ベトナムで接触事故に巻き込まれた!

本日はまたも朝からローカルバスに乗って中華街(チョロン)に行くことに。ローカルバス乗車、屋台食挑戦と、確実に一歩一歩現地化への歩みを進めております。

前回同様、1番のバスでチョロンに向かいます。バスは小雨降りしきる中、快調に運転を続け…

突如として…ドスン!!後方から強烈な衝撃が見舞われる。直後、乗客がニャーニャーと騒ぎ立て、運転手は鼻息荒く凄い剣幕で何か怒声を上げながら外に飛び出していきました。確かにバスの運転手側に何らかの過失があったとは思えない。走行中、急に後ろからガツンとやられたので、運転手が血相を変えるのも無理は無い。


『貴様、ワイのバスに何やってくれてんねん!!!』目尻を吊り上げて抗議するバス運転手(手前、水色のシャツ)。

この時点で乗客は野次馬見学しに外に出ていったので私も加勢。

ニャーニャーニャー。


ニャーニャー


特に誰が仕切る訳でもなく、皆『まいったな~』みたいな感じになってる。3人寄っても4人寄っても文殊の知恵とはなりません。


『まいったな~』

この後の展開がどうなるのかと思いきや…


『まっ、いっか。じゃあ、俺、もう戻るよ?』
えええぇ!!?そんなんで終わり?連絡先の交換とかいらないの?物の2~3分話し合っただけであっさり協議終了。過失割合とかが決定されたとは思えないし、何よりさっきまで怒声上げて目を吊り上げてた怒りは何処へ消えたのか運転手よ!!その後何事も無かったかのようにバスに戻り運転を再開、チョロンに向かいました。

何か良くも悪くもあっさりしてるよな~ベトナム人。米軍を敗戦に追いやった粘り腰は鳴りを潜めてしまったのであろうか。まぁ面倒な惨事に巻き込まれずに良かったと言えば良かったのですが…

Related posts(関連記事):

450年前の日本人商人のお墓(谷弥次郎兵衛、蕃二郎)
時は15世紀末、世界の覇者ポルトガル・スペインによる新世界「発見」を皮切りに大航海時代の幕が開き、世界は急速にその距離を縮め、東西様々な文化の「出会い」の機会が創出された。このような時代背景の中、極東の島国・日本にも南蛮船が到来、鉄砲やキリスト教などの海外文化が伝えられた。こうした“外世界”との接触は日本の為政者の視線を広く世界へ向かわせ、日本と海外との本格的な文化・経済の交流が始まった。殊に17...
宿泊記 超イビス級クオリティ イビスサイゴンエアポート
この日はホーチミンでのトランジットでサイゴンタンソンニャット国際空港近くのイビスサイゴンエアポートホテルに宿泊。 いまでこそIHG系列のHoliday Inn and Suites Saigon Airportがオープンしてますが、当時はまともそうなエアポートホテルってイビスくらいのもんだったんですよね。正直、うっわー、今日の宿はバジェットホテルのイビスか…と全く期待せずにホテルへと向かいました...
バックハーのカラフルサンデーマーケット
けたたましいベトナム人のイビキと共に夜行列車に揺られること9時間、朝の6時ちょうどに寂びれた国境の街・ラオカイへと到着する。このラオカイ、中国との国境の接している為、漢字名もあったりする。その名も老街。ええ、その名の通り、本当に古びれた辺境地の小都市といった印象だ。駅前に屯していた数多のタクシードライバーの勧誘攻撃をしなやかに往なしつつ、事前に予約をしていた駅前のホテルへと足を運ぶ。SPG修行中だ...
ホーチミン記念館
サイゴン川沿いに建つホーチミン記念館の訪問記。ホーチミンは自己の見識を広げて母国を植民地支配から解放したいとの大志を抱き、若干21歳の時にこの地からフランス船“Latouche Treville”の見習い船舶料理師としてフランスに旅立ちました。志のある者は行動力が違います。 入館料はVND 10,000 (≒40円)。広大な敷地に… 控え目な規模の記念館。 記念館前の広場...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。