レンタサイクルでシェムリアップの街探検その4

シェムリアップでの滞在時間も残り半日。灼熱の日差しを肌に直に受け、時計を気にしながらペダルを漕ぐ!続いての目的地はレンタサイクル屋の鼻毛兄貴に教えてもらったキリングフィールド。キリングフィールドと言えばプノンペン郊外のチュンエク(⇒訪問記)が有名だが、他にもカンボジア全土に同様の大量殺戮センターが400もあるとされている。それらが全て自国民を死に追いやる為に作られたのだから狂気の沙汰もいいところ。

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国道6号線を北に折れる。午前中にアンコール遺跡へ向かう際に通った道だ。

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あっ、ここ朝トゥクトゥクで通ったじゃん!特別な場所だと思ったので止まってくれって運ちゃんにいったらNot Interestingの一言で片づけられて素通りした場所だ!!

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迫真の表情で大蛇を引くヒンドゥー教の神々たち。アンコールワットの第一回廊のレリーフにもあったヒンドゥー教おける天地創造神話・乳海攪拌だ。昔々、ヒンドゥー教の神々も人間と同様、永遠の青春を望む本能は抑え切れなかったようで、不老不死の聖水・アムリタを手に入れたいという誰しもが一度は持つであろう欲望に駆られた。作戦会議の結果、最高神の一人である宇宙の守護神ヴィシュヌ神の意見であった「天界の大海を撹拌すればアムリタが生まれる筈。須弥山を攪拌棒にしてぐるぐる回そう。」という何とも破天荒な案が実行に移されることになった。しかし、この巨大な攪拌棒を海の中で廻すの為には同等に巨大な支えが必要になると考えた。そこでその支えにはヴィシュヌ神の化身である巨亀・クールマを抜擢、この亀の甲の上に攪拌棒を乗せ、攪拌棒に紐を巻きつけて左右に引っ張り合って攪拌棒を廻せばよいのではと考えた。流石は神様、賢明なお考えである。そこでヴィシュヌ神は、紐として大蛇ヴァースキを選んで自らの体に巻きつけた。次に、この紐となる大蛇ヴァースキの頭と尾を綱引きのように引っ張り合う動力源には神々を起用。同じ神々でも馴染み同士では綱引きにならない。お互いに反目し合う神々に引っ張り合いを演じさせなければいけないと思い、ヒンドゥー教の神々には大蛇の尾を、そして悪神阿修羅には頭を引っ張らせることとした。流石の用兵術、抜かり無き作戦だ。
こうして、神々と阿修羅の綱引きによる動力が攪拌棒を回転させ、ヴィシュヌ神の思惑通りに海が掻き混ぜられていった。その壮絶な攪拌によって、大蛇ヴァースキは口から毒やら有害物質やら火やらを噴出。吐き出された毒はシヴァ神が飲み干す事に成功するも、山々の木々は大炎上、山に住む動物や天人・天女や樹木、草花など全ての生物は息絶え次々に海へと落下していきました。そして、樹液や薬草のエキスが海中で溶け、海に落ちたあらゆる物質と混ざりあって海は乳状となったのです。

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文章だけでは分かりずらいので図解を挿みましょう。亀の上に支えられた須弥山に絡めた蛇を両端から引っ張り合うことで山が回転⇒山の住民や木々が海に落下⇒海中であらゆる物質が混ぜられて、海水が乳状化。以上、ここまでのまとめ。

