなかったと反省する。

ひだり みぎ
料金はHonda Waveの100ccは60,000キープで、スクーターが100,000キープ。二日以上借りると日当たりのレンタル料が10,000キープの割引になる。国道13号線沿いのゲストハウスはだいたいどこも同じような料金でバイクをレンタルしてくれるので、多分どこも同じ業者からバイクを借りてピンハネしてるだけだと思われる。


料金は前払いで、前回同様嫌々ながらパスポートを店に預け入れる。バイクは直ぐに来るとのことで外で待っていると、3分後にピンクのスクーターにまたがってラオス人のオッサンがやって来た。これに乗れと?どんな趣味だよ。多分誰もこのバイクを選ばないのだろう、ほぼ新品に程近い状態だ。動作チェック外観チェックを綿密に行った甲斐も有り、パークセーとシーパンドンの往復300Km超を無事に走破し、バイク返却時もノークレームで済んだ。

【バイクレンタル時の注意点】
・国際免許証は求められないが、保険は効かないので全てが自己責任。運悪く検問に引っかかった場合は袖の下を要求される場合有り。
・ヘルメットの着用は義務付けられている。ヘルメの取り締まりに引っかかった挙句に無免許の余罪を追及されるコンボだけは避けたいところ。
・レンタル屋とバイクは厳選してから決めること。バイクの原状に関してきちんと貸主と話し合ってから契約書にサインすること。

のーんびりとした南国アイランド・デット島

コーンパペンの滝から北上し、シーパンドーンの観光名所であるメコン川に浮かぶ隣り合った二つの島、デット島・コーン島を目指す。これらの島々は1990年代半ばに外国人旅行者にも解放されバックパッカーが訪れるようになると、口コミでその噂は広がり、瞬く間にラオス南部で最も人気の高いエリアになった。ラオス南部を訪れる旅人たちは口々に「もうシーパンドンには行ったか?」と言葉を交わし、多くのツーリストたちがこぞってシーパンドンを目指したのだった。デット島・コーン島のいったい何が旅人を魅力するのだろうか。事前収集した情報に拠ると、コーン島・デット島の見どころは主に3つ。

1. ラオス初の鉄道跡
先に見たコーンパペンの滝然り、複雑に入り組んだ地形のシーパンドーン一帯には島々の間を縫うようにいくつもの滝や大瀑布群が形成されている。フランス植民地政府はメコン川を雲南省までの輸送路にしようと考えるも、最後にこのシーパンドーンの大瀑布群により計画が頓挫。1893年には滝に阻まれ船の航行がままならないことを悟った仏印政府は積荷をいったん陸揚げし、鉄道を敷設してこの瀑布群を超えるという計画に変更し、コーン島に線路を敷設。1910年にはデット島との間に鉄道橋も建造し、蒸気機関車を導入した。この鉄道は第二次世界大戦時に日本軍に攻撃されるまで動いていて、未だに残された蒸気機関車の残骸や積み出し埠頭跡などに当時の面影を探すことができる。

