GA225 ソロからジャカルタへ B737-800(B738)

遂に現実世界へ引き戻される時がやってきた。

GA225 11:35ソロ発―12:50ジャカルタ着
CX776 14:25ジャカルタ発―20:30香港着
CX524 01:00香港発-06:25成田着
という旅程で日本に戻る予定だが、キャセイからの連絡によると台風による影響で香港離発着便で欠航/遅延が相次いでいて、CX776・CX524共に大幅遅延になるそうだ。まさかのスカルノハッタ缶詰コースだけは勘弁してもらいたいところ。

当日は最後の最後まで観光を楽しみ、フライト二時間前にホテルを出発する。

今回は空港までの片道送迎付きプランでMギャラリーに泊まっていたので、ホテルのバンで悠々とソロのアディスマルモ国際空港へ。クアラルンプール及びシンガポール便が就航しているので国際空港との名が付いているが、中身は地方都市の弱小空港そのもの。


チェックインカウンターも両手で数えられるほどしかなく、この時間帯もGA225の搭乗客しかいないようだった。


インドネシアで何故か人気のバゲージラッピング。40,000ルピアと安くはないけれど、この日も順番待ちが出来るほど。


チェックインも至ってスムーズで、事前に座席指定をしていたこともあり、パスポートを提示してから1分後には搭乗券が手渡された。英語でのコミュニケーションも問題無し。


座席は事前予約していた通り最前列6Aで。マイルも他社(中国南方航空)付けにしたけれど、搭乗日から5日できっちり加算されていた。

ひだり みぎ
空港内には菓子や民芸品販売コーナーもあるし、空港規模にしては座席数がやたらとあるので、椅子取り合戦に敗れて立ちっぱなしなんてこともないだろう。規模の割には機能面で充実した空港という印象だ。


エグゼクティブラウンジ。特定のクレカホールダー、スカイチームエリート、ビジネスクラスの乗客だけでなく、60,000ルピア払えば平民でも入場可能となっている。


ガラッガラ。

ひだり みぎ
ホットミールはペヤングみたいな焼きそばオンリーで、他にパンやクッキーのスナックが用意されている。


ドリンクは瓶の炭酸飲料とオレンジジュースに水、珈琲と、ノンアルコール限定。環境への配慮なのか、瓶はリサイクルで思いっきり使い回されたものが使われている。

飲食ラインナップはまぁ地方都市のクレカラウンジと然程の差はないが、問題は室内環境。テレビを爆音で流しててラウンジの外より煩いし、wifiも使いものにならずと、全くもって寛げないし安らげない。受付のおばちゃんも栓抜きを探す私を尻目に携帯アプリ遊びに没頭するだけだし…

結局、搭乗開始までゲート前の椅子で待機することに。ボーディンブリッジが思いっきり機体に被さっていたので搭乗時の機材画像はないが、本日の機材は往路のジャカルタ⇒ジョグジャカルタと同様にB738。
ひだり みぎ
Jは2×2が3列、Yが3×3が23列という座席配置となっていて、この日のJ席は最後方に陣取った自社パイロット3名と、最前列K・F側のインドネシア人富豪コンビ2名と私の計6名。Yはパッと見た感じ搭乗率50%程か。バスや鉄道の交通網が発達しているということの表れだろうが、一大観光地からインドネシアの空の玄関ジャカルタ行きの便なのに観光客の姿が殆ど無かったのが意外だった。

ひだり みぎ
バルク席の足下がヤバく広い。特にA・C側。どんだけ足の長い乗客を想定したらこんなスペースの取り方になるんだというくらい。


シートポケットまで1m程あるので、思いっきり前屈運動して手を伸ばしてもシートポケットに手が届かない。ダルシム専用座席かよ。

ひだり みぎ
シートは地味に座席部分がバティック柄になっている。マレーシア航空の下手な革張りよりは落ち着いるし、フカフカして座り心地も悪くないので個人的には嫌いじゃない。

ひだり みぎ
席に着くなりウェルカムドリンクと食後のホットドリンクの選択を聞かれ、首尾良くおしぼりとドリンクが運ばれる。
ウェルカムドリンクは水・オレンジジュース・アップルジュースという基本メニューで、ホットドリンクは茶か珈琲の二択のみ。まぁ飛行時間1時間の国内線ですからね。


