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チャンパ王国の聖地跡・ミーソン遺跡


今日は、シンツアリストで申し込んだミーソン遺跡ツアーに参加する。遺跡で朝日を見る洒落たツアーなんかもあるようだが、私のようなおっさんには早起きは億劫だし、ここは無難に通常のツアーを選択。07:40にホイアンをバスで出発し、数時間のツアーを経て13:00にホイアン着となる。帰りの足をボートにするオプションもあったが、悪天候が予想されるし、ボートの場合はホイアン着が14:30と遅れてしまうので、ベーシックプランのバスで行き返りすることに。ツアー代金はVND99,000(≒500円)。これプラス、遺跡入場料のVND100,000は自己負担だが、それでも十二分に安いベトナムのツアー。まぁそのぶん質も…

参考までにシンツアリスト ホイアンオフィスのツアーメニューを張っておく。
シンツアリスト ホイアン

さて、シンツアリストの受付嬢曰く07:30にホテルでピックアップとのことだったが、所定の時間になっても誰も迎えに来ない…おっ!来た!と思ってミニバンに乗り込もうと思ったら違うツアーだし。朝飯を急いでかっ食らってまで5分前行動したのに…時間厳守は日本人だけですか。
07:55、「これ、もしかして、もうツアー行っちゃってんじゃね??」不安になってシンツアリストに電話。すると女性が電話に出て、「大丈夫、心配するな。待て。」と。わざわざ電話かけてきやがって、うぜーなぁくらいのトーンで物言いしてやがったが、待たされて心配した私は被害者じゃないのか?ちょっと戸惑う。時間にきっちりというのは美徳であると思うのだが、世界的に見たら日本人の感覚は奇異に映るんだろう。

08:00、無事にピックアップされる。いつバスが来るか分からなかったので、その間、ずっーと外で待機させられたが、ガイドは悪びれる様子もない。その後、幾つかのゲストハウスでツアー参加者を拾ってから、やっとこさミーソンに向けて出発する。参加者は40人程で、アジア人2割の欧米人8割くらいで、アジア人はシングリッシュを操るシンガポール人のむさくるしい男の集団と日本人カップル1組、韓国人親子1組という構成だ。気になるバスの隣席には、やたら薄着で目のやりどころに困るフランス人のおばちゃんが着席した。おばちゃん、旅行で開放的になるのは分かるが、無防備すぎですよ!失礼かもしれんが、年齢を弁えようぜ!

ひだり みぎ
ミーソンまでは約40Km、トゥボン川を南西方向に遡上、美しい田園地帯を走り抜け、深緑の山々に囲まれたミーソン圏谷まで移動する。その高台の盆地の中央に位置するのが、チャンパの聖地・ミーソン遺跡である。1時間弱の道のりだが、隣のオバサンの香水(体臭?)の臭いこと臭いこと…

途中、間寛平を黒くしたようなガイドが遺跡入場料を回収し、遺跡の入口に設けられた受付にて纏めてお支払い。ここでガイドの進言を聞き入れ、方便雨衣と書かれた中国製の雨合羽を購入する。VND20,000と安いのだが、ちょっとひっかけただけで直ぐに破れてしまう代物だ。オカモトじゃないんだから何だってそんなに薄くする必要があるんだい。破れたら合羽として機能しない。少し高くても良いから良質なものを用意してもらいたいところである。


雨合羽の装備を終えた後は、ガイドに先導され泥の一本道をハイキング。右も左も広大な自然に囲まれていて、生い茂った木々の中から野鳥のさえずりや小川のせせらぎが聴こえてくる。四方を山に囲まれ、小雨が降って霧がかかった神秘的な風景は聖地の雰囲気に相応しい。何でも、2o世紀初頭のフランス統治時代に発見されるまではチャンパ遺跡はジャングルに埋没していたそうだ。今でも全容は解明できておらず、遺跡周辺では有志団体が鋭意発掘中だそうだ。謎に満ちたチャンパの遺跡の歴史ロマンに自然と胸が高鳴ってくる。


