ネパール最古の寺院 スワヤンブナート


ダルバール広場でネパールの生神・クマリの御尊顔を拝見し、お次はカトマンズから西に2kmの地点にある丘の上に建つネパール最古の寺院・スワヤンブナートを目指して歩くことに。

地図で見るより遠いというか…未舗装の道は水捌けが悪くドロドロだし、道は迷路のように小路が入り組んでるしと、思ったより時間がかかる。
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タメル地区を突っ切って西の方角へ歩くこと1時間弱、前方の緑に覆われた小高い丘の上に仏塔と思しき物体が見えてきた。この丘の上の寺院こそがネパール最古の寺院であるスワヤンブナートである。どれくらい古いかというと、カトマンズが湖の底にあり、スワヤンブナートが湖に浮かぶ小島だった時代から存在していたそうだ。カトマンズ一帯が湖だったことは確かに事実であるようだが、地質学の研究結果に拠ると、それはなんと今から8,000年も前の新石器時代の話。もしこの言い伝えと研究結果が事実であるとしたら、スワヤンブナート寺院は紛れもなくネパール最古というどころか世界最古、それどころか世界最古の寺院ということになるだろうw

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そんな世界最古の寺院への道のりは過酷で、丘の麓から寺院へは400段近い石段を上りきる必要がある。標高1,500メートル近いカトマンズでの階段上り。そんな苦行に耐え得る者だけが参拝を許される特別な寺院…と思ったら、タクシーで頂上近くまで乗り付けることもできるそうだ。

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五色の祈祷旗が風にたなびく参道の左右に、仏像や仏塔がこれでもかと並ぶ。


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参道の階段を自力で一歩一歩進むにつれ、テーマパークを盛り上げるのに欠かせない愉快な仲間たちもお出迎えしてくれるように。世界最古の古刹というよりは、まるでチープなテーマパークのような雰囲気というか。せっかくの神聖なる雰囲気が台無しで、一気に俗世界に引き戻されてしまった。



階段を上りきったところから背後を振り返ると、カトマンズの町を一望できる。この日はどんよりとした雲が垂れこめてしまっていて見晴らしが悪いが、快晴の日には遠くヒマラヤ山脈まで見渡せるそうだ。サンライズ・サンセットのビューポイントとしても良いかもしれん。


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丘の頂上には、ネパールの象徴的存在であるブッダアイが描かれた仏塔が建つ。ネパール最大の仏塔があるボダナートと並んでネパール仏教の聖地的存在らしく、塔の足元にある祠やドルジェ(金剛杵)の周りでは多数の敬虔な仏教徒が熱心に祈りを捧げている。香ばしい匂いの煙が立ち込める中、お経のような音楽が流れていたりと、実に神秘的な雰囲気だ。


お祈り用設備として、チベット仏教の仏具であるマニ車も完備。このマニ車、時計回りに1周させることでお経を1回唱えた効果が得られるという便利グッズで、大変大勢の地元の方達が列を組んで時計回りに回っていた。


人も多ければ猿も多い。お供え物を主食にする野生の猿が群生しているようなのだが、仏教徒にとっては有難い祈りの対象である仏像やモニュメントも信仰心のないサルたちにとってはただの構造物であり…仏の顔に糞をしたりとやりたい放題の猿山状態。悟りの境地を開いた仏陀でも、流石に猿の糞尿を喰らってしまったら良い気はしないでしょう。


中央のストゥーパの周囲は広場のように拓けていて、寺院やら大小様々な仏塔やらが立ち並んでいる。

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仏塔のすぐ裏手にはヒンドゥー教の神々に祈りを捧げる参拝客が参列するなど、ネパールの宗教的多様性が窺える。



お祈りグッズはその場で購入可能。


こんな石を加工して作った手作りの土産も売られてる。

帰りはタメルのホテルまでタクシーで300ルピー(≒300円)。非常に人柄の良い運転手だったので、翌日にチャーターしてバクタプル、パタン、ボダナート、パシュパティナートを周ってもらうことに。朝8時からの1日チャーターで6,000ルピー(≒6,000円)。地元民用の日用品なんかの物価感を考えると多少高いかなという印象だけど、他のドライバーや旅行代理店の言い値は概ね8,000-10,000ルピーだったんでね。あとは最後の最後に「やっぱり6,000ルピーは安すぎる!」と後出しの値上げ交渉を迫られないことを祈るのみ。

