見どころ満載 イラン考古学博物館(国立博物館)でペルシャの歴史をおさらい

さてさて、お次はテヘランで最も楽しみにしていたイラン考古学博物館(国立博物館)へと向かいます。長~い歴史と凄~い文明を誇ってきたペルシャの地で見つかった紀元前6000年から19世紀に到るまでの国宝級美術品を集めたイラン最大規模の博物館ですからね。きっと見所満載に違いありません。


博物館は大きく分けてイスラム化前後で建物を分けて展示しているみたいですが、残念ながらイスラム化後のイスラムコレクションを展示する別館は休館中。ということで、この日は8世紀のウマイヤ朝支配後にイスラム化する以前のペルシャの歴史に絞ってみていきます。


開口アーチ門のエントランスが美しいイラン考古学博物館本館。時代を遡ってアケメネス朝、アルサケス朝、ササーン朝時代のペルシャの様子をぱっと覗いてきます。

建物の中は長方形になっていて、入り口を右に進んで反時計回りに進めば年代順に歴史を追えるようになっています。

ということで、時代は一気に有史以前に遡って紀元前2,400-2,800年、初期青銅器時代に造られたとされる美しい造形の青銅器から。4,000年以上に存在していたくびれ美人が見事な頭上運搬を披露してくれてますw


古代オリエントに栄えたエラム王国のチョガザンビル遺跡で見つかった、紀元前1,250年頃に神への供え物として作られたとされる牡牛の像。身体に刻まれた楔形文字がメソポタミア文明との文化的繋がりを示しています。


決して焼き肉屋のこれじゃありません。

ひだり みぎ
その古代エラム王国の中心地が、イランで初めて世界遺産に認定されたチョガザンビル遺跡。バベルの塔のモデルとも考えられていたジッグラトと呼ばれる聖塔は破壊されてしまっているが、マンションの完成予想図のようなクオリティの復元図に拠ると、メソポタミア文明特有の大きな階段状ピラミッドのような形状だったよう。
古代ペルシャ文明レベル高すぎぃぃ。


ひだり みぎ
時は進みアケメネス朝ペルシャ(B.C.550- B.C.333年)時代の宮殿ペルセポリスへ。ダレイオス大王の謁見図のレリーフには、中央に鎮座するダレイオス1世と背後のクセルクセス1世に謁見する高官のシーンが描かれてます。


古代ペルシャのシンボル的国宝で、保存状態も極めて良好。硬い石灰石の浮彫で髭のチリチリ感と髪の毛のふっさふさ感をここまでリアルに表現するとは!


ひだり みぎ
ペルセポリス宮殿の謁見の間へと続く階段もバッチリ残っています。北向きの階段脇にはペルシャ人とメディア人の高官が交互に並ぶ様が、南向きの階段脇には贈り物を献上する属国の使者が鮮明に彫り込まれてます。今にも各国使節団が動き出しそうなくらいリアルで、見れば見るほど気味が悪くなる程です。

ひだり みぎ
種馬や布を持ち込むカッパドキア人、正装ドーティを纏ったヒンドゥー教徒のインド人、弓矢斧など尖塔道具を納めたソグディアナ人、半袖+ブーツでカジュアルな装いのアッシリア人など、各国からの使節団の格好や献上品が絵心たっぷりに描き分けられてるのには驚かされます。


こちらはダリウス1世の謁見の間にあったとされる、彩釉煉瓦によるペルシャの兵士像。紀元前6世紀頃の作品とは思えぬクオリティの高さ。


更に時は流れてアルサケス朝パルティア(B.C.248-A.C.226)時代。王族の威厳や優雅さたっぷりに威風堂々と構えるパルティア王子像がデーンと構えます。



パルティアは遊牧民の族長が興した王朝で、東はパキスタン西は現トルコまでを支配下に置くなど版図を拡大。地中海周辺国を巡りローマともドンパチやりあってたからか、石像のお顔立ちが気持ち西洋風になってきた気がします。

ひだり みぎ
農耕民族系イラン人が226年に興したササン朝(226-656年)。農業で鍛えた身体でローマ軍をも破ったことからササーン朝時代の遺跡でも多量の西洋風モザイク画が発掘されています。どれも保存状態が良くてびっくりするわ。
やっと日本で水田じゃー!土器じゃーってやってる中で卑弥呼が出てきたのがここら辺ですからねw 歴史の違いをまざまざと見せつけられます。

【グロ注意】こちらはソルトマンと呼ばれる岩塩鉱山で出土した人間の頭蓋骨とレザーブーツを履いた左脚の骨だそうです…。


面白がってカツラや付け髭なんか着用させたるなやと思ったら、なんと頭髪も髭も本物。DNA鑑定によるとB型・37歳男性、1,700年前ササン朝ペルシャ時代の御仁で、鉱山内で起きた不慮の事故によりお亡くなりになられたそう。

ここからペルシャの地は美味いや美味いやウマイヤ朝の台頭によりイスラム化。その後、ウマイヤ朝(661-750年)、アッバース朝(750-1517年)、セルジューク朝(1038-1157年)、イルハーン朝(1256-1335年)、ティムール朝(1370-1507年)、サファヴィー朝(1501-1736年)、ガージャール朝(1779-1925年)、パフラヴィー朝(1925-1979年)、イラン革命でイスラーム共和国(1979年-)と続いていきます。
歴史の層が厚すぎますよ、イランさん…

世界史だと中央アジアの歴史ってさらっと流されちゃった記憶がありますが、ウマイヤ朝後のペルシャコレクションもきっと凄かったんだろうな~

【イラン考古学博物館(国立博物館)】

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