途中の休憩所。ここでチャム族の民族舞踊が見られたり粘土細工の民芸品などを買うことができるが、今回は土産屋なんて見向きもせずに完全スルー。自分のペースで見られないのがのツアーの欠点だ。


内容が簡単すぎてほとんど用をなしていないが、一応、地図があり、ここで簡単なブリーフィングを受ける。ミーソン遺跡は2世紀末から17世紀にベトナム中部から南部にかけて栄えたチャンパ王朝の遺跡で、7-13世紀の間に築かれたチャンパの聖地であったと考えられている。チャンパ王朝では王位を継承するごとに新しい祠堂を建立するのが通例となってい為に伽藍の数も多くなり、この地にはグループAからグループHまでの区分けされた複数個の遺跡集合体が残された、と。寛平の説明に拠ると王国初期の建築物は現存していないようだが、赤煉瓦造りの祠堂やヒンズー教の神々の浮彫、石像などの一部が原型を留めて残っているそう。1999年にはホイアンの街並みと同じく世界文化遺産に登録されている。


奥の雲間から聖山・マハーパルヴァタの特徴のある弓形の稜線がうっすらと見える。ヒンドゥー教のシヴァ神を国教とした王国らしく、周囲を山に囲まれたジャングルの中に聖地が築かれた。こんなジャングルで遺跡を見つける冒険家、いい仕事してますねぇ~。


鬱蒼とした森の中のなだらかな傾斜を歩いていると、大きな遺跡がその先に見えてきた。


視界が開けると、そこはもうチャンパ王国の聖地であるミーソン遺跡。ミーソン遺跡群の中でも一番保存状態が良いグループCの遺跡群だ。余りに迫力ある偉容に、ツアー客から感嘆の声が上がる。


こちらはシヴァ神の象徴であるリンガ(男性器像)とヨニ(女性器像)のセット。比較的脆いレンガ造りの建物が爆撃で破壊されても、硬い石で作られたヨニなどは殆ど無傷の状態で瓦礫の中に埋もれて残ったそう。


主房壁面を飾る柱型と破風下の祈る女性の姿。綺麗な掘り込み芸術だ。

ひだり みぎ
材質が砂岩なので柔らかく摩滅・破損しやすいのだろう、一部は頭や体が捥げてしまっていて、時代の波に埋もれてしまったチャンパの悲哀を感じさせる。


チャンパの組積造建築は、原則として部材を迫りだして積み上げた一種の疑似アーチを用いて上部構造を支えている。迫りだし積みとは、建築材料である煉瓦や石材を水平に積む際、上層の物を下層の物より少しずつ内側に迫りだして積む工法で、アーチに類似した内部空間を構成する手法である。防水するためにフタバガキの樹液を熱し、牡蠣、かたつむり、ムラサキ貝の貝殻と粉砕した煉瓦を混ぜ合わせて用いたと考えられているが、驚くべきことにこうした煉瓦の施行にはモルタルなどの接着・充填剤は使われていない。気候的な悪条件化にもかかわらず何世紀にもわたって各建築物の原型が留まれているのはただただ圧巻だ。


祠堂の内部にも入ることができる。歴代の王は玉座安泰を祈願して金銀・宝石・奴隷・家畜・神像などを奉納したそうだ。また、10世紀以前に統治を治めていた王の石棺桶と考えられる砂岩製の棺桶も出土していることから、ミソンは単に歴代の神王崇拝の場であるだけでなく、火葬後のチャンパの諸王らの遺品が保存される場でもあったと推定されている。とにかくもうスピリチュアルな空気がビンビン。

ひだり みぎ
アンコールワットなどと比較してショボイなんて声もツアー内で聞かれたが、ここはここで聖地としてのスピリチュアルな雰囲気は十二分にあるので、他と比べたりせずここの良さを感じてほしいものである。確かにアンコールと比べちゃうと規模も小さく保存状態も劣ると言わざるを得ないが、それはそれでチャンパ民族の盛衰、栄枯盛衰、時の流れの無情さを感じさせてくれて見応えあると思うんだ。