大変お美しいCA。顔が特定される画像のアップは控えるが、カバヤとバティックサロンの制服が美しすぎて、人生で初めてCAの方に写真撮影をお願いしてしまった。エキゾチックな物に惹かれる今日この頃。


ドリンクに次いで新聞が配られるのだが、残念ながら今日はローカル誌しか積んでないとのことで、わざわざ英文のTimeとEconomist誌を用意してくれた。あんな迫力ある豪傑な人なのに170cmもないとか、毎度毎度プーチン氏の性格と体格のギャップに驚かされる。もう本当にコラ画像のようだわ。


ガルーダ航空の機内誌を漁る。羽田でCXの隣に威風堂々とした姿で駐機してた777-300ER、乗ってみたいけどファーストクラスだと片道60万円越えか…スカイチームのマイルもそんなに貯まることはないだろうし、今世は無理そうなので来世にでも宜しくお願いします。


雑誌を楽しんでいるとあっという間に出発時刻となり、定刻通りにプッシュバック。


緑溢れる美しい中部ジャワを発ち、水平飛行になると同時に機内サービスが開始される。J客6名に対してCAは1人、それに加え飛行時間1時間程度とスピードある対応が求められる単距離便であり、ややもすればサービスが雑になってしまうようなところだが、この日のCAのお姉さんの手にかかれば問題無し。非常に器量のある方で、テキパキと丁寧な仕事ぶりを披露してくれた。

ひだり みぎ
機内食は鳥そぼろのラップとカステラにフルーツという構成。こいつが中々美味かったし、竹の葉に載ってきたりとプレゼンテーションの工夫が見られるのも高評価。演出って大事ですからね!


食後のコーヒーも美味かった。

ひだり みぎ
珈琲を飲み終わると直ぐに着陸態勢に。もっと機内サービスを満喫したかったわぁ。

ひだり みぎ
沖止めだけど、どこかのドラゴン航空と違ってビジネスクラスは専用の送迎者を用意してもらえるので苦にならないというか、巨大なスカルノハッタ空港なので、変なゲートをアサインされてからの徒歩移動より沖止めの方が楽なくらい。

ひだり みぎ
ガルーダの牙城・スカルノハッタ空港。右も左も前も後ろも見渡す限りガルーダしかいなくてワロタ。

国内線専用の2Eターミナルから国際線2Dターミナルへと移動する。

品物損害クラームのサイン、撲滅されたと思ったんだが国内線は未修整だったのか。日本人の利用客が余りいないからって手抜きしたな!


ターミナルを移動する前にガルーダ航空版の到着ラウンジであるプレミアムアライバルサービスのラウンジを視察。

ひだり みぎ
ここで待ってりゃ預入荷物をラウンジまで運んできてもらえるらしい。これはなかなか有り難いサービスだ。


アライバルラウンジ見学後、看板の矢印に沿って国際線ターミナルへ。

ひだり みぎ
歩いて歩いて…


2E国内線ターミナル2階にあるBRI Transfer Loungeの脇からターミナルを出ると…


直ぐ横が国際線ターミナルのチェックインフロアになっている。ここでキャセイに乗り換えだ。ありがとう、ガルーダ・インドネシア航空!

ダナル・ハディ・バティック博物館

芸術の都ソロはジャワの4大バティック産地の一つで、町中至る所でバティック工房を目にすることができる。バティックとはインドネシアの伝統的な染色工芸で、ロウで生地を防染して染色するろうけつ染めの布地のこと。ジャワ島が最大の産地なので、日本ではジャワ更紗としても知られている。

ソロにはバティック協同組合的な組織もあるのだろうか、家庭内手工業的な小規模工房バティック専門店集積地に固まって商売をしているようだ。
ひだり みぎ
王宮北広場の西に広がるカウマン地区。王宮御用達のバティック職人が集まり、王族をはじめ侍従達の日常生活に欠かせないバティックの生産拠点として発展してきたエリアで、路地裏の狭い通りにバティック職人の居宅や工房、専門店がひしめき合っている。工房兼住居で今も職人家族が中で生活しているのであろう、独特の下町風情に満ちたエリアである。


