荒廃しきったスコータイ最古の遺跡 ワット・プラ・パーイ・ルアン

続いては城壁北部のもう一つの見所、ワット・シーチュムから更に奥に進んだところにあるワット・プラ・パーイ・ルアンへと移動。

快調に遺跡群の中を走っていると、ワット・プラ・パーイ・ルアンに入る手前の料金所で呼び止められ、スコータイ遺跡北部への入域料として100バーツを徴収される。城壁の中央・西・北に入る度に料金が発生するのはまぁ仕方ないとはいえ、3箇所の通しチケットを用意できんものかね。係員の手際が悪過ぎるし、一々バイクを停めてお支払するのが面倒くさい。

ワット・プラ・パーイルアンではニョキニョキと聳え立つ大木の下にバイクを停めて小休憩。他に観光客もおらず、ひっそりと佇む遺跡を独り占めできる贅沢を味あわせてもらう。朝のスコータイは涼しいし観光客も少なく静かなので、遺跡公園の観光は朝の早い段階からされることをお勧めする。昼以降の城壁内とかチャリで走り回る観光客でごった返しますから、遺跡の雰囲気を堪能できん。

さて、ここら城壁の北部一帯であるが、どうやらクメール王朝支配下に於いては町の中心として栄えていたようで、碑文なんかからもスコータイ最古の寺院であるワット・プラ・パーイルアンを中心に集落が形成されていったことが判っているそうだ。

当時は三重の壕に囲まれた長方形の敷地の中に三基のバイヨン式プラーンが建てられていたそうだが、北側の一基を残して倒壊。現在ではプラーン一基と礼拝堂の基壇や柱、後世にタイ人によって建てられた仏殿跡のみが残っている。


東側からプレーンの方向を眺める。スコータイ王朝がクメール支配から独立を勝ち取った後に仏教寺院化されていったので、ヒンドゥーと仏教が敷地内に入り混じった格好となっている。

ひだり みぎ
一番東側には辛うじて残る遊行仏の姿が。煉瓦が剥き出しになった廃墟感が何とも物悲しい。


頭部は捥げ落ち漆喰は剥がれ落ちてしまっているが、右足が「るんっ♪」となっているので遊行仏の跡だと判る。

ひだり みぎ
わびしいというか寂しいというか悲しいというか…。歴史的に重要な寺院でありながら時代を経て完全に朽ち果てた荒廃っぷりが寂寥の感を誘う。


鉄分を多く含んだ土を固めて作られた柱は熱帯の強い日差しと雨に何百年も晒され続けた結果、抜け蜂の巣のような穴があき、傾いた物もあって今にも崩れそう。焼きレンガで造られた祠に至っては柱よりも脆く、根元から崩壊しきってる。

ひだり みぎ
こちらは嘗て台座を坐仏像が囲んでいたという仏塔。しかし、その坐仏像たちは見るも無残に変わり果てた御姿となっていて、瓦礫がランダムに積まれているだけのような惨状だ。


足の甲だけとか、見るも無残にもほどがある。


東から入って一番奥にはスコータイの町の発展の中心となったプラーンが見える。

ひだり みぎ
こちらは随分と修復の手が入っているようで、表面に施された細かい彫刻やブッダが描かれた漆喰のレリーフを見ることができる。

ひだり みぎ
崩壊したプラーンの中に残る女性器の象徴・ヨニ。こいつは男性器の象徴でシヴァ神の男根を象ったリンガを置く台で、リンガにかけた水がヨニの溝を通って流れ出た水を飲むと、子宝に恵まれると考えられている。

ひだり みぎ
プラーンの奥にはスコータイ時代に建てられたとみられる結界石で囲まれた本堂の跡があり、基壇・柱・仏座像が残っている。


ヒエっ…。この演出は…。切断された生首を抱えさせるとか、ホラーもいいところだ。



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【2016年スコータイ・ピサヌローク旅行記】















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