やがて、どういう原理だか、乳海の中から太陽と月が出現!!続いて、後にヴィシュヌ神の妃となるラクシュミー女神が出現!その後も牝牛・スラビ、白馬・ウッチャイヒシュラヴァス、酒の女神・ヴァールニー、象王・アイラーヴァタ、宝珠・カウストゥバ、などが次々に乳海の中から現れ、最後に医学の祖であるダスヴァンタリ神が念願のアムリタがたんまりと入った壺を持って現れた。しかし、いざアムリタが出現すると、正邪両神間でアムリタを巡っての戦争が勃発。あろうことか、アムリタが悪魔の手に渡ってしまった。この展開に終止符を打ったのも、この案の発案者であるヴィシュヌ神。この世のものとは思えぬほどの超絶美女に変身することで悪魔たちを欺いてアムリタを奪還、神々にアムリタを与え、不老不死となった神々は魔物たちを追い払いましたとさ。一件落着。う~ん、この…悪神もアムリタを作るの手伝ったのに…どちらが正義でどちらが悪なのか分からなくなるお話です。

話が大きくそれてしまいました…
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ひだり みぎ
名称はワット・トメイ寺院と言うこちらのキリングフィールドも、チュンエクと同様に中央にポツンと慰霊碑が立っている。奥には寺院の本堂とぼしき建物が建っていたが、時間が圧しているので、慰霊塔の前で鎮魂を願い、レンタサイクル屋に戻ることにした。

ひだり みぎ
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シヴァタ通りを南下。流石にシェムリアップ随一の大通りだけあって、近代的な建物が並んでいます。

ミニチュアアンコールワットと電飾仏像

どうやら午前中にバイヨンで受けた呪文が祝福の祈りではなく不幸の呪いだったらしく、お目当てのレストランはやってないはワットボーの本堂には入れずじまいになるわと非常についていない。

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意気消沈気味にペダルをこぎ始めると、興味をそそられる内容の看板に遭遇。「100メートル先、Dy Preungによるミニ版アンコールワット」

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矢印に従って道を進むと、親子とみられるパジャマのクメール人美女とおばさんがニコニコ笑顔で立っている。芸術家Dy Preung氏の展示会兼実家のようだ。パジャマ姿での歓迎に目を疑ったが、まぁ首都に住む人々がのデパートにもパジャマで買いに行く様なお国柄のカンボジアだ。パジャマでの応客も至って普通のことなのだろう。

入場料US$1.5を払って中に突入。仕草の可愛らしい女の子とデヴァターばりの慈愛のこもった笑顔を浮かべてクメール語で話しかけてくれるおばさん。何言ってるかさっぱり分からないが、アットホームな雰囲気が素敵である。
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うむ、なるほど中はやっぱり住まいも兼ねているようで生活感丸出し。どうやら昼食の準備中だったようで、お母さんの邪魔をしてしまったようだ。悪気は無かったのだよ…

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ひだり みぎ
ギャラリーとなる中庭にはぎっしりと精緻な石造りのアンコール遺跡群の模倣細工が並べられている。作品の上にゴミやクズが散乱しているのは見なかったことにしておこう。作品のお住まいの連子窓も立派だったが、恐らくこのご一家の長であられるDy Preung氏が彫られたのだろう。聞いてみると、Dy Preung氏は確かにこちらにお住いだが、生憎外出中であるとのこと。
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こちらはバイヨン。雑草が生えて所々ひび割れが発生しているのもまたリアル。クメール王国の石細工職人の技術が現代にも脈々と受け継がれていて何だか嬉しい。

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二階のテラスからギャラリーの全容を眺めるとこんな感じ。

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敷地の一番奥は工房兼ゴミ捨て場になっているようで、廃材などが無造作に置き捨てられていた。こんなものまで包み隠さず見せてくれる職人の奥行きの深さに思わずにっこりしてしまう。こんな細かい職人芸を披露する人の割にはかなり大雑把な感じの人のようだ。

さて、一通り見え終えて帰ろうとすると!別れ惜しいのか、手を引っ張られて敷地の隅っこに連れて行かれる。ほらこっち!この台に登って塀の向こうを見て!と、はしゃぐ女の子。未公開の超大作があるのかと興奮気味に塀の向こうに目をやると…
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ワニ…隣の家の簡易プールでうじゃうじゃ動いていて、めちゃくちゃ生臭い。隣にはワニを眺める私を見て満面の笑みを浮かべる女の子。このワニの大群をわざわざ見せてくれたんだね…なんてサービス精神旺盛なんだ…ありがとう。

