三国志ファンの聖地 成都武侯祠と錦里古街 楽山・成都旅行10

成都二日目正午前、成都北郊の都市・広漢にある三星堆遺跡から成都に戻ってきた。宿泊先のJWマリオットには16:00までのレイトチェックアウトを申請していたので、まだまだ次なるホテルへの引越しをするまで観光に充てる時間がある。

成都には見応えある史跡が山ほどあるのでどこに行こうか迷ったが、ここはホテルコンシェルジュ一押しで、蜀の皇帝・劉備の陵墓と蜀の丞相・諸葛亮の祠があり三国志ファンの聖地として知られる成都武侯祠を参拝しに行くことに。いや、べつに自分、三国志ファンという訳でもないんですが、成都=三国志ですからね。成都に来て三国志ファンの聖地とまで言われる史跡をスルーする訳にはいかないでしょう。

一つ違和感があるのは武侯祠という名。劉備の陵墓は恵陵という名なのになぜ武侯祠なのか。これは諸葛亮の諡号である武侯から来ていてんだけど、臣が君を食ってしまっている何とも訳アリなネーミングが…。これじゃあ三国志・蜀の初代皇帝となり成都を蜀の都と定めた劉備の墓が蜀の丞相の祠の敷地内にあるみたいな構図になっちゃってるしw 武侯祠に面した外の大通りも武侯祠大街だし、どうやら主君の劉備玄徳より諸葛亮孔明の祠として認識されてしまってるのである。幾ら中国で諸葛亮の人気が高いからってこれじゃああんまりだ。
ひだり みぎ
そんな劉備カワイソスwな武侯祠へ昭覚寺バスターミナルから1路のバスで移動する。


途中渋滞に巻き込まれ、1時間ほどかかって辿り着いた成都武侯祠。バスを降りる場所を間違えたのか、くっそでかい祠の西の外れに建つ牌坊門まで来てしまった。


三義廟・武侯祠といった見所に近い東の大門から入るのが定番観光コースだったらしく、一般的ではない入り口から入った自分は長距離の徒歩移動を余儀なくされることに。

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四方亭の下をくぐり、良く分からないまま人民様が多数はしゃいでいる賑やかな北の方向へと歩いていく。ガイドブックに書いてある60元の入場券の購入も求められず、何だか特別な神のご加護を感じますw


こ、これがかの有名な三国志の蜀の雄・劉備の陵墓?すっごい失礼ながら劉備の墓の割にちょっとスケールが…と思ったら、よくよく見たら劉湘という中華民国時代の軍人さんの墓だった…。特に劉備の末裔というわけでもないらしいのに苗字が間際らしいこのお方、地元四川出身で、抗日戦争を司令官として戦われた方らしいが、世界史的には無名もいいところ。東の大門から入っていたら確実にここまで見に来てなかったことは確か。

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この墓から東へ進むと、劉備のお墓を囲う大きな大きな庭園が見えてくる。

錦里古街
庭園の中には秦漢時代からの繁華街を清末から民国初期の様式で再現したという錦里古街があり、水路や竹林なんかで綺麗に整備された小路の両脇に並んだ雑多な小店舗が賑わいを見せている。
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串物や豆腐料理などの各種四川料理の軽食や土産物を中心に四川の民間風俗も満載。飲食店あり、民芸品等の土産物屋あり、バーあり、射的なんかの露店あり、四川劇の見世物小屋ありのお洒落スポットになっていて、どの通りも小吃片手に闊歩する若者で溢れ返ってる。近くの寛窄巷子然り、こういった古街風情が若者に受けているんだな。皆さん古の時に思ひを馳せるといった感じではないけれど。

ここまでは入場料が要らずラッキー!と思っていたのだが、正確には錦里古街の南の区域が武侯祠になっていて、ここで60元の入場料が徴収された。長い歴史を感じる建築に風情たっぷりの庭園や錦里古街といった無料の開放区だけでも見応え十分なんだけど、せっかくだから60元を払って武侯祠の中まで入っていくことに。
三義廟
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三義廟と言えばもちろん主役は劉備・関羽・張飛の三兄弟。「桃園重義」は3人が「生まれた年月日は違えど、死ぬ時は3人同じやで」と義兄弟の契りを交わした桃園結義のことかな。三義廟の裏には桃園を模した場所なんかもあるけれど、これは全くの偽物で、桃園の誓いが行われた場所は楼桑村といって劉備の家があった場所になる。

「我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん。皇天后土よ、実にこの心を鑑みよ。義に背き恩を忘るれば、天人共に戮すべし。」
今思うと大変クサい契りのようにも聞こえんでもないが…

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いらっしゃいました。ちょっと現代人風にアレンジされ過ぎた感のある関羽(左)と劉備(右)の塑像。厳つい顔をしているのは威厳を保とうとしてなのか。


喧嘩っ早く荒くれ者のイメージがある張飛のキャラはブレないね。体格はもっとザンギエフみたいにムキムキだと思ったけど、これは晩年の張飛なのかな。

武侯祠
続いて諸葛亮の祠である武侯祠へ。諸葛亮の祠は中国の至る所に存在するが、その中で最も格式が高く最も有名なのが成都の武侯祠。

中央に太陽が如くピカピカに輝く諸葛亮が鎮座し、左側に息子の諸葛瞻、右側に孫の諸葛尚の塑像がそれぞれ並ぶ。


こちらも現代人風の諸葛瞻。それでもやっぱり描かれ方はスマートで、髭の感じもお上品w


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三国文化陳列室なる小さな展示コーナーもあり、三国時代の蜀の国土で出土した俑なんかが展示されている。


石に刻まれた人物の模写。

漢昭烈廟
ここから先の漢昭烈廟が劉備の祀られる恵陵。円周180メートルの円墳となっていて、竹林と朱の壁に囲まれた小路をぐるっと一周できるようになっている。暗君として後世の歴史書で評価される劉備の子・劉禅も一度はこの地に祀らたが、南宋の頃に廃祀となったらしい。

なんか、元来から劉備のお墓と霊廟があった当地に後世になって諸葛亮の廟が併合してきたんだと。それなのにこの地の名称が武侯祠にされちゃって…墓で眠る劉備の心境や如何に…。

【成都武侯祠と錦里古街】

住所:武侯祠大街231号
入場料:60元
営業時間:08:00-19:00


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【2017年成都・楽山旅行記】












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