バティック関連の店が集積していて、探索を楽しみながら各店舗でゆっくりとバティックを吟味することができる。これらのバティックはもともと王族が着る衣装として王宮の女官たちが手作業で仕立ててきた特別なものだったが、ロウを使用せず更紗柄を染料で直接布に染める安価プリント品が出回るようになったことで、ソロの工房の多くは価格競争に負けて廃業に追い込まれ、伝統的な図柄を描ける職人も減少してきているそうだ。

ひだり みぎ
通りでは暗くなるまで子どもたちが遊んいてワイワイと歓声が絶えることがないし、通りに設置された長椅子では主婦たちが夕涼みに座っておしゃべりに花を咲かせている。幅3mほどの狭い路地であるが、どこか一昔前の日本の下町の路地に似た空気を感じられ、歩いていると人々の生活に触れることができる。

ひだり みぎ
そんな下町の横丁に乱立する個人経営的なバティック店は、それぞれ店内奥に工房を構えていて家内制手工業的にバティック作りに励んでる。各工房ごとにデザインやテイストが違うので、バティック好きには堪らない夢の世界だろう。

また、今回の旅行で初めて知ったのだが、個人店舗だけでなく幾つかの全国ブランドのバティックメーカーの本拠地もソロに置かれているようだ。

比較的安価な品揃えを武器にインドネシア全土に店舗展開するバティッククリス(Batik Keris)も中華資本だけど本店はソロ。

高品質・高級路線の老舗バティックメーカー・ダナルハディも本店がソロにあり、旗艦店内では私設博物館も営んでいる。 ダナル・ハディ家が所有する19世紀半ばから現代までの1万枚という膨大なバティックコレクションの一部や豪華な調度品が展示されている他、バティック工房の見学もさせてくれる博物館で、観光客に人気のようだ。
旗艦店はオランダ統治時代の雰囲気の残るヨーロッパの邸宅風の建物。最終日のフライトまで時間があったので、空港に移動する前に立ち寄ってみた。

ひだり みぎ
商品のプレゼンテーションのされ方や豪華な内装がもう高級店そのもので、プリントバティックの山積みセールをしてるスーパーなんかとは違う本物の香りがする。


別館にある博物館ツアーへの参加をお願いすると、ガイドが準備できるまで5分程待ってくれ、と。一組につき一人のガイドがついてくれるそうだ。
因みに入館料は35,000ルピアで、学生証があれば15,000ルピアに割引される。

ひだり みぎ
やっぱりプリント物のバティックもどきとは違う。本物は素人目で見ても直ぐに感じ取れるくらいに気品に溢れてるし、質感・肌触りも全然違う。


値段も本物で、2,675,000ルピア(≒25,000円)と来たもんだ。確か今年のジャカルタの最低賃金が2,700,000ルピアだったよなぁ。土産物にはちと高いし、現地の人にとったら一生ものの一張羅ってところか。

ひだり みぎ
土産はセールで一着500,000ルピアちょいとなっていたコチラの柄を一着づつ。少々お高いけど、緻密に描かれた地紋に重厚な色使いに一目惚れ。インドネシア以外には着用のチャンスが無さそうだけど、飾ってるだけでもうっとりするような美しさである。

そんなこんなで買い物を楽しんでいるとガイドの準備が出来たとのことで、あらためて別館へと通される。

別館のコレクションルームには貴重なアンティークバティックなどがズラリと並び、時代毎・地域毎に分けられたコレクションを通じてダナルハディの歴史やインドネシア各地のバティックの発展史をクロニクル的に学ぶことができる。王宮伝統の渋い茶色にジャワ島北部の海岸地域に伝わる明るい色づかい…一見全て同じように見える美しいバティックも、時代や産地の違いにより作風が大きく異なり、一つひとつの何気ない柄や色にも深い意味が込められたメッセージ性のある芸術作品なのであり、それはまるで多様性の中の統一というインドネシアの理念をアート作品で具現化しているよう。流石はインドネシアが誇る世界無形文化財である。

因みに、中部ジャワの伝統紋様は落ち着いた淡い茶色をベースに、神話や伝説に着想を得た柄や、ジャワ王家に由来する幾何学模様、ジャワの精神世界観を表現した植物の芽や霊山、炎、玉座、船のモチーフが多いのが特徴となっている。その中でもソロのバティックは黄色がかった茶色に仕上げられているのが特徴で、派手さはないが上品なたたずまいでバティックファンの間で根強い人気を誇っているという。


因みにインドネシアのジョコ大統領はソロの出身。彼が外遊先でもバティックを着用しているように、インドネシアでは長袖のバティック・シャツは正装で、今日でもネクタイ着用などと同等に扱われているのだ。

コレクションルームの見学後は、バティックの製作現場にてバティックの工程に関する説明を受ける。ここでは写真撮影も許可されている。

絵付け職人の作業書は凄い生活感があり、彼女らのプライベートルームに押しかけてしまっているように感じてしまう。以前は店舗脇に大規模な主力工場を構えていたそうなのだが、古都ソロの景観法的な法律により郊外への移管を余儀なくされたそうだ。


七種類の天然の蝋を熱する為、建物の中は熱気が渦巻いている。


細かい銅の口金が付いた道具を使って作業中。器用な手先で溶かした蝋を下書きされた図案に書きこんでいく。


こちらは連続して同じ柄を染めるのに用いるチャップと呼ばれるスタンプ用の型。この型で繋ぎ目を目立たせずに模様を繋げていく。型は結構な重量があるので、これは男仕事として分担されているそうだ。

100幅×250cmの布に蝋で模様を描くには一枚数カ月の時間がかかるが、このスタンプ技法では一日約10枚以上の布にロウを置くことができるので、型の発達が安価なバティックの大量生産が可能にし、王宮関係者や富裕層のステータスシンボルであったバティックを民衆層への普及を促進したそうだ。


本物には生地の表裏がなく両面が全く同じになるそうなので、生地の裏表を確認すればプリント品の手作業品を見分けることができる。

ツアーの時間は約1時間だけど、昼のフライトを控える私のような訪問客には要点を絞った短めのツアー等も組んでくれたりと、何かと融通が利く。駆け足でのツアーになってしまったけど、美しいバティックコレクションをもっと眺めていたかった。ツアーは英語かインドネシア語のみだけど、言語的にキツイという方でもコレクションは一見の価値があるものだと思います。

【ダナル・ハディ・バティック博物館】

入館料:35,000ルピア
住所:Jl. Dr. Rajiman, Serengan, Kota Surakarta, Jawa Tengah



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【2015年ジョグジャカルタ・ソロ旅行記】












ソロの骨董品マーケット・トリウィンドゥ市場

いよいよソロの滞在も最終日。昼の便でジャカルタへと飛び、そこからCXで繋いで香港経由成田行きという計画となっている。

朝食会場で、もはや毎朝の定番ドリンクとなったインドネシアの伝統生薬を飲み眠気覚まし。今日は疲労回復、体力増進効果があるという薬草の煎汁とウコンの生薬を飲んだんだが、これまた苦みが強烈で、一口飲んだらどんな眠気も吹っ飛んでくれる。こんだけ不味いんだし、偽薬ではなく本当に理薬効果があると信じたい。
ということでプラシーボ効果も含めてちょっと元気が出てきた気がするので、最後の気力と体力を振り絞り、空港へと移動する前にトリウィンドゥ市場とバティック博物館に立ち寄ってみることにする。

トリウィンドゥ市場はマンクヌガラン王宮の広場前にあり、ホテルから歩いて10分程度。今までの経験と目的地への距離から考えて、ベチャだと高くても10,000ルピア程度と自分の中では見積もっていたが、ホテル前のベチャ軍団に聞くと人差し指・中指・薬指を立てて「サーティー(=30,000ルピア)」と強気一辺倒。それが少しホテルから離れたところの日陰で転寝していたお爺さんに頼むとやっぱり10,000ルピアで良いですよ、って。やっぱり外国人が宿泊するホテル前に屯するような奴らにロクなのはいない。