お隣のグループBは、リンガが祀られた主祠堂の他、矩形房から繋がる楼門・宝物庫・水盤が安置された聖水庫・寺院・周壁沿いに配された7つの小祠堂から成る。

ひだり みぎ
崩壊した建物の部材がデデーンと横たわっていて、遺跡感たっぷり。


宝物庫の連子窓もクメールのものより小振りな造り。

ひだり みぎ
儀式が執り行われた内部の様子。右の写真の扁平の水瓶は聖水庫の水盤で、手足を洗い清める為に使われたとされる。

ひだり みぎ
ここにもリンガ、それも、かなりご立派で生々しいリンガ。右は洗面台のような形をしているが、女性器の象徴だそうだ。男の物の形ほどには露骨じゃない。

ひだり みぎ


遺跡の壁にはヒンドゥー教の女神が至る所に彫刻されている。いずれもすらりとした八頭身美人である。驚くべきはレンガを積み上げたあとに彫刻して作られていること。当時の高い彫刻技術が窺い知れる。


首無し像がポツリ。これは爆撃の影響と言うよりは、仏の頭だけが盗難にあったのかな。


続いて川を渡って次なる遺跡群へ。


ラピュタの世界。


グループA。現在は崩れ去った瓦礫の山に苔が生した状態になっているが、ここにはチャンパの黄金期を彩る高さ28mの美しい主祠堂があったそう。ベトナム戦争中にベトコンがミーソンに身を隠していた為、米軍のベトコンアジト掃討作戦により破壊されてしまったのだという。草も茫々に生えてしまっているし、かつて東南アジアの建造物の中でも最高傑作の一つと評された祠堂は見る影も無い。見るも無残な痛ましい保存状況だ。

ひだり みぎ
外周は残っているが、主祠堂の周りには爆撃で破壊された部材の破片が詰まれている。

ひだり みぎ
この静かで緑豊かな聖地に佇んで残骸を眺めていると、改めて戦争の悲惨さに胸を打たれる。


グループGはきれいに補修整備されている。


これはリンガではなく石碑。サンスクリット文字じゃないのかな。寛平曰く、文字の解読はできていないそうだ。解読したら大金持ちになれますよ、と。


茂みの中を歩いてグループE・Fへと向かう。

ひだり みぎ

ひだり みぎ
首無しの門衛・ドヴァラパーラと石碑文。E・Fは寛平の専門外なのか、それとも時間が圧しているのか、殆ど説明無しでスタスタと通り過ぎるだけ。


これにてミーソン遺跡の見学は終了。駐車場で待機していたバスに乗り込み、トゥボン川の船着き場へと向かう。ここでボート組は船に乗り換え、私のようなバス組はバスで帰路へ着く。天気も好転したし、隣に座ったシンガポール人と仲良くなったので私も差額の代金を支払ってボートツアーに変更したかったが、既に満席とのことで無情にも却下された。まぁ事前にボートの席を予約していなかった自分のせいだし、しょうがない。

ミーソン遺跡、良かったなぁ(コナミ感)。でも、同じくチャンパの聖地として築かれたラオスのワットポーの比じゃないくらいに広範囲に遺跡が点在していたので、限られたツアーの時間内で全てを網羅することはできなかったのが心残り。ホイアンに戻ってからタクシーで一人で再訪することも考えたが、遺跡内の説明書きは少ないし、アンコールのように遺跡の中に小遣い稼ぎの個人ガイドが屯しているわけでもないので、殆ど事前知識が無い小生のような者が一人で見て回るにはハードルが高い。そうなるとベストはガイド貸し切りのパーソナルツアーかなぁ、なんて思ったりもしたが、ガイド探してまた戻るのも面倒なので、また次回に持ち越すことに。


【チャンパ遺跡への行き方】
ホイアンから行くのが一般的だが、ダナンからも車で1時間。
タクシーを借り切って行くことも出来るが、先述の理由により、個人的にはやっぱりツアーに頼るのが良いと思う。

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