【スワヤンブナート】

入場料:200ルピー

カトマンズのダルバール広場とクマリの館


混沌としたタメル地区を歩いて世界遺産にも登録されているダルバール広場へ。

”ダルバール”とはネパールの言葉で「王宮」「宮廷」といった意味ということで、「ダルバール広場」を直訳すると”王宮広場”ということになる。この王宮はマッラ王朝時代の王宮で、マッラ朝三国分立時代にはカトマンズ・バクタプル・パタンという3つの国にそれぞれのダルバール広場が建てられたそうだ。この時代にはそれぞれの王が競い合うように王宮広場の芸術性を高めていったそうで、カトマンズを含む三国のダルバール広場には今日でもマッラ朝時代のネワール芸術を施した美しい宮殿や神々を祀る数々の寺院が立ち並んでいるらしい。

マッラ王朝とか三国分立とか言われても分からないので、簡単にネパール史の時代区分を見てみよう。
古代 リッチャヴィ王朝時代 5世紀~13世紀
インド・アーリア語族の王朝。非インド・アーリア語族の先住民を支配し、カトマンズ盆地を統治した時期。

中世 マッラ王朝時代 13世紀~18世紀
ネワール族のマッラ王朝がカトマンズ盆地を支配した時代。15世紀後半から3王国(カトマンズ バグタプル パタン)に分立。
その後、小国分立に至り、衰退。

近代 ゴルカ王朝時代 1768年~
かつて小国だったゴルカ王国がネパール全土を統一、支配した時期。
1846年~1951年 ラナ専制政治時代(実権が王家から宰相のラナ家に)
1951年:立憲王政期 トリブバン王の治世にゴルゴ王政復古
2008年:王制廃止。

現在 連邦共和制時代 2008年から

カトマンズのダルバール広場の寺院の中には古代から建っていたものや近代になって新しく建築されたものもあるみたいだが、基本はネパール史中世時代の物という理解で良いのかな。

…という訳で、ダルバール広場を目指してゴミゴミしたタメル地区を更に南へと歩く。

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火元から凄まじい匂いが発されているが、これはゴミを焼却してるわけではないよな。何気ない通りの何気ない一角で何気なくこういった祭事が催されているのが実にネパールっぽい。

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果物の量り売り。一国の首都のど真ん中で原始的な吊り下げ天秤の原理を使って果物が量り売りされてるのには驚いた。細かな重量の分銅が無く笑っちゃうほどザルな測定だったのにも、緩~いネパールの方々の性格が良く表れてるようだ。


古くから市民の集う市場として栄え、中世の街並みが残されるインドラチョークのアカシュバイラヴ寺院。木造の建物がびっしり並ぶ中を人とリキシャが往来する、昔ながらのカトマンズの雰囲気が色濃く残る場所らしい。

ここからいよいよダルバール広場へ。
入場料を払って中に入ってみたが、広場と言っても、北京の天安門広場やモスクワの赤の広場のようなだだっ広い広場とは全く異なり、どこにでもある公園くらいのスペースに寺院や王宮がさりげなく建っている程度の規模だった。それでも、ネパールで最も神聖な場所とされ、毎日多数の地元民がお祈りの為に押し寄せるらしい。


今でも人とハトの憩いの場所であるようで、とりあえず人とハトの数が凄すぎる。


押し合いへし合いの状態で祈る。

セト・バイラヴァ(Seto Bairav)

押入れの中で憤怒の表情を見せるこちらの神も順番待ちの列ができる程の大人気ぶり。セト・バイラヴァ(Seto Bairav)という神らしい。


チラっ。狭い空間に押し込められていて怒りを露わにしているようだ。ド迫力の憤怒の表情である。

カーラ・バイラヴ



柔和でどこかコミカルなお顔立ちなのに、ぶっとい腕で刀を振り上げ生首ぶら下げる神にギャップ萌え。カーラ・バイラヴというシヴァ神の化身で破壊と殺戮の神で、全てを見通す特殊能力付きの神で、彼の御前で嘘をつくと即座に死んでしまう為、昔は容疑者をここにつれてきて尋問を行っていたそうだ。最恐の嘘発見器。


人気の神あれば不人気の神もあり。2015年の地震からの復旧が進んでおらず、人目につかぬ場所でひっそりとゴミにまみれた可哀想な神もあり。

タレジュ寺院


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R指定付きのフルチン寺院。子孫繫栄の神でも祀られてるのかな。

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狛犬的な守護神もどこかコミカルな感じだし、祈りの対象も様々で見ていて面白い。