はっきり言って歩くのと変わらないゆっくりとしたペースでペダルを漕ぐ車夫さん。10分弱して、三角屋根が特徴の木造伝統家屋に到着した。


ひゃあ!晒し首!インドネシアの伝統芸で使うお面なんだろうけど、顔面串刺しというのは余り宜しい見せ方ではない。顔立ちも如何にも処刑囚といった強面な感じだし。


中に入ってみると、これでもかと言わんばかりの古めかしい骨董品の数々が通路にも溢れ出ていて、骨董品市場というか、ガラクタ市みたくなっている。

ひだり みぎ
トッペンと人形劇の繰り人形が主力製品となっているのかな。余り広くはない敷地内にレトロなアンティーク製品が所狭しと並んでいる。


お面だけでなく、インドネシアの伝統的生活を描いた浮世絵風の硝子絵も良い味をだしている。そういや先に立ち寄ったジョグジャギャラリーでも自動車用ガラスにエナメル絵を施した作品が並んでいたが、インドネシアではガラス工芸も盛んなんかな。


スペースというスペースにぎっしりと並べられた商品たち。敷地面積的には狭い市場とはいえ、一点ものが多いので、じっくりと品々を吟味していたら結構な時間が必要となる。

ひだり みぎ
年代物の仏具に混ざって、本当にガラクタでしかなさそうな石コロまで。まさかジャワ原人の人類化石とか生痕化石じゃあるまいな。


ゴミなのか商品なのか微妙な線上にあるものも多い。古銭くらいまでなら骨董品だろうとの判断がつくが、バイクの部品とか螺子、鍵、空き瓶、片足だけのクロックスなんかが埃まみれで路上にランダムに放置されてたら商品というか紛失物取扱所と思うだろ。You want?って聞かれて驚いたわ。

ひだり みぎ
殆どの店員は消極的で向こうからは話しかけてこないのだが、紛失物取扱所で若いふくよかな姉さんに話しかけられる。
姉「まぁ珍しい!日本人でしょう!(空き瓶を指差して)これ要る?」
私「よく分かったね!結構日本人が来るんでしょう。(空き瓶の話はスルー)」
姉「日本人に会うのはあなたが初めてよ!ジョグジャには多いんだろうけど。」
私「そうなんですねー。こういう骨董品、日本人好きそうだけど。」
姉「こないだ来た日本人はねー、これを買っていったのよ。」

「会ってるじゃないですか。」
嘘がすぐにバレるそんな迂闊なインドネシア人、憎めません。

【トリウィンドゥ市場(Pasar Triwindu)】

住所:Jl.Diponegoro
営業:毎日08:00頃~17:00頃



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【2015年ジョグジャカルタ・ソロ旅行記】












ロイヤル スラカルタ ヘリテージ ソロ Mギャラリーホテル宿泊記

ジョグジャからソロに移動し、Mギャラリーにチェックイン。ibisマリオボロ、Mギャラリージョグジャカルタ、そしてこのMギャラリーソロと続いたマットレスランの最終駅。正式名称は“ロイヤル スラカルタ ヘリテージ ソロ Mギャラリーホテル”とくっそ長いけど、現地のベチャドライバーには単にロイヤルホテルで通じるようだ。

ホテルには10時過ぎに到着。部屋は正規のチェックイン時間である15:00まで準備できないとのことで、ロビーにスーツケースを預けて市内観光へ。

ピッカピカでバブリーな車寄せ。


ロビーも煌びやか。古い観光パンフレットではベストウェスタンと記載されているものもあったので、最近になってアコーに資本が移されたホテルのようであるが、これまた随分とMギャラリー色を強調した造りにしたものだ。


実際に今もマタラム王朝直結の王族が住まうカスナナン王宮なんかよりも断然グランドな造りとなっていて、豪奢なデザインの中にジャワ文化の博物館要素がブランドされている。これぞMギャラリーの真骨頂と言うべきホテルである。

