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アンマンからの日帰り旅行でも存分に楽しめる ペトラ遺跡


ヨルダン2日目はヨルダンの代名詞的存在のペトラ遺跡へゴー!
ペトラと言えば新・世界七不思議にも選定され、インディージョーンズシリーズの最後の聖戦のロケ地としても知られるベタベタな世界遺産だけど、ヨルダンまで来たらやっぱりここだけは外せない。
時間的に余裕はなくアンマンから日帰りでの観光になってしまいましたが、JETTのバスでペトラまで行って参りました。

アンマン⇒ペトラ JETTバス

アンマン⇒ペトラ:一日一便、06:30発(10:00-11:00頃着)
ペトラ⇒アンマン:一日一便、17:00発(冬は16:00?)
料金:往復18ディナール
ホームページ:https://www.jett.com.jo/en/

JETTのバスを使えばペトラ遺跡で正味5-6時間ほどの時間を費やせるので、まぁ日帰りも非現実的ではないかと思います。ただ、冬季はペトラ遺跡が16:00クローズなので、遺跡内の見所を全部回るのはちょい厳しめか。

ペトラはアンマンから南に200kmの地点にあり、アンマン市内から片道約3時間。予めJETTのホームページでバスの座席を確保し出発地点へと向かったのだが、これがもういきなり前途多難で、ヨルダンヨルダンクオリティをまざまざと見せつけられる。

まず、出発地点はInternational HotelじゃなくInterContinental Hotelだし。時間通りにバス来ないし。20分遅れで来たと思ったら私の席に別の人が座ってるし。

仕方無く空いていた最前列の座席に腰掛けいざ出発!とテンションが高まったのも束の間、市内にあるJETTオフィスのバスにて速攻停車。しかもオーバーブッキングで座席が足りねーなんて揉めてるし。結局、アンマンンのJETTオフィスを出たのは07:40過ぎだった。

ひだり みぎ
出発の遅れを取り戻すべく、アンマン市内を出てからは荒涼とした砂漠地帯の一本道“デザートハイウェイ”をひたすら南へとひた走る。


中東にあっても悲しいかな非産油国のヨルダン。日本と同様に化石燃料に乏しく再生可能エネルギーの課題が国の重要課題となっているようで、だだっ広い砂漠のド真ん中に風力発電用の風車がずらりと並んでいた。

そんな荒れ果てた砂漠の地に突如として出現する“忘れられた古代都市”ペトラ。紀元前1世紀頃から古代ナバテア人の有力都市として、後に古代ローマのアラビア属州として栄えたが、663年からイスラム帝国による支配下では主要通商路から外れて衰退。749年に発生した大地震を機に放棄され、19世紀前半にスイス人の探検家によって発見されるまで1,000年にも渡って失われた存在だったそうだ。「忘れられた古代都市」…うーん歴史ロマンをビンビンに感じます。


ペトラ遺跡の最寄町であるワディ・ムーサの街並みが見え程なくして、ペトラ遺跡の駐車場に到着した。この時点で11:00。アンマンへの帰りのバスは同じ駐車場を16:00に出発するとのことだったので、ペトラ遺跡で取れる時間は5時間のみ。一個一個の見所を見て周る時間は無さそうなので、広く浅く回る作戦で行くことに。


まぁ、仮にアンマン行きのバスを逃した場合、75ディナール(≒11,250円)出せばタクシーでも帰れるようだが…。交渉もできるだろうし、最悪、アンマンに戻り損ねたバス難民とシェアすれば安く帰れるのかなーとは思う。


なんて色々考えながら遺跡のエントランスへ。入場券は非常に高価で、一日券が50ディナール(≒7,500円)と舞浜のネズミーランドと同等価格。7,500円分楽しんだる!との決意を胸に入場する。

ジン・ブロックス、オベリスクの墓

ひだり みぎ
入場するなり既に絶景。ただ、最初の直線でいきなり遺跡が出てくるものの、こいつらはほんの肩慣らし程度の雑魚なのでスルー。というか、馬の営業がウザすぎて中々観光モードになれん。「知ってます?入場料に乗馬代金が含まれてるので無料で乗れるんですよ?」と親切を装い声をかけてくる輩多数。いや、お前ら無料と言いつつチップを要求して他の観光客と揉めてるところ見たから。それでも、「乗馬は楽しい」「この先、シークまで歩くのは大変」「無料だから無料だから無料だから」と手を変え営業トークを繰り出してくる。一人一人はあっさり食い下がってくれるので楽ですが、とにかく馬使いの人数が半端じゃなく、石を投げれば馬使いにあたるみたいな状態でした。
自動や自転車が入れないペトラ遺跡内部では動物が重要な移動手段となっており、シーク以遠もラクダやロバ使いから盛んに声がかかります。仮に乗りたいとしてもこちらから声をかけると足元みられるので要注意。また、定額制ではないので、乗る前にチップ込みの運賃をしっかりと確認すること。

