開発区から大連市内の屋台街へ

広州から飛行機で4時間かけて大連に到着。こんな長距離のフライトでも国内線というのが何とも超大国中国である。今回は土曜日夕方に大連入りし、夜は大連市内の街歩き。明日日曜日の朝には旅順へ行き、夜には大連市内で客先と会食というキツ目の計画だ。

宿泊先は大連市内から電車で約30分、日系企業が密集する大連開発区内にあるホテル。チェックイン後に速攻で開発区駅へと向かい、大連火車駅から金石灘間13駅49.1kmを結ぶ大連快軌3号線に乗って市内へと向かう。

6:30~18:30の間20分間隔で運行されているらしいが、何故にこんなに終電の時間が早いのか。大都市・大連へ向かう路線なので夜間運行の需要はあるかと思うのだが…
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電車内には2×2のボックスシートが並び、どの車両も満席。広東省の人と比べてやっぱり北方の人は体格が良いので余計に窮屈に感じる。

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車上で爆音鳴らして音楽聞いたりドラマ見たりする輩がいない分だけ南方の人民たちよりは行儀が良いみたいだ。

2004年9月29日に開通した大連火車駅に到着。火車とは火炎放射機を装備した戦車のような字ヅラであるが、ただの電車のこと。
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全面ガラス張りの駅舎が特徴の火車駅は、混雑緩和のため乗車専用ホームが中央1面、降車専用ホームがその両側に2面の3面2線となっていて、乗降ホームが分離されている。

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駅前広場を含む駅周辺は出店や屋台があり凄い賑わいを見せている。叫び声にも似た客引きの声に、謎の街頭演説、大音量で流れるダンスミュージックに合わせて踊る人民たち…南も北も中国の活気は変わらぬようです。

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ひだり みぎ
屋台では食材を選んでその場で調理してもらう。食材、料理方法、味付けも全て好みのままにというスタイルの屋台が主流のようだ。煙と匂いがたまらない。

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客足の途絶えない炭火焼串焼き屋は定番の羊肉や鶏皮、鶏軟骨、豚軟骨だけでなく、大動脈や腎臓などもメニューにありました。一本一元(16円)からという良心的なお値段。ここいらには庶民派グルメだけではなく、ウニや牡蠣、アワビにナマコなどの高級海鮮食材などを使った料理なども供されていて、ここら一帯が何でもありの巨大大衆食堂といった様相を呈している。

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先程の串焼きに続き、軽い晩飯を摂ることに。その名もごちゃまぜ海鮮炒め。見た目は“あれ”だが、歯ごたえ最高の海鮮ネタばかりの逸品だ。

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こちらは天津街、出店が連なる夜市のようだ。一人前100円程度の串焼きや焼き物、煮物、揚げ物など一品料理の露店が集中。

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見渡す限りの人・人・人!!!それぞれお気に入りの屋台で買ったスナックを嬉しそうに頬張りながら夜の道を歩く人民たち。皆、幸せそう。

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職人さんが腕を奮って作る一品料理の数々。ベルトを緩めてかかるも、いくら胃が有っても足りん…

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大連といえばやっぱり海鮮だな~。ここにもカニやナマコ、アワビにホタテなどが並んでいる。

時間は足りなかったがすっかり夜の大連を楽しめた。終電の電車が無いのは分かっていたが、バスか何か出ていないかと思い一度大連駅まで引き返すと、白タクの運チャン4~5人に囲まれる。私みたいな終電逃しの民向けに営業活動しているのだろうが、200元とか吹っかけてくるので頼みずらい。『電車もバスも無い。俺らに頼むしかないぜ。』とか言って思いっきり足元を見る悪徳商人だ。

暫く聞いて回るもどうやら本当に夜行バス的なものもないらしく、メータータクシーとの交渉に入るも、なかなか開発区まで行ってくれない。結局、人の良さそうなメータータクシーのおじさんと100元で商談成立、無事に戻れることに。

タクシーに乗車し、いざ出発すると、所々で停車して『有没有去開発区的?(開発区行く奴いないか?)』と言って同乗者を募りやがる!そんなことすんなら最初に言えよ!と思うのだが、東北ではタクシーの相乗りが一般的なのだろうか…
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結局見知らぬ中年男性と相乗りで開発区まで戻る事に…


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