シヴァ・パールヴァティー寺院



小窓から仲睦まじい様子で顔を出すシヴァ神とその神妃パールヴァティーのお姿が。まるで通りを通る人々を観察して楽しんでいるよう。

ナラヤン寺院


ナラヤン寺院。17世紀の建造で、ヴィシュヌ神が祀られている。日差しを遮る庇のような屋根を持っている為か、腰かけて休む為の休憩所のように使われているようだった。

パサンダプル広場




パサンダプル広場は青空市になっていて、ヒンドゥー教や仏教の神々のミニチュア像や数珠といった宗教モチーフの土産物なんかが売られていた。中には良い感じの木工品なんかもあるけれど、第一声の言い値がアホみたいに高かったので買い物欲が一気に失せた。

マヘンドラ博物館


残念ながら、他の寺院や旧王宮の建物を使った博物館なんかは2015年4月25日に見舞われたネパール大地震で崩壊してしまっており、世界各国からの支援により復旧作業が進められている状況(2018年6月時点)。

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周辺の建物にも震災の爪痕が深く残ってしまっていて、王宮の中にも入れない。これで入場料が以前と変わらず1,000ルピーというのは…とも一瞬思ったが、復興支援の原資としてお使い頂けるのであればこれ以上の喜びはない。


日本もシヴァ寺院、ハヌマンドカ(王宮)、アガンチェン寺の修復に携わっている。同じ地震多発国として活かせるノウハウもあるだろう。

クマリの館

一番の目玉であるクマリの館は幸いにして通常営業中だった。直ぐ近くの巨大な寺院群が瓦礫と化した一方で、クマリの館では聖なる力で護られ被害が無かったのだろうか。

因みにクマリとは、ヒンドゥー教の女神タレジュの化身とされるネパールの生きた女神。23にも及ぶ選定条件を満たしたネワール族の幼女から選ばれるクマリは、大女神ドゥルガーや昔のネパール王国の守護神であるタレジュ女神、さらに仏教徒からは密教女神ヴァジラ・ディーヴィーが宿るとされたネパールにとって極めて神聖なる存在らしい。

因みに23の選定条件の一部がwikipediaに載っていたので引用すると…

健康である
全ての歯が欠けていない
菩提樹のような身体
子牛のような睫毛
獅子のような胸
鹿のような脚
アヒルのように柔らかく透き通った声
黒い髪と目

といった項目があるらしい。見事厳正なる審査を突破しクマリとして選定された生き神は、初潮を迎え退任するまでの間、親元を離れてこのクマリの館の中の一室に住み込むことになるそうだ。年に何回か開かれる祭事など特定の時以外は外出できないどころか、外部社会との接触も断絶されることになるので、最近では人権派の方々の声も大きくなってきているらしい。



内部は四面が3階建ての建物で囲まれるような造り。壁面の窓枠にびっしりと木彫りの彫刻が施されていて荘厳な雰囲気が漂っている。


一日に数回、この中央の窓からご尊顔を覗かせてくれるのだが、写真撮影は厳禁。自分は10:00に行ったところ、ちょうど中国人の団体ツアー客がいたからか、ツンツンとした表情の女神を3秒ほど拝むことができた。


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ほんとに一瞬しか拝むことができないし、写真撮影もできない神聖なる存在なのだが、広告になっていたり道端で売られる観光本に載ってたりと、彼女の写真は至る所で見かけることができる。

両親からも引き離され、クマリの館に閉じ込められ神としての振る舞い方を教育され…神は全能であるため退任するまでは学校へも行けず。クマリとしての役割を終え一般社会に戻る時の年齢は概ね12歳から14歳。初等教育も受けずに育ち、初潮を迎え後任が決まると同時にいきなりお役御免と一般社会に引き戻されるとか。そりゃあ人権団体が黙っていませんわ。

…兎にも角にも、一日でも早く神の住まうダルバール広場が復興しますように!