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バイバイ、また逢う日まで。別れを惜しみつつ、チャリ探索を継続。

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ひだり みぎ
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アンコールミニチュア館周辺は伝統的高床式住宅や子供たちがバレーボールを楽しむような名も無き小規模寺院がある。ここにいると仕事で悩んでいる自分がばかばかしくなるくらい長閑な雰囲気だ。

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Future Bright International School。この国にはNew Hope Schoolとかsuccess Schoolとか、クメールルージュがもたらした暗黒時代の反動だろう、妙に前向きな名前の学校ばかりなような気がする。

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今にも崩落しそうなおんぼろの橋と立派なナーガ像。この国でインフラ整備が進まないのは、お金が無いのではなくお金の使い道を間違えているんではないかと真剣に思っちゃうくらいいに仏像や寺院は立派な造りになっている。ここからシェムリアップ川の西側へ渡る。

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日本の援助指導の下で整備されたという国号6号。道路が舗装されているだけでなく、なんと車線まで書かれている!!!車線の存在に驚くとは、すっかり驚きの基準が低くなったものである。東南アジアから帰任する駐在員は日本の生活に慣れるのに暫くリハビリが必要だと言うが、こりゃあ日本に帰ったら驚きの連続で心臓発作を起こしかねないな。

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街を南北に貫くシヴァタ通りを挟んで東側の国道6号線はハイソな建物が多く、王の別荘やら王国独立記念祠が建っていた。

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でた!仏像の背後に飾られてるダーツの的みたいなネオン電飾!!カンボジアやベトナムの寺院で強烈な後光を放つ物をよく見かけるけど、色も安っぽいし、寺院の雰囲気を台無しにして徳を損ねていると思うのは私だけだろうか…「侘び」「寂び」「モノトーン」「地味」が通り相場の日本の寺院に慣れっこの私には、どうしても7色に輝くピッカピカで楽しげな仏像に向かって跪いてお祈りを捧げる人の姿は不謹慎ながらコントのように見えてしまう…

レンタサイクルの旅で見る僧侶の生活ぶり

前回からの続き。
レンタサイクル屋の鼻毛兄貴から貰った地図を頼りにレンタル自転車にてワット・ダムナックからシェムリアップ川の畔に建つワット・プレプロムラスを目指す。

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飛び技系のプロレス技のような名前のワット・プレプロムラスは、500年もの歴史を誇る由緒正しき寺院だそうで、なるほど中に入るのが恐れ多いほどの立派な門構えだ。

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中に入ると船に乗った托鉢中のお坊さんや、クジャク、黒髪白馬など、独特のセンスを感じさせるお茶目な像たちがお出迎えしてくれます。

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ストゥーパもカラフルでユニーク。

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日本の厳かな雰囲気のお寺とは全く異なる空気が流れているのは同じ仏教でも基本的な考え方が異なるから。
お釈迦様の入滅後の紀元前三世紀頃、戒律を厳格に守ることを重んじる伝統的な上座部仏教とお釈迦様の教えを広く大衆に広めることを目指した進歩的な大乗仏教という二つに分裂。

出家して修行を積むことを通してのみ悟りに達することが出来ると説く上座部仏教に対し、これではごく少数の限られた人しか救われないじゃあねえか!迷いの中に生けるもの全てが救われるべきじゃん!と批判した大乗仏教は中央アジアからシルクロードを経て中国、朝鮮半島、そして日本に伝播してきたんです。なので日本の仏教は大乗仏教が主流になっています。

