ヒンドゥー教の美術文化を象徴するプランバナン

シェラトン・ムスティカジョグジャカルタリゾート&スパでチェックイン。深夜便で香港からジャカルタに飛び、朝一の便でジョグジャカルタへとやって来た。この時点で朝7時。さすがにアーリーチェックインはできなかったが、ホテルの無料シャトルバスが出る8時までクラブラウンジで朝食を摂りながら休ませてもらえることに。シェラトンジョグジャはSPGカテゴリー1という最低ランクに属しているので心配だったが、そこは腐ってもシェラトン。安定のシェラトンクオリティで迎え入れられてホッとする。

ラウンジで軽食を摂り、08:00の無料シャトルバスで世界遺産に登録されているプランバナン寺院群へと向かう。

プランバナン寺院群は8世紀から9世紀に現ジョグジャカルタ東部に繁栄した古マタラム王室のヒンドゥー教寺院跡で、主に儀式や供犠に利用されていた宗教施設の遺構と考えられている。8世紀から9世紀といえば、ジョグジャカルタ北西にシャレインドラ王朝の大乗仏教の大寺院跡・ボロブドゥールが建造された時代と被る。現代人からすれば一地域に別々の宗教を信仰する二つの王権が併存し得たことは非常に不可解だが、古マタラム王国とシェレインドラ王国は王族同士の婚姻で縁戚関係にもあり、宗教の違いを超えて友好的に交流していたことが碑文研究から分かっているそうだ。凝り固まった価値観で雁字搦めにされた人間ばかり、宗教や文明間の衝突が頻発する現代の世に生きる人間としては羨ましい話である。

そんなプランバナン、今では異文化・異国民に対して随分と排他的になってしまったのか、入場料は自国民と外国人であからさまな二重価格が設定されていて、入り口すら分けられている始末。格安の現地人価格に対して外者価格は225,000ルピア(≒2,000円)。VISAもMASTERも使えますよ、と。長引く遺産修復費用が入場料に転嫁されているのだろうけど、それにしても外国人に対して強気な価格設定だ。

外国人観光客は入場時にこのようなサロンを巻いてもらえるが、これはチケット代に含まれるお土産ではなく、出口できっちり回収される。入場料を考えるとサロンの一枚くらい貰えるのかと思ったのだが、「Is this salon included in the admission fee as a souvenior?(このサロン、入場料に含まれた土産物ですよね?)」と問い合わせたところ、スタッフの気に障ったのか、怒りの一瞥と共に「NO! YOU SHOULD RETURN IT AT EXIT」の回答を頂く。

借り物のサロンを巻いてもらったことだし、早速プランバナン史跡公園に入ってみよう。
プランバナンは5km四方の史跡公園内外に無数の寺院遺跡が点在する遺跡群で、その核心はヴィシュヌ・シヴァ・ブラフマーというヒンドゥー教三大神に捧げられた神殿跡の残るロロ・ジョングラン(痩身の乙女)遺跡群である。名前の由来は嘗ての王女ロロ・ジョングラン。王女の国は非常に強力だったが、敵の将軍バンドゥン・バンダワサにより父を殺害され、国は滅亡に追い込まれる。プランバナンの地を平定した敵将は王女ロロを娶ろうとするが、ロロは父を殺された恨みから敵将の求婚を拒否し、知恵ある臣下の進言で「一夜で千の寺院が造れたら結婚する」と苦し紛れに条件をつける。ところがこれを聞いた敵将は超自然的な力を操り、精霊の力により次々と寺院を建てていく。ありゃあえらいこっちゃ!
これを見たロロは村人に命じて東の大地に火を起こし、火の明るさから日の出と勘違いした精霊たちは急いで闇に逃げ去ってしまった。この時点で完成された寺院の数は999。ほんまかいなと思わざるを得ないが、なんとか危うく王女は助かった。しかし、怒れる敵将は又もや魔法を使って王女を石に変え、1,000基目の寺院に閉じ込めてしまう。これが現在に伝わるシヴァ堂で、北の部屋に収められたドゥルガー像が石になったロロ・ジョングランだと伝えられているのだそうだ。なーんか話の構成が鬼岩階段の物語に瓜二つ。