2. ソムパミットの滝
幾筋にも水流が分かれた幅の広い滝。露出した岩盤に激突しながら流れ落ちる大量の水の姿が圧巻。

3. 川イルカウォッチング
カンボジアとの国境沿いに生息するイルカを見に行くツアーが人気。

そんなに大した見どころはなさそうだが、典型的な東南アジアの島といった趣抜群の風景がひろがっていて、その素朴で小さな島の川沿いにあるバンガローで都会の喧騒を忘れてのんびりと長逗留する白人も多いらしい。何も無いのが魅力、ということだろうか。夜は川沿いのバンガローに泊まり、メコン川に突き出たテラスのハンモックに揺られながらランタンやろうそくの光をたよりに星空を眺める事ができるし、スコールが来れば、またハンモックに揺られ、空から落ちてくる雨粒でも数えたりと。暑くなったら子供達と一緒にメコンで水浴びをしたり、自転車を借りて田舎道を走っていけば、メコン川の大瀑布群やカンボジアの国境まで見渡すことができる島の突端まで行く事が出来る。「何もない」と評されるラオスの国で、さらに「何もない」エリアだからこそ、旅人たちは自由に自分に今必要な何かを見つけ出すことができる。「何にもせず、ハンモックにゆられ、のんびりと。それがここのスタイルだ!」と後に会う白人沈没者はドヤ顔で語っていた通り、ここで過ごす毎日は、行った人にしか味わう事ができない、貴重なものになるのだろう。こんな長閑な島にいても「やれ納期はどう、やれ会議はどう」って電話で追いかけられる生活も疲れるし、確かに物質的豊かさから解き放たれた生活ものんびりとしてうらやましいと思うことはある。

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ナーカサン村から渡し船でデット島に渡り、フランスが残した旧鉄道橋でコーン島に入ることになる。ナーカサンの看板が見えてきたところで13号線から抜け、メコン川方面へとバイクを走らせる。

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やたらとピックアップトラックが多く泊まるナーカサン村。規模は小さく、村に入ったと思ったら直ぐに河川が見えてくる。


荷物を一杯に満載した木の小舟が引っ切り無しに往来。ここらはまだ川の流れが緩やかなので船の行き来も問題なし。


右側の小屋のような建物が船の発着所。時刻表は無く、人が集まったタイミングで随時出発していく。残念ながらバイクの乗り入れは不可とのことで、周りに屯していた個人船主にチャーターを交渉するも、完全に足元を見られているようでふざけた価格提示しかしてこない。こりゃあ島で自転車を借りた方がいいかもしれないな。そう思って村の駐車場にバイクを置いていく。5000Kipと有料で、管理人もいるので安心だろう。


バイクを置いて再度船の発着場へと向かう。中々人数が集まらない中、痺れを切らした辛抱弱いお坊さんが船の管理人に二言三言いうと出発することになった。ここラオスでもタイ同様にお坊さん権力が絶大なのだろうか。


小舟で繰り出すメコン川。この周辺には島が無数にあり、シーパンドーン(4千の島々)と呼ばれているのだが、実際に来てみると中州がぼちぼちあるぐらい。 日本だったらせいぜい「九十九島」とか「九十九里浜」と謙虚な表現をするようなところだが、4千とはラオスも大きく出たものだ。


島を縫って毛細血管のように水路があり、気分はジャングルクルーズそのものだ。

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島に着くと子供の物乞いが船着き場に待機しているが、子供からの金くれ攻撃をものともせず進んでいくベテラン僧侶。

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デット島ビレッジ。

ひだり みぎ
メコン川沿いのレストランにあるハンモックで暫し休憩。


その後、ボロッボロになった自転車で島内探索へと出かけることに。レンタル料は一日10,000Kip(≒100円)と激安だが、自転車の質も値段相応になっていて、とにかく乗り心地が悪く、ケツが痛い。


多分、ここらが一番の繁華街。もちろん舗装などされていなくて所々、ぬかるんだ場所があるので歩く時に注意だ。繁華街を経由し、デット島とコーン島とを結ぶ旧鉄道橋を目指してチャリで砂利道を進む。

ひだり みぎ


コーン島へと続く旧鉄道橋。


穏やかに見えるメコン川ですが、この先には荒れ狂うソムパミットの滝の姿を見ることができる。続いて、この橋を渡りコーン島へと入っていきます。

メコン川最大の滝 コーンパペンの滝

一番南から北上するコースをとろうと、コーンパペンの滝へとやってきた。ラオスで、またメコンで一番大きい滝と称される滝で、ホテルのお姉さんは「メコンのナイアガラ」「南部ラオスの自慢」と評していた。ここまで言われちゃ見に行かないわけにはいかないとバイクを走らせたが、写真撮影の為に泊まったり悪路でスピード落としたりしていたら、パークセーからは3時間以上もかかってしまった。日暮れまでにパークセーに戻れるか不安になる。そして、もう一つの不安が日焼け。どうやらタイで買って今朝塗りたくってきた日焼け止めが汗で落ちてしまったようで、腕が半端なく痛い。どこかで長袖シャツを買わなければ致命的な火傷になること必死である。