上座部仏教大乗仏教
伝播スリランカ、タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマーなど日本、中国、朝鮮半島、チベット、モンゴルなど
目的個人が出家し、修行によって煩悩を取り去り、輪廻の苦しみから解脱して涅槃に至る他者を救済せず自分だけが悟りの世界に渡ることはしない!利他の行いによって全ての衆生を救う。
到達点羅漢菩薩
救われる対象出家して修行した僧侶本人出家、在家を問わず、すべての人
僧侶以外の行為僧侶や寺院への布施などにより功徳を積む如来や菩薩に祈る
信仰の対象お釈迦さまのみ。お釈迦さまを始め、如来、菩薩、明王他、多数の尊格
経典パーリ語原始仏典サンスクリット語などの大乗仏典を翻訳したもの
戒律お釈迦さまの時代に定められた戒律を守る宗派ごとにさまざまに解釈

なので、上座部仏教が厚く信仰されるカンボジアでは、男であれば一生に一度は出家して仏門に入る望ましいとされているし、在家の人間も厳しい修行をしている僧侶の事を尊敬し、僧侶や寺院へのお布施を行って自らも功徳を積もうとする。

でも、お坊さんの修行生活とは一体??彼らはどんな生活を送っているのでしょうか?

朝5時前に起床⇒お経を読む⇒寺の掃除⇒簡単な朝食⇒家々を巡回して、食糧をもらう(托鉢)。⇒お寺に戻ってから昼食(水分は摂取可能だが、正午を過ぎると食べ物は口にできない)。午後は勉強や修行だけでなく、冠婚葬祭やお祓い、先祖供養の仏教儀式にも出かけたりして、夕方にもまたお経を読み、その後は各自が自由に時間を過ごして就寝。自由に時間を過ごすと言っても、十戒と呼ばれる仏道に従った10つの行動規律は遵守せねばならない。

◎僧侶が守るべき十戒
仏教徒の五戒
・不殺生:生き物を殺さない
・不偸盗:盗みをはたらかない
・不邪淫:淫らな情事をしない
・不妄語:嘘をつかない
・不飲酒:酒を飲まない

その他の五戒
・午後の食事をしない
・純潔を保つ
・装飾品や香料で身を飾らない
・立派な寝台に座ったり寝たりしない
・金銀をうけとらない

硬派だ硬派すぎるぜ僧侶。彼らは女性に触れると今までの修行が全て水の泡になってしまうため、自分の身内も含め、お触りすることはもちろん、長話をしたりすることも禁じられている。なので、当然ながら結婚することも出来ない。こりゃあ庶民の尊敬を集めますわ。でも、綺麗に頭と眉毛を剃り、一生懸命に修行をして、夏なのに袈沙を着ているいるのに、足元を見りゃなぜかぞうりや下駄じゃなくサンダルを履いちゃうのがカンボジアのお坊さんスタイルだ。

さて、時間が無いので巻いて巻いて、続いては昼食を食べにワット・ボー通りを一路北上してバイヨンレストランへ向かった。
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ワットボー通りと言うくせにワットボーはこの通りに面していないので要注意。

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残念!惜しい!看板がバイヨソレストランになっていた。しかし、もっと残念な事に営業時間外との事で食事にありつけなかった。時間が無いので昼食は後回しにしてワット・ボーへ向かうことにした。

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ワット・ボーへの道は完全にオフロード。凸凹なだけでなく、雨が降ってもいないのにそこらじゅうに水たまりがあったり、ごっつい岩やバナナの皮の罠が道の真ん中に仕掛けられていたり、超級難易度の障害物競争のコースにはもってこい。

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しまいにゃ赤甲羅や緑甲羅が飛んでこないかと心配になってしまったところでようやく到着。秘境感漂わす名刹だ。

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でぇ~ん。18世紀に建造されたコロニアル式パゴダ。決してワット・ポーのまがい物というわけではなく、シェムリアップ川の東に位置することから東寺を意味するワット・ボーと名付けられた。本堂の中にはクメール時代の陶磁器や貴重な歴史絵巻の断片が展示しているとのことで楽しみにしていたのだが、どういうわけだか門が施錠されている。レストランも閉まってたし、やっぱりバイヨンの呪いに違いない!!お布施5ドルじゃ足りなかったか!!!

