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ホイアン五大華人会館+明郷華先堂をコンプする(明郷・瓊府・潮州)


ここからは本格的に総合チケットを消化していくことに。先ずはホイアン五大華人会館(広肇・福建・中華・瓊府・潮州)を攻めてみよう。
ここで言う「会館」とは、同郷出身者の互助や親睦を目的とした公所のことで、集会所兼鎮守社とでも表現すれば良いだろうか。だいたい華人はどの街に於いても日本人の県人会よろしく地方ごとのコミュニティーを作ってなんとか会館というものを建てているのだが、ここホイアンにも中国人の信仰や建築様式を色濃く反映した会館が現存している。

16世紀以降、海のシルクロードの中継地点として繁栄したが、その発展を支えたのは中国系住民であり、17世紀以降は明人の亡命拠点となっていった。彼ら中国系移民たちは、現地ベトナム人との同化・土着化の道を歩んだ明郷と、中国人としてのアイデンティティを保持し続けた華僑の二種類の住民に分かれ、それぞれに自治組織を形成しつつ、ホイアンという一つの小さな空間の中に混住した。今でもそれら自治組織はホイアンの町に根付いていて、チャンフー通りを西から東に向かって、廣肇(広東)会館・中華会館・福建会館・瓊府(海南)会館・潮州会館の五大会館と、明郷華先堂なる公所が建っている。


地図で見て見ると、面白いことにこれら6つの会館は全てチャンフー通りの北側にトゥボン川に向かって建っているのが分かる。彼らの先祖たちが中国南岸から船に乗り、ベトナム沿岸にやってきたことと関係があるようだ。今回はこれらの会館を東の方から攻めることに。


ベトナムの民族音楽コンサートを楽しんでる間に一雨降ったのだろう。江南の古鎮の街並みもそうであるが、雨に濡れてしっとりとした雰囲気も悪くない。

ひだり みぎ
Friendly Shoe Shopというホイアン一の靴のオーダーメイド屋。この靴屋のすぐ隣に明郷華先堂(明郷会館)が建っている。


こちらはその名の通り、18世紀に華僑により建立された「明郷」たちの会館だ。明郷とは1644年の明の滅亡前後にベトナムに移住した中国系移民の子孫のこと。明郷たちがベトナムに同化したことの表れなのか、門にはベトナム国旗がはためいている。

ひだり みぎ

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女神媽祖・天后が祀られている。明郷は当時の阮政権の政策のもとでベトナムのキン族社会への同化を選んだ社会集団として、中国系としてのアイデンティティを保持している華人とキン族との中間に位置する存在とみなされて、ベトナム人の一範疇としての「明郷」籍という扱いだったそう。


続いてやってきたのは瓊府会館。「瓊府 (けいふ)」とは海南島のことで、1875年に海南島出身者が共同出資して建てた集会所だ。入場にチケットは要らないが、中には見事に誰もいない。


こちらの会館は、1851年旧暦6月にホイアンの近くの海で略奪に遭って客死した海南島の商人108名の魂を鎮める為の廟も兼ねている。

ひだり みぎ

ひだり みぎ

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続いて、一番東の潮州会館へと向かう。1845年建立と、こちらも歴史的に重要な建築物である。

通りに面して建つ門は赤い柱に緑の瓦屋根。門を抜けると広場があり、龍を装飾した瓦屋根にクリーム色の壁が印象的な建物が建っている。建材は全て潮州から取り寄せたものらしく、潮州人の郷土愛がたっぷり詰まった会館になっている。

ひだり みぎ
中心から少し外れたところに位置しているからか観光客の姿は皆無。中にいるのは瞼まで垂れそうな長い眉毛の管理人のおじさんと私の二人だけのようだ。


管理人のおじいちゃんは傘の修理に余念がないご様子。私の姿を確認すると、訪問客が来て心底驚いた表情になり、チケットを渡すとしわくちゃの笑顔を見せてくれた。


中国の屏風、掛け軸、仏像、力強い書を彫った書画、丁寧に彫られた木彫りの意匠などなどが会館中に散在していて、何とも味わい深い会館だ。派手さはないものの緻密な芸術作品の出来栄えを鑑賞するのも楽しいし、噛めば噛むほど味が出るというか、じっくりと吟味すべき場所のようだ。

ひだり みぎ

ひだり みぎ

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麒麟、鳥獣、花などが模られた屋根の木細工や仏壇の額縁も圧巻。特に額縁は全体に細かな透かし彫りが施されていて、中国人の世界感が表現されている。額縁の底部は海であり、魚やカニなどの魚介生物の彫刻が、中部人間と動物が調和する森羅万象の世界が、上部は雲の上の天竺の世界で仙人風の人々がそれぞれ彫られている。潮州人の考えが伝わる見事な芸術作品だ。

ひだり みぎ

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私が会館の奥の彫刻を吟味していると、オジサンがわざわざ傘の修理を中断してやってきて、この彫刻を嬉しそうに指さす。日本髪を結う女性を象ったものだと。確かに、言われてみれば 日本女性の髪型そのものだ。これは日本風の髪に結った中国人女性なのか日本人女性なのかは定かではないが、当時のホイアンに日本人の影響があったことを物語っている。私が「おぉー」と大袈裟に言ってみせると、管理人のおっちゃんは嬉しそうな仕草を見せて仕事場に戻っていった。

こんな調子で他の華人会館も見て回ることにする。

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