シーク

険しい岩山に隠されるようにひっそりと存在する幻の古代都市ペトラ、その中心地へと続くゲートウェイになるのがこのスークと呼ばれる天然の峡谷。荒れ地に立ちはだかる高さ100mにもなる岩壁の僅かな割れ目から足を踏み入れ、薄暗く曲がりくねった迷路のような通路を辿っていけば、その先にかつて砂漠の隊商が行き交った幻の古代都市が広がる。
外から見ただけでは存在に気付かない岩山に囲まれた古代都市、その入り口までやって来たと思うとなんとも気分が高まります。

よし、ここからが本番!アドベンチャーの始まりだ!というスタート地点には、ナバタイ兵に扮したスタッフさん二人が待機。雰囲気を盛り上げてくれます…と思ったら写真撮影費用をせびられ現実世界へと引き戻された。

ひだり みぎ
気を取り直してアドベンチャーの開始。頭上両側にダイナミックに迫り出す砂岩の崖の裂け目を1km超歩きます。


水利施設を駆使して紀元前の砂漠で無双した砂漠の覇者・ナバタイ人が遺した水路やダムなどを見ながら暗く狭い大地の切れ目をひたすら歩き、最後の直線ストレートに差し掛かった。


この最後の岩の切れ目を進むと…目の前に突如として光が差し込み、岩と岩の裂け目から徐々に姿を現す神殿のような建造物が。

エル・ハズネ(宝物殿)


キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
うす暗いシークを抜けた先にいきなり高さ40m、幅28mの巨大神殿が現れる。この薄暗いシークから輝く宝物殿への劇的なアプローチが隠された秘宝感を際立たせます。


紀元前1世紀、ナバタイの王アレタス王4世の時代に砂岩をくり抜き造られた巨大な宝物殿。この赤みを帯びた砂岩の色調は陽光の角度によって刻々と変化をするそうで、1日で50色もの色を見せると言われているそうだ。これはもう反則級の美しさ、更には七変化どころか五十変化でオーディエンスを飽きさせない役者ぶり。残り時間ずっとこの前で体育座りして宝物殿を眺めていてもいいくらいです。

ひだり みぎ
同じことを思う人も多いのか、宝物殿前の広場ではこの岩の芸術を食い入るように凝視する観光客も多数。いきなりペトラ遺跡の偉大さを見せつけられます。

ファサード通り

宝物殿を抜けると、今度は高さ数十メートルの断崖の岩を精巧に削り出し造られたナバテア王国時代の無数の墳墓が続く。このように、ペトラでは岩山を切り出し神殿や住居が作られているようだ。農業には不向きな完全なる岩礁地帯に紀元前からこのような巨大な岩造りの都市が存在していたとか圧巻すわ。

ひだり みぎ

この通りをファサード通りというらしい。いわゆるネクロポリス的なものなのでしょう。大小様々な墳墓アートが並んでいます。

ここまでは遺跡の入口から一本道でしたが、ここで初めて道が二手に分かれてコースの選択を迫られる。まっすぐ行けば平たいイージーコース、左手は断崖絶壁への山登りコース。小生は後者を選択する。

これがまた結構タフ。

ひだり みぎ
ただ、この大パノラマを見れば疲れも吹っ飛ぶというものよ。緑や花々に彩られた日本の山岳風景とは全く異なる、茶色一色の荒涼とした景観だ。うーん、ワイルド。



シニアグループや不健康な人達から脱落していく耐久戦。DEBUな自分にしては珍しく根性を見せ、気づけば火星ですか?みたいな異世界感溢れる場所まで上り詰めていた。

犠牲祭壇

ひだり みぎ
古代ナバタイ人は高所を聖地としていたようで、山の上にはオベリスクや犠牲祭壇などの遺跡が残されていた。で、凄いのは、オベリスクは山頂に建てられた訳ではなく、周りの岩を削って残った岩を塔の形にしたのだとか。岩削り職人ナバタイ人さん凄すぎでしょ。

うおー、すげー。異世界に来ちまったーなんて一人で感動をしていたら、風に乗ってカナリヤ?の音色が聞こえてくるようなこないような。不気味に思いつつも音源の方へと絶壁の尾根を歩いていくと、なんと崖を目の前に笛を吹くアラビアンなおっさんが。

ひだり みぎ
断崖絶壁を前に座禅を組み、一人瞑想するかのように目を閉じ笛を吹くおっさん。ちょいキャラ強すぎるぜオッサン。ナバタイ族の方かな?