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何か隣では大声上げて工事しているし、もしかしたら中に入っちゃまずかったのかな。時間も圧しているし、後ろ髪を引かれる思いで次の目的地へ。やっぱり1泊2日じゃ全然時間が足りません!!!

レンタサイクル観光で見るカンボジアの宗教観

アンコール遺跡群から無事に帰還し、シャワーを浴びた後にホテルをチェックアウト。
せっかくシャワーを浴びたのだが、時間ギリギリまでシェムリアップの街を探索支度、チャリでひとっ走りしてもう一汗かくことに。荷物をホテルロビーに保管してもらい、昨夜見つけたレンタサイクル屋へ。

トゥクトゥクでの観光も良いが、行先を決めずに自転車での気ままなぶらり旅も気持ちがいいもんだ。
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シヴァタ通りのプノンペンナイトマーケット横のお店でのレンタル費用は24時間までUS$2。2時間でいいのでUS$1にまけてくれという値切りは通用せず、30分でも1時間でもUS$2。町中には自転車レンタル1ドル~と書かれた看板を掲げた店を見かけるが、見るも無残なまでに乗り潰されたおんぼろチャリばかり。その点、こちらの自転車は目新しく、見るからに頑丈で、シェムリアップの未舗装地帯を走っても大丈夫そう。パスポートを提示しただけでデポジットは不要。

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車輪が大きくオシャレな駕籠の付いたこちらのママチャリに決定。ついでに無料の観光マップを貰い、逞しく鼻毛が伸びきった係員の兄ちゃんに目ぼしい周辺観光スポットを指南してもらう。

地図を改めて見ると、アンコール寺院以外にも街中に多くのお寺が散在しているのがよく分かる。キリングフィールドもあるそうだ。鼻毛兄ちゃんに言われるがまま、チャリ観光の計画を策定。真剣な顔で話してくれるのだが、どうしても鼻毛に目が…


ワット・ダムナック⇒ワット・プレ・プロム・ラス⇒バイヨンレストランで昼食⇒ワット・ボー⇒ワット・ポランカ⇒キリングフィールド⇒セントラル・マーケット⇒オールド・マーケット。こんな感じ。小さな街なので2時間もありゃ回れるだろうとのこと。

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先ずは第一の目的地ワット・ダムナックを目指してシェムリアップ川を渡る。流石はアンコール遺跡群の城下町だけあって、至る所に芸術性の高い仏像が鎮座していたりするから面白い。カンボジアでは国民の殆どが国教である上座部仏教を信仰しています。同じ仏教徒は言えども「仏様は偉大なり!信じる者は皆救われる」という日本の大乗仏教とはスタンスが異なり、カンボジアの上座部仏教は、「生きることは苦しみであり、出家して悟りを開いた者だけが救われる」という出家主義に基づいています。

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ワット・ダムナックという寺院も中々の規模のものであるが、街の中心から自転車で僅か3分のところにあった。日本や中国の禅寺は人里離れた奥地にひっそりと建っていることが多いが、クメールの寺院は生活のど真ん中にあるようだ。

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ワット・ダムナックのすぐ隣は一般大衆の生活圏、それこそ民家や商店のすぐ隣に黙想と禁欲の場所が設けられてい るのである。祭りや儀式も僧院で行われ、火葬の場にもなったりするし、伝統的に、それぞれの僧院は寺子屋のように教育も引き受けていて、少年たちは読み書きを学ぶ。なので、火葬場あり、ストゥーパあり、学校あり、僧の住み込み寮があったりと、大そうな規模になるようだ。ただ、入り口に立つ腕のもげたおじさんの目的は分からない。

