シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

地図にはない謎の寺院跡


さぁ続いては巨大な寝仏陀が横たわるワット・ロカヤスタ!!!と、今にもチャリを構成する全部品が壊れだしそうなおんぼろ自転車に跨り西を目指してペダルを漕いでいる道中、幾つかの無名寺院跡を発見した。いや、無名寺院というのは失礼に当たるかもしれない。無名ではなく、恐らく名前があるんだろうが、私が分からないだけだ。ただ、ガイドブックにもレンタサイクル屋で貰った地元の地図にも載っておらず、今でも名前が分からない。お分かりになられる方がいたらご教示頂ければ幸甚であります。

【謎の寺院跡その1】
DSC_1354
規模的には凄く小さいので、地図に載せるまでもないだろうというのが地図作成者側の判断であろうが…。確かに造りは非常に小さく、畳5~6畳分程の廃墟に5体の銅像が置かれているだけだ。こちらの銅像は、他の寺院で見る無残に破壊されたものとは違い、完璧に姿かたちを保っているが、ビルマ軍の猛攻から逃れたのだろうか。でも建屋は原型を留めない程に破壊されているしなぁ。アユタヤ陥落後にこちらに据え置かれたのかもしれないが、名前が分からないので如何せん調べようがない。

DSC_1355
中央に据え置かれた美しい座禅姿の仏像と、その前に立像と坐像がそれぞれ1対ずつ。タイの僧のように、それぞれが黄色い袈裟を着ている。

DSC_1358

DSC_1357
もの凄い切れ長な両の目で見られると、心の中を読み取られてしまいそうだ。

DSC_1356

【謎の寺院跡その2】
DSC_1362
もう一つ。こちらには仏塔1基に礼拝堂跡の姿が確認できる。普通こういった建物って中央の入り口がお偉い様用に大きくなっているものだが、こちらは中央の入り口が小さく左右の2つの入り口が大きいという造りになっている。

DSC_1363
礼拝堂跡の入り口からチラっ。

DSC_1364
こちらも当時は壁に沿って多数の仏像が並置されていたようだが、メインの仏像以外は胴体すら残されておらず、足からふくらはぎにかけての部分だけが座禅を組んだままの姿で放置されていて、物悲しさが漂っています。

DSC_1361

DSC_1360
仏舎利前の銅像。数百年もの間、こうやって座禅を組んでアユタヤの歴史を眺め見てきたのでしょう。

歴史書に拠ると、世界遺産都市アユタヤには最盛期で400もの寺院があったらしい。そりゃあ地図には載っていないような中小寺院跡があったって不思議ではない。言い換えれば、地図にあるだけがアユタヤの全部じゃないってことでもある。噛めば噛むほど味が出るガムではないが、旅れば旅るほどアユタヤの良さが発見できるのだろう。こりゃあチャリ旅のしがいがあるってものだ。


Related posts (関連記事):

ウボンラーチャターニー⇒チョンメック経由パークセー
本日はタイのウボンラーチャターニーから陸路ラオスに抜け、そのままラオス南部の都市パークセーへと移動する。ラオスと聞くだけでちょっと未知で未開な感じがするのは否めないが、ウボンからはパークセーへの直行国...
ワット・チャーンローム(カムペーンペット)
次はスコータイ朝後期~アユタヤ朝前期に建てられた“ワット・チャーンロム”へ。スコータイやシーサッチャナーライにも同じ名前の象に囲まれた寺院があったが、ここのワット・チャーンロームも同じような構造になっ...
ワット・チャーンロム(スコータイ)
スコータイの寺院巡りの最後を〆るのは城壁東部に建つワット・チャーンローム。またかよ?と思われるかもしれんが、同じ名前の寺院をシーサッチャナーライとカムペーンペットでも見てきてるので、確かにワット・チャ...
ワット・ケーク(ノンカイ版ブッダパーク)
さて、今回目指す先はワット・サーラーケーオーク、通称ワット・ケーク。「ブッダパーク」ノンカイ版と言ったら判り易いだろうか。この寺を築きあげたブンルア・スリーラット師は1932年にノーンカーイ生まれたタ...

スポンサードリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする