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ベトナムの奇天烈宗教第二弾・ココナッツ教


「最高のボート」を所有していると言う黒縁眼鏡との約束の時間がやってきたので、メコン川沿いの埠頭へと向かう。本日の一番の目的は、メコン川の中州に浮かぶ、ココナッツ教の教団跡が残るフーン島の見学だ。カオダイ教総本山に続き、ベトナムの奇天烈宗教施設の訪問第二弾といったところ。その後、時間が余ればトイソン島の果樹園やココナッツキャンディー工場、ベンチェーの蜂蜜農園を巡り、熱帯雨林の中のジャングルクルーズなんかも行ってみたい。

埠頭に着くと、黒縁眼鏡が取り巻き(!?)数人と一緒に満面の笑顔で待ち構えている。モーターボートの貸切が半日でVND200,000と合意していたので、乗船前に前払い。後で払った払わないのトラブルにならぬよう、念の為に用意させていた領収書と引き換えにキャッシュを渡し、「最高のボート」へと案内される。


こちらが黒縁眼鏡が言うところの「ベストボート」。船頭は別の者に外部委託をしたようで、どこかのツアー会社から引っ張ってきたのであろう若い男を紹介された。英語は全く喋れないが、用意してきた地図を見せて、ココナッツ教の本拠地跡が残るフーン島へと舟を進めてもらう。モーターが駆動するまでに時間がかかったが、いざ走り出してみると乗り心地はまあまあ悪くない。

ここで簡単にココナッツ教について知られていることをおさらいしよう。

1.フランスの大学を卒業したエリートで金持ちのボンボン息子グエン・タィンナムが戦乱の世を嘆き悲しみフーン島で興した新興宗教
2.キリスト教や仏教、儒教をベースにした混合宗教らしいが、ベトナム統一と世界平和いう大義名分以外の経典や布教活動は一切無し
3.一夫多妻制。教祖は9人もの夫人を囲い、遊園地のようなユートピアでココナッツだけを食べて幸せな生活を営む。ココナッツに砂糖や塩をまぶすのも厳禁。
4.晩年、「ミルク教」に改変しようとしたらしいが、志し無念で他界。余りに奇抜な宗教故に政府からカルトとされ、教団は1975年に強制解体される。
5.教祖は日中の大半の時間をココナッツの木の上でお過ごしあそばした。
6.教祖と一般信者とのコミュニケーションは筆談。
7.こんなハチャメチャな新興宗教でも、最大で4000人弱もの人々が入信。

まったく破天荒な人がいたものだ。カオダイ教は言っても宗教団としての規則や組織が基盤としてあって成り立っているが、この謎めいたココナッツ教はただ平和とココナッツを人一倍愛するお金持ちが道楽の為に開いたとしか思えない。活動期間は1964年~1975年と、既に組織解体から39年も経過しており、今は無き宗教団体の夢跡と言っても一部しか見ることができないと思うが、時間をかけて行ってみるだけの価値はあるだろう。


そうこうしているうちに、フーン島が前方に見えてきた。トーテムポールのような突起物やらロケットの残骸のような物体の姿が確認でき、どことなく廃園となった遊園地のような外観だ。

ひだり みぎ
こちらが教祖様の御尊顔。右の写真の髪型は異彩を放ってるが、新興宗教に有りがちな威圧感は微塵もなく、エリートで上品、どちらかといえば愛嬌のある良い人といった印象を受ける。何とも幸せそうじゃあありませんか。

ひだり みぎ
こちらは教祖様の晩年のご様子。ココナッツオンリールールは本当に固く順守されていたようで、1990年、81歳で昇天された際のお体は、見るも無残な骨皮状態になられていたそうだ。金と名声を投げ捨てて人類平和の為に自分の信念を貫き通したんだから、案外ガンジーにも何れ劣らぬ立派な平和主義者なのかもしれない。ココナッツ教も非暴力・非武装だったっぽいし。ただ、「平和」とい目的達成の為に「ココナッツだけ食べよう!」という手段に出てしまった思考回路はどう考えても理解不能。それにしてもまあそんな超偏食でよくも81歳まで天命を全うされました。合掌。


さあ、木で作られたあやうい桟橋をわたってフーン島に上陸だ。入園料を支払う私の横目に当然のように何も払わずに入園する船頭とサティアン跡へと進むと、そこには派手な装飾が随所に施されていて、往時の楽園ぶりを今でも垣間見ることができる。滔々と流れる大河メコンを揺りかごに、ココナッツと共にユートピアで平和を祈りながら激動の時代を生き抜いたココナッツ教祖。いくら変な考えでも信念を持った男の周りには人が集まるんですね。こんな教団(失礼!)に4000人とかwww


広場にニョキニョキと伸びるトーテムポール風な柱には色鮮やかな昇り龍が巻き付き、てっぺんの台座には蓮の花の飾りが据えられている。カオダイ教と非常に似たデザインだ。きっと慈善団体にでも管理されているのだろう、施設内の設備はある程度綺麗にメンテナンスをされている。

ひだり みぎ
教祖が宇宙と交信するためのテレパシー増幅用アンテナ(!?)や、天体模型らしき不可解な物体も残されていて、施設一帯が独特な世界観に包まれている。そうだよな。ココナッツだけで生活するなんて宗教を打ち立てるくらいのお方なんだから、平和主義者といってもやっぱり頭の中は相当にぶっ飛んでいる。


こちらはベトナムの国土模型とみられる。手段の良し悪しは別として、教祖様は心からベトナム民族の平和的統一と世界平和を悲願したのだろう。ココナッツを食べ続けると言う無茶は、現代で言うハンガーストライキのような抗議活動だったのかもしれない。当時はベトナムを南北に分断しての戦争中、ここミトーや対岸のベンチェーはメコンデルタの最激戦区となり、解放戦線の拠点も点在してたとされる。こんな奇妙な団体だけあって、解放戦線軍と内通していたり脱走兵をかくまっているのではとの疑惑をかけられ、先日中は反体制運動の教団として政府に監視されたりもしたそうだ。開祖から苦節12年、1976年の南北ベトナム統一時は教祖はじめ信者たちは心から安堵したことであろう。ベトナム統一という近代史の一大イベントの裏側に、こんな偉人が存在していたとは!きっと開祖の体を張った活動がベトナムを統一させたに違いありません。


他にも奇妙な建物跡などが残されている。よくぞまあこんな宗教が11年も続けたわい。

メコン川の中州に浮かぶ今は無き宗教団体の夢跡。偉大なる川の流れを眺め、世界平和を祈願してココナッツのみを食べ続けてベトナム統一に導いた(!?)ココナッツ教団の開祖。こんな偉人を歴史の中に埋もれさすわけにはいきませんwwwメコンのジャングルクルーズで有名なミトーの街を訪れた際には、メコンデルタが誇る平和活動家の本拠地跡まで足を運び、開祖が描いた夢跡に触れてみてください。

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