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火葬場に学校と見られる平屋。カンボジアでは男子は一生に一度は僧院で過ごすのが伝統で、修行者は僧院内で仏の境地に達する為に禁欲の清らかな修行生活を送る。日々、修行に明け暮れる毎日。マルクス流に言えば完全なる未利用非生産者層である修行者たちは、サフラン色あるいはオレンジ色のトガ(寛衣)をまとい、髪と眉を剃り、毎朝その日の布施を受ける為に托鉢にでかけて生活の糧を得る。一般の人々は、自分たちに代わって毎日厳しい修行をこなす僧侶を尊敬し、日々の布施行為を通じて物質的・金銭的に僧侶と彼らの修行の場である寺を支えている。この布施行為などで功徳を積むことで、仏の恩恵を受け、来世でより良い身分に生まれ変われると信じているのだ。

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中庭にある祠堂を中心に、ストゥーパ、死者の灰を納める納骨堂などが有る。どれもお布施で建てられたのだろうか、外(俗世)の商店街の建物が惨めに見えてしまうくらいに非常に立派な造りである。

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最後まで分からなかったのがこのお品書き(?)。10$~400,000$までのメニュー!(?)が大きな木板にズラリと書き並べられている。400,000$お布施するあなたの来世はビルゲイツのお孫さんになります。的なことが書かれているのだろうか。

続いてオールドマーケット近くのワット・プレ・プロム・ラスを目指す。

宇宙の中心・バイヨンで呪文を…

アンコール朝第18代国王スールヤヴァルマン2世がアンコールワットを完成させてから30年余りの12世紀後半、アンコール朝は隣国チャンパ王国からの襲来を受け、危機的状況に陥る。しかし、徹底抗戦を貫いて都を奪還し、クメール人達を解放した。その時の王がアンコールトムを建造したジャヤヴァルマン7世だった。ジャヤヴァルマン7世はヒンドゥ教を信仰していた今までの王とは異なり、大乗仏教に傾倒。観世音菩薩のように四面に顔を彫った像を祀り、バイヨン様式と呼ばれる独特の建築スタイルを生み出した。

隣国からの侵攻を避ける為、都城の周囲は高さ8mものラテライトの城壁で囲まれており、その堅牢な城塞の四辺の長さは12Kmにも及ぶ。都城と言うより要塞のようなものである。内部は東西南北の4つの門からつながる十字の主要道路で均等に区切られ、ちょうど真ん中の心臓にあたる部分に、王の精神の礎となるバイヨン寺院が建設された。バイヨンとは“美しい塔”を意味するクメール語。内部は高さ40mを越える中央祠堂を中心に、四面体の菩薩像が彫られた塔が49あり、どこに立っても微笑みに囲まれるという不思議な空間だ。


当時は、城壁内に役人や兵士たちの住居もあったらしい。まさに帝都。

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アンコールワットから北西に進むと、アンコールトムへの入り口の一つである南大門に着く。南大門、北大門、西大門、死者の門、勝利の門が帝都への玄関口となっている。各城門は塔になっていて、東西南北の四面に柔らかで穏やかな微笑みをたたえた観世音菩薩の彫刻が施されているが、破損が激しく、往時の姿を残すのは南大門のみとなっているらしい。

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高さ23m、菩薩の顔面だけでも高さ3mにもなる巨大な門である。この都が外敵からの防御を意識して造られたことが分かる。但し、高いが狭く、車一台がぎりぎり通れるほどの幅であり、門の前で軽い渋滞を起こしてしまう。

南大門を抜けると中心のバイヨンまでは一直線。
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バイヨンの入り口からの荘厳な偉容には誰もが目を見張る。遠目から見ると、岩山がゴツゴツしているだけのようにも見受けられますが、近づいてみるとその岩山が単なる岩山ではないことに気付かされる。

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無造作に削られた岩山のように見えていたのは寺院の伽藍であり、その伽藍の上には、観音菩薩が彫りこまれているのが近づくと良く分かる。この観世音菩薩の四面塔はバイヨンだけでなく、プリア・カン、タ・プローム、タ・ソム、バンテアイ・クディなど、バイヨン様式の寺院に共通して見られるそうな。我々にもなじみのある仏教的な雰囲気があることや、全体を見渡せるヒューマンスケールの造形感からであろうか、何となく心和む雰囲気を感じないでもない。

