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広州の買物街・状元坊と上下九歩行街


3月1日金曜日、20:00前にホテルチェックインを済ませ、広州の目抜き通り・北京路にも匹敵する賑わいを見せると言われる上下九歩行街へ繰り出した。買いたい物は…特に無し。今週は月~金でオフィスに缶詰め状態、不良対応につきっきりだったので、ちょいと賑やかな所に出て憂さ晴らしがしたいだけである。

地図を片手に、広州解放記念像から西に延びる一徳路を西へ進み、人民高架路で方角を変え、一路北へ。後は高架に沿って歩けば上下九歩行街の東側の出発点である上九路に突き当る。

計画通りに高架路を北に折れ、上九路を目指して歩いていると、何やら右手に賑やかな小路を発見。

通りの入口に構えられた古風な門にはアーティスティックな筆文字で『状元坊』と書かれている。


門をくぐった先の小道は幅5m程度と狭く、道の両側に建つ建物の1階部分に小さな衣服店舗群が犇めいている。全長も300m程度と非常に短い通りなのだが、若者を中心に賑わっている。


小通りに面した建物にはこのような玄関口があり、ジャングルの様にうねうねと細道が入り組む内部に小店舗がびっしりと詰まっている。間口は狭いが奥が深いスタイルの状元坊、何と700年以上前の宋代から嶺南地区特有の民芸品商店街として栄え、明清代には舞台衣服や羽毛団扇、三角線香などの専門商店として発展した歴史のある通りだそうだ。

ひだり みぎ
ひだり みぎ
建物の中に入ると、外からは想像もつかない程に奥行きがあり、主に若者向け衣類を扱う小店舗がひしめいている。良い色のジーンズがあったので試着依頼をしたところ、何と試着は布切れ一枚のみで仕切られた“超簡易試着ルーム”で行うことになったのだが、布が小さい為に隠しきれていないので、通行人と目があったりしてしまう。女性が着替える際もこんなにオープンな環境での試着を強要されるのかは定かでない。

一通り状元坊を冷やかした後、本日の最終目的地である上下九歩行街へと向かう。状元坊からは北に約200メートル、人民高架路を北上して10分も立たずに上九路の標識を発見。

この上九路は西に進むにつれて下九路、大十甫路と名前を変えていく。この東西に真っ直ぐ伸びる通りが有名な『上下九歩行街』と呼ばれる区域で、其の中心地が歩行者天国となっている。


石畳の道は行きかう人達で覆い尽くされている。通り全体に熱気が渦巻いていて、手をパンパン叩き大声を出す客引きや、店舗から流れ出る大音量の中華ポップ音楽が賑やかさを更に引き立たせる。一週間たまった憂さを晴らすには十分な活気だ。

ひだり みぎ
道の両側には大規模なセールを展開する衣料品量販店や食べ歩き用の飲食店などが軒を並べて活況を呈している。バキュームカー並みの強烈な異臭が原因か、唯一『臭豆腐屋』だけには客が集まっていないようだ。臭豆腐とは発酵させた豆腐を油で揚げた料理なのだが、熱した油で臭気が発散されることで異臭が遠方にまで行き渡る。公害そのものである。

ひだり みぎ
こちらはネオンが眩しい中心広場。

ひだり みぎ
中心広場から以西に行くと、騎楼と呼ばれる嶺南伝統の建築様式の建物が道の両側に広がり、古き良き広州の雰囲気を味わうことができる。

ひだり みぎ
嶺南建築は2階部分が通りにせり出していて、雨や夏の強い日差しが避けられる構造になっている。この“騎楼通り”には1936年創業の老舗レストラン『広州酒家』、魯迅も愛した飲茶の名門店『陶陶居』や広東菓子の名店兼食事処の『蓮香楼』なども出店している。


飯は済ませてしまっていたのでレストランは敬遠したが、折角なので百年の歴史を持つという菓子屋の蓮香楼で土産物を調達することに。

ひだり みぎ
店内の様子が描かれたパッケージが高級感を漂わすアーモンドクッキーと、パイナップルケーキ、マンゴーケーキ、エッグロール等を両手に持ちきれない程購入。これ以上の散歩はできないと判断し、両手一杯に買い物袋を抱えてホテルに戻ることにした。

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