ロロ・ジョングランの建造は856年、サンジャヤ朝・古マタラム王国のピカタン王によって着手され、907年にバリトゥン王により完成された。しかし、10世紀前半には王都がジャワ島東部のクディリという都市に遷都されたことから、プランバナンはあっさりと見捨てられてしまう。遷都の理由はムラピ山の火山とも伝染病の流行とも言われるが、定かではないようだ。

ロロ・ジョングラン内のそれぞれの建物の位置関係の把握は航空マップが分かり易い。

西側に左からブラフマー神殿、シヴァ神殿、ヴィシュヌ神殿が建ち、東側には相対して乗り物堂と呼ばれる3つのヴァーハンが並び、それぞれの堂の中に各神の乗り物が祀られている。ブラフマー神は水鳥・ハンサ、シヴァ神は牡牛・ナンディー、ヴィシュヌ神は怪鳥・ガルーダにそれぞれお乗りになられていたそうだ。

では、プラットホーム内に入ってみよう。
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入って早々、崩壊しきった小祠堂の残骸の山が雑然と積まれている惨状に驚愕する。これらの瓦礫は1549年のジャワ島大地震で寺院が廃墟となってしまったことによるものらしい。1930年代から復元活動が始まり、現在も石職人がゆるーく修復活動にあたっている。

ひだり みぎ
近づいてみると、これらの残骸がタダの岩石ではなく、美術的価値の高そうな寺院パーツの集積であることが分かる。224基にもなる宗教施設が廃墟となったものらしいので、全部復元されたらさぞかし壮観な眺めとなるだろう。


オンサイトで作業にあたる職人たち。ロロ・ジョングランの至る所で職人が腕を振るっている。創造神・ブラフマー、維持神・ヴィシュヌ、破壊神・シヴァを祀るロロ・ジョングランだが、このロロ・ジョングラン自体が創造→維持→破壊の輪廻の中にありヒンドゥー教の真理を身をもって示しているというのが何とも皮肉なものである。


東側からの眺望。正面手前(東側)に乗り物堂が並び、その奥(西側)に山脈のように連なった三大神殿の姿が見える。不自然に正方形に切り取られた神秘的な空間の中は多様な神々が集う聖地として神々しい空気に包まれていて、自分が神域に足を踏み入れたことを実感する。

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眩しいくらいにカラフルなヒンドゥー教のスリ・マハマリアマン寺院も良かったけど、モノクロ寺院も神秘的で威厳を感じさせて宜しいものだ。

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乗り物堂の一つに近づいてみる。


階段の欄干の獅子や入り口上部に掘られた鬼神カーラが侵入者を威嚇する。パッと見、迫力はあるんだけど、よくよくみると滑稽味があるというか、表情豊かで愛嬌がある。


続いてド迫力の神殿に接近する。ボロブド-ルと同じように火山岩を積み上げた塔なのだが、厚みも高さもあるので重量感に圧倒される。アンコ-ル・ワットが鬱蒼とした森林の中に残る『神秘の塔』なら、ブランバナンは熱帯の空に向かって屹立する『炎の塔』か。地面からすぐに建っているのでアンコール・ワットと比べると規模が小さく感じるが、一つ一つの塔は十分な高さがあり見る者を圧倒する。

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神殿は下から基壇(人間界)、堂(神を祀っている神話界)、尖塔(天界)の3つの部分で構成されている。その基壇は34m四方の正方形で、人間や動植物、ヒンドゥー教の説話に纏わる神々の彫像やレリーフが刻まれている。その上の堂には『ラーマーヤナ』のレリーフが絵巻物のように壁面びっしりに描かれ、最上段は球形の鐘に円柱を通した仏塔のような塔形飾りに覆われている。やはりどこか仏教的な設計だ。


堂宇の壁面をアップしてみると、美しい神像やレリーフがひしめくように隙間なく刻み込まれている。とても石に彫刻したとは思えないほど柔らかな表情で躍動感があり、神々の像や繊細な装飾は見ていて飽きが来ない。なんたって、途方もない富や時間、労力が凝縮され完成したジャワ建築の傑作だ。寺院に込められた古代の人々の技術や情熱、信仰心の厚さなんかが強烈に伝わってくる。


