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幽玄の地に建つチュト寺院(チェト寺院)へ


スクー寺院の見学を終え、今度はチュト寺院へ。チュト寺院は先に訪問したスクー寺院から約7kmほど北にあり、標高もスクー寺院から500m程高い1,500m地点となるので、バイクで八甲田山級の高さまで駆け上がることになる。


先ずはスクー寺院からグロロッ村の分岐点へと下山し、分岐点の丁字路をソロとは反対側へと折れ、さらに上へ上へと天界への距離を縮めていく。

ひだり みぎ
ラウ山の中腹では小高い場所から先を見ても遥か彼方まで一面茶畑で、自身の四方全てが緑という茶畑の大海原に囲まれる。なんとも生命力溢れる絶景だ。インドネシアの地理情報を見る限り中部ジャワ島は降水量こそ少ないが、火山島のために保水力に優れ湧水量も豊富なので高い農業生産力を維持できるのだろう。


そんな茶畑の間を縫うように参道がクネクネ伸びていく。

ひだり みぎ
プランテーション畑を抜けると、今度は標高1,000m超の山肌に果てしなく続く高原野菜畑が増えてくる。

九十九折りの急斜面をアクセル全開、両の手でふんばりながら深く険しい山の中腹へと入っていく。
ひだり みぎ
ぐんぐんと高度を上げていくと雲にでも突っ込んだのか濃霧に覆われ、寸分先は闇という状況まで視界が遮られる。

ひだり みぎ
雲を突き抜けた先にある見晴らし。道中の苦労を忘れさせてくれる絶景だ。この道のりの体験こそがチュト寺院の魅力をより深く大きいものにしてくれる。流れる雲、見渡す限りのプランテーション、冷たい風、空気に吸い込まれる鳥の声、そういった諸々の要素こそが神秘的な寺院への素晴らしいアプローチとなっている。

スクー寺院から30分ほど走っただろうか、ようやくチュト寺院に到着した。

駐車場にはISISのリクルート活動に対する警告の横断幕が掲げられている。「日本の外交使節をマレーシアやインドネシアで狙え」などという呼びかけもされてるくらいだから他人事ではないが、まさかこんな山奥でこのような横断幕を見るとは。

ひだり みぎ
飛鳥の猿石を彷彿とさせる間抜けな感じの門番の奥に見える割れ門。まるで異界に通じるゲートのようでジャワの宗教建築としては飛びっ切りの異彩を放っている。

ひだり みぎ
この恍惚の表情を浮かべ天を見上げるモアイみたいな石像は神官なのだろうか。明らかに東南アジアの人物を模したものじゃない。ヒンドゥー色よりはイースター島などのポリネシアの遺跡に通じるものを感じるし、ディエン高原に残された遺跡の雰囲気とも合致しない。やっぱりチェト寺院は巨石文化と結びついて発展した独特の山岳信仰の聖地なんだろう。


第一の階段に設置された割れ門を通過した先のテラスから山腹にある本堂側を眺める。チュト寺院も山の斜面を上手く利用して造られていて、山頂方面に向かって奥行きがあるのが良く分かる。一番奥に設置された本殿近くはうっすらと妖気を伴うような霧が立ち込めていて、酷暑の下界とはかけ離れた天上界の聖地といった幻想的な雰囲気で、まさに幽玄の地という表現がぴったり。


第二の割れ門。参道を歩むにつれてチュト寺院の全貌が明らかになってくる。

ひだり みぎ
第二の割れ門の先、本殿正面のテラスにはナマズやカメ、ネズミ、さらには男根まで一緒くたにされ、宇宙と交信していたかの如く石が魔法陣のように規則的に積み重ねられている。恐らく土地の豊饒や民族の繁栄への祈りを表したものだろうが、自然信仰を象徴するような彫刻が集まっていて、独特の宇宙観や生命の神秘のようなものを感じてしまう。生きとし生けるもの全てに対する尊敬の念、自然への畏怖とが絡み合い、古からのアミニズム信仰をベースとした独特の山岳宗教ならではの遺物ばかりで興味深い。


こちらはスクー寺院でも見たような物語性のあるレリーフ。寺院内にある他の石仏は風化度合いが強いのに、この石だけは角も残ってはっきりとした状態が保たれている。最近になって掘られた作品を置いてるんじゃないかと勘ぐってしまうというか、どうもこのレリーフだけ時代錯誤感というか、浮いてる感じがするんだよな。

ひだり みぎ
第三の割れ門を通過し、更に上へ上へと目指す。


本殿前の瓦屋根の祠にはリンガが祀られているが、なんか形が本物志向というか…。神聖なものと分かっていても、インドネシア人の若い女性が嬉々としてこの像をペタペタ触る姿を見ると、なんとも苦笑いしてしまう。


最後の割れ門は随分と狭い。上へ登るほど門が小さく狭く造られているのは、遠近法を利用して神聖な場所へ近付く雰囲気を演出する為か。


一番奥の神殿は半ピラミッド状で、これまたヒンドゥー教寺院としてはユニークな形となっている。建造時期はインドネシア各地でイスラム王国が興隆し始め、インドネシア最後のヒンドゥー王国・マジャパヒット朝が凋落期を迎えていた1473年とされている。ジャワ島のヒンドゥー教徒はジャワで影響力を拡大するイスラム化の波に追われるように山奥の僻地や隣の島・バリ島へと離散していった。


イスラムに追われたヒンドゥー教徒の亡命者達が山間のこの地に逃げ延び、まるで隠れるようにこの僻地に秘密基地的な寺院を築いたのだろう。いわばジャワに於けるヒンドゥー文化の集大成であり、最後の華である。


本殿から下山する途中、脇道に折れて奥の院を目指すことに。別途2,000ルピアの入場料を払い、ひたすら山道を山登り。

ひだり みぎ
本殿の奥ばった所にひっそりと建つ祠。


祠の中には聖水が湧いている。成分的に美容効果があるのだろうか、若い娘たちがしきりに聖水を顔に塗りたぐっていた。


神殿、奥の院と見て回り、寺院の入り口から山の下を見下ろしてみると、寺院がまさに雲の上に建てられていることを実感する。

【チェト寺院(Candi Ceto)】
住所:Desa Gumeng, Kec. Ngargoyoso, Kec. Karanganyar, Jawa
入場料:10,000ルピア

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