ひだり みぎ
インテリアも格式高く、芸術性のある凝った内装で統一さている。アンティーク調のソファーに座ってウェルカムドリンクを何気なくテーブルに置こうとすると、テーブルトップがシースルーのガラスになっていて、その下に細やかな彫刻が埋め込まれてるのを発見。これには思わずビビってジュースこぼしそうになる。色々と細かいサプライズが隠されてるなぁ。

ひだり みぎ エントランス脇はジャングル風のカフェ となっていて、夜はガムランの生演奏に耳を傾けながら優雅なひと時を過ごすことができる。


演者の御爺ちゃん御婆ちゃんは無表情で余り動かないので、ガムラン演者のマネキンかと勘違いしてしまいそうだけど。ご老体を遅くまで働かせたるなや、なんて要らんこともで考えてしまうわ。


エレベーターホールにはジャワの結婚式で用いられる特別な椅子が用意されている。

 
背景はTruntumというジャワの伝統的なパターン柄。無制限・無条件の愛を意味しているそうで、これまたジャワの伝統的な結婚式に用いられる高貴なものだそうだ。エレベーターホールと結婚式との結びつきはよく分からんが…

ひだり みぎ バラエティ豊かな展示品に飾られた博物館調のホールを通り、アサインされた部屋へと向かう。

ひだり みぎ ひだり みぎ
実際に飾られている展示品は文化的価値の高いものではないかとは思うが、それでもやっぱり独特の文化工芸品に彩どられたホテルというのは面白いものであり、ジャワ文化を味わいながら部屋へと向かうことが出来る。

ひだり みぎ くぅぅ。部屋までのアプローチが素晴らしかっただけに部屋も期待していたのだが、部屋自体はギリギリ及第点といった程度。塗装が雑だったりフローリングが一部めくれ上がってたり、ウッドデスクにササクレがあったりと、細かなところで古さ・お粗末さを感じずにはいられない。

ひだり みぎ ひだり みぎ
水回りもちょっと…バスタブは汚れが目立つし水も臭いので、どうしても不潔な印象を抱いてしまう。最安値ラインのベストウェスタンクオリティ。 多分、Mギャラリーでリブランドオープンする時に水回りの改修は思いっきり手を抜いたのだろう。

 
バスアメニティも最低限は揃っているけれど、シャンプーはやたらと水っぽいし、質の高いものではない。

ひだり みぎ
バスローブはダンディーでちょっとカッコいい。


スリッパはペラッペラなのが左足用2足、右足用3足。フランス人だって二足歩行だろうに、どうしたらこんなミスが起きるんだ。Buy two get one freeだってタアしだけ貰っても嬉しくないぞ。

ひだり みぎ
ウェルカムスイーツとミニバー。アルコールは無いので一階バーで飲みましょう。ソロはコンビニやスーパーが少ないので酒の調達には苦労した。

ひだり みぎ
ジムは覗いただけだけど、見た感じ意外に器具は充実してる。

ひだり みぎ プールは水がしょっぱくて生温いんでイマイチ。


ロビー脇のレストラン兼バーは豪華王宮風。


オリジナルカクテルを一杯。名前は失念したがスパイスのパンチがきいてて美味かった。

ひだり みぎ 朝食はウェスタンの基本メニューの他、インドネシア料理も豊富に揃っていて、ジョグジャの名物料理であるグドゥッなども楽しめる。インドネシア料理好きには堪らない内容だろう。

ひだり みぎ
ジャムーもある。米ベースの生姜湯に、キンマとタマリンドと薬草のミックスジュース、もう一種類の黒いのは説明を聞いても理解できなかった。

部屋は手抜きだけど、観光地だけに殆どの時間は外に出ていて寝るだけだし、一泊6,000円程度という宿泊費を考えると満足度は高い。立地条件も良いし、今のままの値段であれば十分にお勧めできるホテルかと思う。

ザ ロイヤル スラカルタ ヘリテージ ソロ ホテル Mギャラリー コレクション(The Royal Surakarta Heritage Solo Hotel- MGallery Collection)


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住所:Jl.Slamet Riyadi No.6 Solo 57111