ひだり みぎ
滝のある場所はパークセーまで148Km、カンボジアとの国境の村ブンカムまで11Kmと、ラオスの南の果てに程近い。途中の田舎道では宿はおろか、集落や街灯すら殆ど見当たらないので、夕暮れまでに帰れなければ大ピンチ。かといってシーパンドーンに一泊できる時間的余裕は無いし…夜道のバイクは絶対に避けたいので、ここからは巻いて巻いて行動することに。


メコンの真珠コーンパペンの滝への看板が見えたところで国道13号線を右折。コペンハーゲンみたいで美しい響きの名前だが、ローマ字表記はkhongphaphengとめっちゃ汚くて長い。ローカルバスなどを使ってくる場合はデット島・コーン島への船着き場もあるナーカサン村まで行き、そこからバイタクで20-30分かけて来ることになるそうだ。参考までに。


国道を右に折れて暫くオフロードを走ると、立派な門の関所が出現。バイクを止められ有無を言わさず入場料30000Kipと駐車料金5000kipを徴収される。最後に何処から来たのだのだと聞かれ、日本からで、今日中にはパークセーにバイクで戻らなければならないと伝えると、オーノー,ベリーファーと。知ってるわい。今日パークセーから来たっちゅうねん。


でっかい寺院前の駐車場にバイクを止め、水の音がする方へと向かうとすぐに見えてきたメコン川。

空の青、木々の緑、川と土の茶。このアジアの桃源郷感が堪らない。

轟音を上げながら流れるメコン川。ベトナムのメコンデルタで見たあののんびり穏やかな様子とはかけ離れた荒々しさに驚愕。幾つもの水流が交じり合い、乾季にもかかわらず大音響で流れ狂っている。中国内陸部のチベット高原に源を発してラオス、カンボジャ、ベトナムを貫流するメコンの大河川だが、4000Kmに渡る流れの中で船が通過出来ない所はこのシーパンドーン一か所だけだという。19世紀後半には旧宗主国であった仏印が南シナ海から中国まで続くメコン川を物資の運搬路にしようと試みるも、険しい岩肌が10キロ近くにわたって断続的に大小様々な滝を形成しているシーパンドーン一帯は、どんな手を尽くしても遡って進むことは不可能だったそうだ。


ラオス自慢の自然の造形美を間近で鑑賞できるよう、岩場を下って川まで近づけるようになっている。滝というよりは圧倒的水の氾濫、濁流といった様相だ。高さは無いが、大メコンの圧倒的な 水量により押し出された水が一気に急流でなだれ落ちる迫力は相当のもの。水も濁った泥色で美しいというよりは武骨でワイルドな雰囲気であり、メコンのナイアガラというのは正直名前負けしているというか、不適切感が否めない。旅行会社が客を引き付けるための分かりやすいキャッチコピーとして無理やり表現しているだけなのだろう。


巨漢の白人が歩いたら簡単に崩れ落ちるであろう脆い造りの木組み橋を恐る恐る歩き、岩場を下っていく。


絶景ポイント到達。水しぶきに轟音、うねり狂う濁流が迫力満点。メコン川の大量の水が一斉に落下し、水面に砕けた水が大きなしぶきを上げ泡となって消えてゆく様子をすぐそばで拝むことが出来る。う~ん、茶色い水が泡立っていて無性にカフェラテが飲みたくなる…

[youtube]https://www.youtube.com/watch?v=d1GCXS3aDhM[/youtube]
画像では迫力が伝わらないので、他の方のYoutubeの動画を拝借した。

鑑賞スポットでマイナスイオンをたっぷり浴びた後はバイクを走らせコーン島への渡し船が出るナーカサン村へと向かう。