【ダルバール広場(Durbar Square)】

入場料:1,000ルピー

カトマンズのタメルをそぞろ歩く


カトマンズ初日、先ずはタメルを歩いてダルバール広場まで向かうことに。

タメルといえば1泊数百円程度の安宿や旅行代理店、両替商、土産物屋、世界各国の料理屋、ネットカフェ等がひしめき合うカトマンズの繁華街。世界各国からの旅行者が集まるエネルギッシュで雑然としたエリアであり、ヒッピー文化華やかし1960-70年代頃には、イスタンブルからイラン・アフガニスタン・パキスタン・インドと続くヒッピートレイルの最終目的地として、インドのゴア・アフガニスタンのカブールと並ぶヒッピー三大聖地とも称されていたそうだ。

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レトロな装いの商業施設が軒を連ねるように建ち並ぶ細い路地が縦横に交差。その中を人・リキシャ・車・犬・牛が絶えず往来し、元ヒッピーの聖地らしいわちゃわちゃとした雰囲気を醸し出している。

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とにかく人も車も多いもんで、致死量レベルの排気ガスが町全体を覆っている。


そんな汚染たっぷりの環境の中で普通に肉が骨ごとぶった切られて売られてる。もうね、肉屋から漂う異臭に近い匂いが堪らなくアジアっす。

道端では、朝から晩まで同じ場所に留まって客引きをするやる気のないリキシャおじさんも多数。人差し指をピーンと立てながらリキシャーなんて言って声をかけてくるのだが、皆さんすっごいか弱い体つきで、どこにリキシャを漕ぐ力があるのかと思わずにいられない。
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タメルを歩いていると、車夫だけでなく、とにかく色んな輩に声をかけられる。「混んでますね」とか「汚染が凄いでしょ」とか急に会話を切り出してきて、自然な流れの中で勝手にガイドを始めて付きまとう。そんな彼らの口癖は「あなたはラッキー、今日は年に一回の祭典の日。」まあ100%善意でお声かけ下さってるのかもしれませんが。

そんな勝手にガイド始めて付きまとうマンが話かけてくる行動原理はまだ理解できるのだが、わたし英語を話して練習したいだけなんですマンてのも出没する。奴らの狙いはなに?仲良くなって夕食ご馳走さまパターン?初日と二日目だけでガイド系の輩6名、英語を練習したい輩3名に声をかけられた。

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変な輩もいれば変な神もいる。他所ではなかなか見られないレア物な神のお姿もチラホラと見られたりするので、ヒンドゥーの神々を探しながら歩くのも面白い。

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宗教モチーフの土産物も激アツ。シヴァ神のシャツや曼荼羅スカーフなんて喜ばれないこと間違いなしなのに買っちゃいそうになる。

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これくらいの曼荼羅ファッションならいけなくもない気がしないでもないけどいけないかもしれない。

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ヒッピーのフワフワ感と宗教の神秘性を融合させたような不思議ちゃん系な服に、ドぎついパッチワークのジャケット風パーカーのような志茂田景樹先生系の奇抜な一点物…こりゃあヒッピーファッションシーンの最先端を行ってますわ、カトマンズ。

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エベレストトレッキングの拠点だけあって、トレッキング用品を取り扱う個人商店も多い。防寒具、ザック、寝袋からナイフなどの小物まで揃わないものはないといっても過言ではないくらいの品揃えで、品質も値段もピンからキリまで。

こちらはタメルの中心にあり庶民的市場が開かれるアサンチョーク。町と人の色からして南アジア感が半端無い。

3本の通りが交差する6差路になっていて、中心の広場は人と物とでごった返して大変な喧騒に包まれている。

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あらゆる方向からバイクやリキシャが絶え間なく流れ込む通りの脇で、平然と青空野菜市が開かれている。売り物の野菜とか普通に踏んずけられて潰れたりしててもお構いなし。この狂気じみた人と物の密度と未整備感がもう本当に愛くるしく思えてくる。

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こんな混沌とした場所にも祈りの場が。アサンチョークの南側に建つアンナプルナ寺院。


こちらはカトマンズ北西にある世界遺産・スワヤンブナートのストゥーパを複製したというカテシンブーストゥーパ(Kathesimbhu Stupa)。キリっとした目つきで正面を見据える聖なる仏陀アイがなんとも神秘的なのだが、聖なる塔に向かって放尿する恐れしらずのカラスが多数群がってしまっていて雰囲気ぶち壊し。

ここから更に進むと、もう少し俗っぽい祈りの対象がある。「コインの木」なる何千枚ものコインが釘付けされた木なんだが、こいつを拝むと歯痛に効くらしい。

スゴイを通り越して気持ち悪い。

すれ違う現地女性の艶やかなサリー姿だとか、埃まみれになった売店の品々だとか、肉屋から漂う異臭だとか、激しく束になってもつれた電線だとか、カトマンズを歩いていると、小さなことに一々わくわくが止まらない。