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クメールの微笑みをたたえた観世音菩薩の四面塔ばかりが注目されるバイヨンですが、第一回廊に施されたレリーフも面白い。宗教的、政治的な意味合いが濃いアンコールワットの壁画に比べ、バイヨンのレリーフは庶民生活や貴族の暮らしを描いた日常的なものが多く、見ていて飽きない。ただ、屋根が無く灼熱の日差しを直に受けることになるので長居は禁物だ。

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戦いの勝利を祝う凱旋パーティーのための調理風景。中央で火力を調整しながら豚を茹で、右側でバナナを焼き、左側でご飯を炊いている?

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商売の様子。何かを量り売りしている商人に対して買い手が何か文句を言っている?何だか一気にクメール帝国の人々に対して親近感が湧いてきた。

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宮廷内病院?お産の様子みたいである。

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こちらでは生贄にされる水牛が運ばれている。水牛の血の入った酒を飲むと戦に勝てると信じられていた。水牛の何かを悟った物悲しそうな表情を見ると居た堪れない。

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こちらは宮殿内のご様子。…だと思う。

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階段を登り中央祠堂に入ると、四方八方から大きな顔がこちらを見て微笑みかけてくる。

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う~ん、この微笑み、稲中卓球部か何かでみたような…因みに観音菩薩は人々の声を聞くことで、苦悩から慈悲を持って救済する菩薩様ですので、人々の悩みに応じて千変万化の相となることから、帝都にある200もの観音菩薩がそれぞれどれ一つとして同じ表情をしていないとのことだ。こんなような圧倒的存在感を誇る観世音菩薩の尊顔が200もあるなんて…四方八方どこを見回しても顔!顔!顔!確かに神秘的といえば神秘的だが、不気味と言えば不気味でもある。杏型をした目、扁平な鼻、厚い唇は光の当たり具合によっても笑いの表情を変え、不気味、慈愛、慈悲、柔和、峻厳、陶酔などなどあらゆる笑みに満ち溢れている。迫り来る巨大人面菩薩像が今日の夢に出てきそうだ。

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菩薩の顔面だけでなく、まるで生きているかのように艶やかなデヴァターも印象的。

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塔が林立する内部を上下左右に徘徊している内に方向感覚が麻痺して完全に迷ってしまった。なんてったったどこを見ても同じような顔だらけ…広大無比な宇宙空間に迷い込んでしまった感覚にすら囚われたが、ようやくお待ちかねの宇宙の中心・中央祠堂に到着。

中を覗いてみると…
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仏像が有り、その横に座るおばさんに手招きされる。暗闇に白い歯と眼だけが浮かんでいるようで怖かったが、むげに断るのも悪いので内部に入ると、線香をあげるよう強制される。う~ん。神秘的。流石は宇宙の中心だ。

線香をあげ黙祷を終えて目を開けると、おばさんが賽銭皿を持って「さあ!」みたいな満面の笑みで迫ってきた。こりゃあ逃げ切れない(笑)1ドル札を置いていこうとしたのだが、生憎アンコールワットで悪徳ガイドにくれてやった1ドル札が最後だったようで、5ドル札以上の紙幣しかない。
賽銭箱をチラッと一瞥すると1ドル札が2枚…お釣り貰えるだろうか
お釣りを頼むか頼まざるか暫し心の葛藤があったが、お釣りをもらうのも縁起悪そうなので黙って5ドルを置いたところ、ほっこり笑顔で何やら呪文を唱えてくれた。内容は分からない。ただ、最後にグッドラックと言っていた。運気上昇の呪文なのだろう。神を味方につけてしまったのかもしれない。今後の人生が楽しみだ。

*菩薩様の顔、誰かに似ていると思ったら稲中卓球部の田原君だ!!
Tahara