30分後に戻ってきたら、楽器を替えまだ一人で演奏してたw
どうやら、ペトラ遺跡の中に住むベドウィンの方らしい。ペトラ遺跡といっても発掘が完了しているのは総面積の僅か数%程度。まだまだ観光客には開放されていないエリアも多く、中には遺跡内の洞窟で生活する人もいるのだと。なんかもう自分も余生は現代文明を離れて一人仙人みたいな生活したくなってきたわ。

ひだり みぎ
山頂のオッサンと分かれてオフロードを下山。これまた火星感たっぷりな景色の連続、もちろん自分が当地に来たのも初めてだ。でもここで謎の既視感が小生を襲う。


あ、これだ。中三の時に小柳ゆきの愛情。え?違う?異論は認めます。

ライオンのモニュメント


山頂からの下山コースは道しるべも少ないので迷ったかと心配になりながら暫く歩いていたが、ここでガイドブックにも載ってるライオンのモニュメントを発見、胸を撫で下ろす。いうほどライオンには見えないっすけどね。

庭の墓とローマ兵士の墓


ここで人類に遭遇。見かけた人類二人組に付いて歩いていくと、前方にごっついファサードを発見。

ひだり みぎ
庭の墓、そしてローマ兵士の墓というらしい。ローマ兵士?そう、元々はナバタイ人の墓だったのが、ローマ属州時代に改装がなされたのだと。あとで見ることになりますが、ペトラ遺跡にはローマ人が造った遺跡も数多く残されています。


ナバタイ人の正体、それは、壁面をみつけたら掘りたくなるマン。とにかく辺りびっしりに墳墓が掘られつくされてます。そこに壁面がある限り、私たちは掘り続ける。何故?そこに壁面があるからだ。

王家の墓

方向感覚を失いながらオフトラックの山道をさ迷い歩き続けていると、急に目の前の視界が開け、王家の墓と呼ばれるこれまた立派な墳墓が見えてきた。

ひだり みぎ
右から順に壺の墓、シルクの墓、宮殿の墓、セクスティウス・フロレンティヌスの墓などが並ぶ。いずれも紀元前1世紀前後に王などの身分の高い人物の命によって築かれたようだ。


王家の墓を前にラクダもどこか誇らしげ。


この表情、癒されるわ~。



ひだり みぎ
一個一個、作り手の個性が表れているのか設計が微妙に異なる王家の墓群。墓というか豪邸のようにも見えるけど、中は意外と手狭だった。

柱廊通り


王家の墓群の正面からはペトラの中心地だったと考えられている柱廊通りが真っ直ぐに伸びている。もともとあったナバタイ人通路をローマ帝国が改装して作ったらしく、地面はお洒落に大理石詰め、そして通りの端には凱旋門なるゲートまで作っちゃったり。2000年前はさぞかし賑わっていたのでしょう。

大神殿


凱旋門の手前にあるのはナバタイ人の主神ドゥシャラーを祀っていたとされる大神殿跡。面積7,500㎡とペトラで最も巨大な建造物とされる。この神殿、そして凱旋門を更に奥へと進んでいくと、インディージョーンズの映画のロケ地ともなったエド・ディルという修道院があるらしいのだが、この時点で既に15:00過ぎ。

ここから入口まで1時間弱、更には戻りのメイントレイル上にあるローマ劇場も見てみたいので、残念ながらここで入口へと引き返すことに。

ローマ劇場


立ち上がる岩山の壁面を掘削して作られたローマ円形劇場。地中海まで進出してきたローマ帝国はトラヤヌス帝時代の106年にペトラを併合、ローマ支配地ではお約束の円形劇場や浴場、神殿などが次々と建設され、ナバタイ人により築かれたペトラの町もローマ風の街並みへと造りかえられていった。アンマン市街地に残るローマ劇場と同様、背後の岩山との見事なマッチング、その空間構成はただただ見事っす。

…ということでここでジ・エンド。最後はパンパンになった足腰に鞭を打ってスークを駆け抜け、なんとか15:55にバスの出発地点となる駐車場に戻ることができた。危なかった!

山で迷ってペース配分が乱されエドディルまでたどり着けなかったのが反省点として挙げられるが、それでも大満足の初ペトラ。

まだまだこの広大な遺跡の90%超は未発掘とのことなので、今後もどんどん新たなる発見が続くことでしょう。死ぬまでに一度は見たいと思って来たペトラですが、死ぬまでにもう一度見たい!と心に強く思いペトラを離れます。

【ペトラ遺跡】

入場料:
1日券 50ディナール(約8000円)
2日券 55ディナール(約8800円)
3日券 60ディナール(約9600円)

営業時間:
冬 06:00-16:00
夏 06:00-18:00

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