The Refinery

今週は出張続きでバタバタしておりましたが、今日でようやく一段落。来週の月・火でこちらでの仕事を切り上げて、水曜日にはベトナムから解放されることとなりました。
今日は昨日寄ってきたホーチミン第一区にある興味深いレストランのご紹介。その名も“リファイナリー”=精製所の意。

一体何を精製しているのでしょうか?先に種明しをしてしまうと、こちらのレストランの建物では、仏国インドシナ統治時代にインドシナ半島随一のアヘン精製量を誇る工場として、ベトナム人の安工員が大量のアヘンの精製に従事させられていたとのことです。先週末に東莞のアヘン博物館巡りをした私にとっては非常にタイムリーなので、あわよくば店主にも話をいろいろと聞いてみたいと思い隙間時間に足を運んでみました。

場所は市内中心部のオペラハウスからも程近い、Hai Ba Truong St.×Cao Ba Quat St.角の小広場の中になります。
東南アジア・中国の生活/旅行日記
仏国の植民地経営においてもアヘンは重要な戦略物資となっていたのでしょう。

Hai Ba Truong通りからも入れますが、私はCao Ba Quat通りから入りました。
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広場への入り口。『Beirut Garden』のいかにも東南アジアチックな発光ネオンが目印。
通りの向かい側には『Argentinian Stakehouse』が。何とも国際的な一帯です。

階段を登り切りBeirut Gardenレストランを抜けると小広場に達します。
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レバノン料理になるのか地中海料理になるのか。ここも後日訪ねてみたい。

広場に抜けるとこれがアヘン工場であったのであろうクリーム色の建物を発見。こ規模を見るとどうやら工場の一部だけが保存されているようだ。
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横に伸びる長屋のような建築物に3店のレストランが軒を並べています。

その真ん中がRefinery。
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小広場の客先は大多数が西洋人。広場に並ぶ西洋風テラスの雰囲気と相まって、ここがベトナムだということを忘れさせてくれます。

生憎の天気にも関わらずオープンテラスには常連であろうと見受けられる客が多く入っています。
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私は客先とのお食事が控えているので今回はビール1杯のみの注文と決めています。
中のバーでは各種ドリンクが用意されています。この日は残念ながらオーナーは不在であった。
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ビールはVND 40,000 (≒160円)~ カクテル類は75,000 (≒300円)~ ワイングラスはVND 94,000~とリーズナブルな価格帯。16:00~19:00はハッピーアワーでアルコール類は30%offとなるそうです。

地場ビールのおススメは何かと聞いたところ
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サイゴンビール(赤)が登場。くっそ熱い東南アジアで飲む冷えたビールはもう最高。

コースターにはアヘンの原料植物であるケシの花が。
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この花の実から出る乳液を乾燥させたものがアヘンです。

店内には当時を思わせる絵画が多く展示されています。
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当時のアヘン工場の正門。
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この門の一部はHai Ba Truong通りから小広場への入り口に未だ健在です。

アヘン輸送中(?)の汽船。
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1899年にインドシナでのアヘン貿易独占権を獲得したフランスは、インド産アヘンをサイゴンで精製し、この地からインドシナ半島各国に輸出を行ったそうです。植民地運営の収益化という目標通りにアヘン事業が拡大されていき、1938年時点では総督府の項目別税収ランクではアヘンがトップになるまでアヘンが社会浸透していきました。

店内は静かでビールを片手に当時のサイゴンに思いを馳せるにはちょうど良い。
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雨なのに西洋人は皆テラスの方で飲んでます。

店内は私だけだったのでウェイターは手持無沙汰にしていました。
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西洋人が集まってガヤガヤする場所かと思っていましたが、結構な雰囲気のあるレストランでした。

お食事も西洋料理が上品に供されておりました。お客さんの腹を見ると良く肥えていたのできっと料理も美味しいのでしょう!

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コメント

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    >masahiro020さん
    どうも当時の欧米列強はアヘンを税収目的で扱っていたようです。英国は東インド会社を通じて印製アヘンを清に売りつけてアヘン戦争に発展(1840年)⇒仏印成立(1887年)⇒仏印アヘン事業急拡大といった流れなので、英国の植民地運営にあやかる形で仏国がアヘン事業に乗り出したのではないでしょうか。アヘン戦争後の反アヘン気運の高まりで中国のアヘン常習者たちが仏印まで南下していったということも十分に考えられます。このアヘン戦争の舞台が私のいる広東省だったというのに全くもって反英的な話にならないのは何故かと思ってしまいます。