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【2015年ジョグジャカルタ・ソロ旅行記】












ジャワ原人の故郷サンギランで人間の歴史を学ぶ

チュト寺院から3時間以上走ってやっと辿りついたサンギラン博物館。今回はチュト寺院からバイクで移動したので時間がかかったが、ソロからだと北に20Km、タクシーで30分程の距離にある。ガイドブックでは「とりあえず載せておきましたわ」程度の扱いで一般的には知名度こそ低いが、サンギラン周辺地域はピテカントロプス・エレクトゥス、通称ジャワ原人の化石の宝庫で、考古学的重要性から世界遺産にも認定されている。私が知る世界遺産の中では屈指の存在感の薄さだが、その重要性は本当に折り紙付き。1891年にオランダ人医師デュボアがソロから東に100Kmのトリニールでジャワ原人の頭蓋骨、歯、大腿骨を発掘して以来、なんと世界中で発見された人類化石の約半分がサンギラン周辺地域で発掘されているという世界屈指の人類化石出土地域なのである。

小さな村落の中に突然現れるマンモスの牙を模したゲートが「サンギラン博物館」への入口。
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博物館の入場料とバイクの駐車場を支払い敷地内へ入ると…


駐車場でジャワ原人の巨大顔面像と立像がお出迎え。駐車場の真ん中で唐突にジャワ原人の首から上が睨みをきかせる画は中々シュールである。


ジャワカレー、ジャワティーと並ぶ“三大ジャワ○○”のジャワ原人。たまにこういう顔の人いるよね?ってくらいに人間のようにも見えるが、他地域のホモ・エレクトスと同様に頭骨は低くて前後に長く、目の上の骨が庇のように張り出していて、首はラガーマン以上に太く発達していたようだ。


一糸纏わぬ御姿のジャワ原人様。凄いずんぐりむっくりした体格ながら、筋肉質だったことが伺える。まぁ野獣と命を賭けて格闘してたくらいだからな。


はるか古代、海に沈んでいたサンギラン一帯は、いつしか沼地と変化を遂げ、ジャワ原人や多くの動植物が暮らす地上の楽園となった。時は流れ、その形跡は地層奥深くに埋もれていく。そして今から約20万年前、激しい地層の褶曲によって彼らが生きていた時代の古い地層が表面へと現れた。180万年前から10万年前に至る3つの地層からジャワ原人の化石やマンモスの牙、水牛や鹿の角などの動物化石、貝塚の化石が発見されたが、特に70万~20万年前の中間層に猿でもない人間でもない「直立猿人」の化石が集中していましたよ、と。今では猿人じゃなく原人に分類されてるけど。そんなことで、人類発生と進化の過程の謎を解く為の重要な遺跡なんです、ハイ。

ゆったりとした螺旋状の坂道を登って第一展示室へ。

人類の進化の過程。サルとヒトの中間状態を示すジャワ原人の化石の発見によりダーウィンの進化論が証明されたという歴史的な意義は大きい。

ここで、アジア人の歴史を振り返る。
180万年前にアフリカで誕生した原人はアフリカを出て、中近東からインドに到達し、110~120万年前迄に大陸と地続きであったジャワに到する。これがジャワ原人で、彼らは少なくとも110万年前から70万年前頃まで生息していたとされる。その一部は中国北部に住み着くようになり、北京原人として発掘される。
その後、原人は旧人・新人へと進化。
約5万年前、新人になったばかりのソロ人は狭い海を渡りオーストラリアに入り、オーストラリア先住民へと進化。
約3~4万年前、海面上昇でスンダランドが縮小、スンダランドの人々が北方へ移動することで、南から北のシベリア方面への順繰り移動が発生する。
約2万年前、シベリアに追い込まれた人たちは体温の発散を防ぐ為のずんぐりした体格に皮下脂肪の厚い平坦な顔つき、凍傷を防ぐ為の低い鼻と進化し、典型的北方モンゴロイドが誕生。
その頃、東南アジアから北東アジアでは、彫りの深い二重まぶたのアジア人が定住していた。南方アジア人と呼ばれる人たちで、後期旧石器時代から日本列島に住み着き、縄文人となる。
約5000年前、北方アジア人がシベリアから出て北東アジア全体に展開。
約2300年前、北方アジア人が日本列島に侵入。こいつが今で言う渡来弥生人である。
東南・北東アジア系の二つの集団は日本列島内で徐々に混血したが、その過程は現在も進行中であり、その為、日本人の遺伝子はいまも均質ではなく二重構造を保っている。濃い~系の顔の日本人もいれば薄い系もいるということです。


猿人様。ほら!俺、直立しちゃったよ!


