高速鉄道で楽山から成都へ移動 楽山・成都旅行5

楽山大仏東方仏都の観光を終えてから3路のバスでホテルへと帰還。シャワーを浴びてから高速鉄道で忙しなく成都へと移動する。ほんとは仏の町・楽山でもっとゆっくりしたかったんだけど、残念ながら時間の制約があり今回の楽山での滞在時間は24時間も取れんかった。


ホリデイインの最寄り駅でバスを待ってたら爺さんコンビに家買わねーかーとしつこく声をかけられた。広告を持って町を練り歩き、相手が外国人だろうとすれ違う人に対して見境なしに声をかけまくっているらしい。外国人で言葉の理解が不十分な私にしつこくしてきたのもビックリしたが、明らかに未成年な女性にまで果敢にアタックしてたのも草生えたわw。


ホリデイイン楽山から楽山高鉄駅へは3路のバスで移動。3路は駅と大仏の入り口とを結ぶ路線で、途中にバスターミナルにも停まることから旅人御用達路線となっている。

楽山高鉄駅は市街地西郊にあり、ホリデイインやバスターミナルからは3路のバスで20分程の距離になる。成都と楽山・峨眉山の世界遺産を結ぶ高鉄は2014年12月に開通したばかりで、駅は真新しい。

高鉄での移動は早くて快適だけど、楽山市街地からは少し離れるし、バスより本数が少ないのがデメリット。

ひだり みぎ
成都南までこの日は07:50発から22:05発まで全17便。運賃は便によって多少の違いはあるが、自分が乗ったC6308は二等席(普通席相当)=51元・一等席(グリーン車相当)=61元・特等ビジネスクラス席=118元となっていた。前日に利用した成都空港から楽山へのバスの運賃が46元だったので、まぁ妥当な価格帯だと思うし、グリーン席相当の一等席に関しては普通車相当と値差も小さく、寧ろ安くすら思えてくる。

【2017年10月末時点での時刻・運賃表】
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外国人は発券機を使うことができないので、仕方なく順番待ちして有人窓口で発券する。ここで高鉄ビジネスクラスデビューを!と意気込んでいたが、残念ながら今回乗車した便はビジネスクラス席を搭載していなかった…。


今回の1時間程度の移動だと無用の長物だけど、ビジネスクラスシートはフルフラットになるんすよね。


今回乗るのは12:41楽山発のC6308。ETA成都南は13:44と、1時間で着いてしまう。往路で渋滞に巻き込まれ3時間かかったバスより全然早いわ。


入口でパスポートと乗車券を見せて手荷物検査を突破。だだっ広いホールで人民様と一緒に鉄道の到着を待つ。

ひだり みぎ
鉄道到着の20分前にプラットホームへの人民大移動が始まったので、小生も人の流れにならってホームへと向かう。全席指定席なのに我先にとホームへと急ぐ人民様は一体なんなんだといつも思うんだが…。下車する乗客が下り終わるまで待つわけもなく、ドアが開いた瞬間にドアに突っ込んでいくスタイル。

人民の波にもまれながら二等車車両に乗車。


日本の新幹線と変わらぬ横3-2席の配置で、座席番号の振り方もABC-DE。ただ、壁側にも車端にも電源はなく、機内誌も用意されていない。あるのはゲロ袋のみ。

ひだり みぎ
定刻ぴったしに走り始めた鉄道は徐々にスピードを上げ、四川省の農業地帯を北に向かって走っていく。振動も少なく静かで、運転が激しく荒いバスよりもだいぶ快適だ。昨日のバスの運転手はクラクションもドでかくて道中寝れやしなかったからな。


成都と峨眉山を結ぶ今回利用した鉄道は時速200kmまでの都市間高速鉄道。デッキ最前列にはディスプレイで案内も入るし、中国語・英語でのアナウンスも分り易い。


13:40、定刻よりちょっと早く成都南に到着した。この後、高鉄は成都東へと向かっていく。

ひだり みぎ
ここからは高鉄駅に隣接した地下鉄の火車南駅に進み、地下鉄1号線で本日の宿泊先JWマリオットの最寄り駅・天府広場へと移動する。いやー、便利だわ、楽山⇒成都の高速鉄道。幾ら楽山大仏は混んでいるとはいえ、これなら成都から楽山への日帰り旅行も全然可能だろう。



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【2017年成都・楽山旅行記】












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