ボロブドゥールが大地に根を下ろしたような安定感のある建造物であるのに対し、ここプランバナンでは聖堂がほぼ垂直に天に向かって聳え立ち、なんともいえない躍動感を感じる。その中でも主神殿の中央にあるシヴァ神殿の高さは47mもあり、8基の塔状の神殿が林立する敷地内でも圧倒的存在感を誇る。


階段入口には海の怪物マカラの像があり、ここでも入り口上部には魔除けカーラが掘られている。階段を上がった先には回廊と東西南北の4つの聖室があり、それぞれにヒンドゥー教の神が祀られている。

回廊にはラーマ王と彼の妻シーターの物語を伝える古代インド叙情詩「ラーマーヤナ」を描写した62のレリーフが並んでいる。どれもワクワクする素晴らしさだ。
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シバ堂の東側の階段を昇り、アーチをくぐってから時計回りに進めばラーマヤナ物語の順を追って見ることができる。

ひだり みぎ
ダイナミックな動きや生き生きとした表情が上手く表現されている。人物より模様や怪物が目立ったアンコールの遺跡に比べ、ジャワの遺跡は人物が際立っている。そして、もう一つアンコールとの違いはレリーフの深さ。アンコールのラーマーヤナ彫刻はほとんど線刻に近いが、プランバナンは彫りが深くかつ精巧。『世界で最も美しいヒンドゥー様式の遺跡』というキャッチフレーズは的を得た表現だ。

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こちらはローカパーラという方位神。一体一体姿が違い個性的な美しさが味わえる。彫りが深くてレリーフと言うより彫刻で、聡明・冷静な表情が細部まで表現されているし、丸彫りに近い神々の姿は官能的・肉感的で美しくもある。古代の石職人、良い感性してまっせ。アンコールのアバターより美しい。

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獅子を挟んで左右に天樹と半人半鳥のキンナリー・キンナラ。


回廊にもストゥーパ状の彫刻が並ぶ。カボチャの上に生えたリンガみたいな形をしてる。


いよいよ聖室に入る。東西南北それぞれの面に小部屋が設けられていて、その一つ一つの薄暗い空間にヒンドゥーの神が祀られている。

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(左)東の小部屋に祀られている破壊と創造を司るシヴァ神。(右)南の小部屋に祀られている聖仙の長・アガスティア。ギリシャ神話あたりに出てきそうな名前だが、アガスティア氏はインド北部から南部へヒンドゥー教を広めた著名な聖者であり、その布教活動の功績で崇められているという。

続いて西と北の聖室にお邪魔する。
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(左)西の小部屋に祀られているガネーシャ(シヴァの息子)。ガネーシャは富と繁栄、知恵と学問を司るの神。(右)北の小部屋に祀られているドウルガ(シヴァの妻)。このドウルガさんこそ敵将の求婚を断り石にされたロロ・ジョングラン王女とのことだ。絶世の美人。確かに優雅で気品があり、その美貌にあやかりたいとする現地人女性の間で絶大な人気を誇っているようだ。えらい艶めかしい女性の神様で、私もすっかり魅了されてしまった。

ロロ・ジョングランの主人公にも拝めたし、出口の方へと向かうことに。

圧倒的存在感。

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同じジャワ島に於いては大乗仏教のボロブドール遺跡の陰に隠れ、ヒンドゥー遺跡としてはアンコールワットの引き立て役になってるというか、どうも二番手の目立たない存在といった感じの印象だったプランバナン遺跡ですが、なかなかどうして素晴らしい遺跡じゃあありませんか。永遠に残したい人間の偉大な遺産で、一件の価値あり。


入場口で借りたサロンを返して一路北へ。後ろ髪を引かれる思いでロロ・ジョングランを後にして、史跡公園の北部にある寺院群へと向かう。

【プランバナン遺跡群】

   入 場 料 (1名様)
大 人
学 生
プランバナン遺跡群のみ
US$18
US$ 9
プランバナン遺跡群 + ボロブドゥール遺跡
US$30
US$15
プランバナン遺跡群 + ラトゥ·ボコ遺跡
US$25
US$12.5

営業時間:06:00-17:00 *ラマヤナ舞踏劇は19:30~21:30。
ジョグジャカルタ市内からのアクセス:トランスジョグジャのNo.1Aに乗りプランバナン下車。バス停から「プランバナン歴史公園」まで徒歩約15分。



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