でも、狂暴な肉食野獣が周りにうろうろしてるし、悩めるなぁ。実に悩める!


一応筋トレとかして腹筋割ってみたけど、猛獣には勝たれへん。この骨とか石とか、上手いこと使えへんかなぁ。


やったぁ(歓喜

ひだり みぎ
精巧に再現されたジャワ原人の実生活の様子。110~120万年前迄にジャワに達したジャワ原人は、火山に囲まれた肥沃な森林地帯に暮らしていた。

ひだり みぎ
左はネアンデルタール人で有名な旧人類。右はリアンブアの石灰岩の洞窟で発掘されたホモ・フローレシエンシスの頭蓋骨。高さ106cm、脳容量380cc。ホモ・エレクトスとホモ・サピエンスの両方の特徴も備えていて、色々と論議の的になっている。これらの脳頭蓋は小さく眼窩上隆起が発達し、額は低く倒れたように傾斜している。原始的な特徴が多いが、類人猿から人類に進化する過程を示す貴重なサンプルだ。


7,000年前の骸骨。DNAテストの結果、モンゴロイドで、オーストロネシア語族のものだとされている。

エチオピアで発見された化石から再現されたアウストラルピテクスのルーシーさん。身長1.1m、 体重29kg程とチンパンジー程度の骨格だったと推測されているが、外反足であり、直立歩行していたと考えられている。

駄目だ、これからルーシーという名前の人に会う度にコイツを想起してしまう。


鹿の角(?)になんかの顎。インドネシア語で説明が読めないが、サンギラン遺跡で発掘されたもの。


説明書きにMastodonって書いてあるので、古代象マストドンだろう。漸新世から更新世にかけて生息した象に似た動物。臼歯か何か。

ひだり みぎ
象牙にクロコダイルの顎。


カメの化石。

ひだり みぎ
KETETANGANって説明書きにあったのでそういう種の化石かと思って帰ってググったら「備考」という翻訳結果が…

別館へと移動。

未だに発掘作業が続けられているのか所々で土を掘り起こして作業にあたる係員の姿を見ることが出来るが、余り面白い景色ではない。

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2003年にPlupuhのJambangan村で発掘されたもので、30以上の無傷の欠片を繋ぎ合わせた水牛の化石。700,000万年前の物と推測され、角の長さ1.14mで、3.42mの全長、2.28mの高さを持ち、400Kg~1,200Kgの体重を持つと推測されている。体重だけ推測の幅が広すぎぃぃぃ。

ひだり みぎ
別館はジャワ原人の再現模型がメイン。骨格標本に肉付けをして、髪や体毛を丁寧に植毛し精巧に再現された、等身大のジャワ原人だとか。当時の生活ぶりを再現した展示や、少しはにかんでいるような笑顔を見せるジャワ原人を見ると、非常に人間に近い存在だったと感じ取れる。少し毛深いだけでね。


そんなこんなでサンギラン博物館を後にして、ソロへ向けてとバイクを走らせる。なぁんか世界遺産なのにガイドブックに冷遇されている訳が分かった気がする。こんなマニアックな展示内容、世界遺産だからって大衆受けはしませんわ。

ひだり みぎ
考古学的には超重要なサンギランだけど、発掘現場の周辺には普通に集落が広がっている。民家の原点かのような貧しそうな茅葺屋根の家屋ばかりだけど、子供はみんなエネルギッシュ!


下校時間。面白い制服だなぁ。

あわよくば小生も世界的な発見をと、辺りの発掘現場を伺おうかとも思ったが、もうクッタクタに疲れていたのでホテルへ直行する。走行距離は大したことなかったけど、標高1,500mまで上がったし、何より全く知らない道を走ったので、今日は肉体的にも精神的にも疲弊しきってしまった。



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【2015年ジョグジャカルタ・ソロ旅行記】