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『東洋のパリ』を感じるオペラハウス


ハノイ中心地に建つハノイのシンボルの一つであるオペラハウス、その歴史は仏領時代まで遡る。1873年にホン河から上陸したフランスはハノイを占領、植民地化しました。現在オペラハウスや歴史博物館がある一帯が最初に接収した租界地となり、おフランス風の建物が次々と築かれます。その中でもパリのオペラ座を模したこの建物は1901年から10年もの歳月をかけた末に完成、オペラや室内楽、劇などが催されましたが、訪れることが出来たのは上流階級のフランス人と、一部のベトナム人官僚のみだったそうです。オペラハウスとしても今でも現役バリバリで、建造百周年にあたる2011年10月9日にはExileやAKB、倖田來未らの豪華ゲストが出演した日越友好音楽祭がで開催された他、記念祭以外にもベトナム国立交響楽団を初め内外の演奏家により頻繁にコンサートが行われているようだ。
日越友好音楽祭の様子

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ひだり みぎ
周囲は緑溢れる公園や、ソフィテル、レジェンド、メトロポールなどの高級ホテルが立ち並び、この一角だけは東南アジアらしくないw観光地区でもある為に外国人客を狙って人力車がズラ~っと並んで待機しています。

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都市開発にもフランス流手法が用いられ、オペラ座の前にはフランスを彷彿とさせるような6本の通りが放射状に延びる中心広場が建てられていて、六叉路になっている。一見、平和な広場のように見える中心広場だが、過去には政治の舞台ともなっており、八月革命広場とも呼ばれている。八月革命とは第二次大戦終結後の1945年8月、ベトナムを一時的に統治していた日本の降伏を機にインドシナ共産党がベトナムの独立を目指して起こした革命のこと。8月19日にこの広場で蜂起を呼び掛ける大々的な集会が開かれ、9月2日の独立へとつながります。この広場に何千もの人々が集まり、ホーチミンは2階のバルコニーから演説をしたそうだ。1950年代以降は戦争などのためにオペラハウスは寂れ、ようやく90年代に入ってから修復され、1997年にハノイで開かれた第七回フランス語圏サミットにあわせて再開されました。何とまぁ歴史溢れるオペラハウスだこと。

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オペラハス正面にある中心広場のロータリーにはバイクや車がびゅんびゅんと絶え間なく走っているので正面のベストポジションからオペラハウスを写真に収めるのは難しい。正面から威風堂々としたオペラハウスを見ていると思わずうっとりして、走り来るバイクにはねられそうになる。白と黄色に美しく彩られた正面からは重装感と優美さを感じるし、軒下の壁の可憐な花模様の装飾は美を、てっぺんの小窓付きドーム屋根からは独創性を感じる。

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そして夜はライトアップされて幻想的に!

ひだり みぎ
こんなにも素敵なオペラハウスですので、エントランスの前の石畳の上では花婿・花嫁用衣装を着たカップルが引っ切り無しに記念撮影を行っている。それも、ロケ隊まで組む大掛かりな撮影で、着付け役も大忙しで大変そうだ。もともとベトナムの結婚式は簡素なもので、自宅の祭壇で先祖に結婚報告をするくらい、披露宴が花嫁と花婿の実家で別々に開かれ、花婿側が花嫁の実家に出向いて花嫁を連れて帰るというのが伝統的なスタイルで、教会などで式を行う習慣はないと聞いていた。しかし、中国と同様、外来文化の流入や経済成長による所得アップなどで結婚式のスタイルも変化してきたのだろう。今や結婚指輪を贈る習慣すら根付きつつあるらしい。

内部も見学したかったのだが、残念ながら公演時以外は中に入ることができないらしい。残念ではあるがしょうがない。後ろ髪を引かれる思いでオペラハウスを後にし、周囲の探索を続ける。

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オペラハウスの真正面に伸びるチャンティエン通りは仏領時代には租界地とハノイ城を結ぶ重要な通りだった為、商業や娯楽の中心街として栄えました。フランス風の建築物が立ち並んでいて、何でベトナムが東洋のパリと呼ばれているのかが分かる気がします。

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いい感じのアイス専門店を発見したので入ってみることに。その名もKem Tran Tien。ハノイでは有名な自家製アイス屋さんらしい。

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ココナッツとグリーンビーンのアイスバー、2本でVND 15,000(約60円)と嬉しいお値段。店内では若者カップルや家族ずれで人がごった返していて、皆さん幸せそうに笑顔でアイスを頬張っていました。幸せそうな子供連れ家族に昭和風のレトロな店舗、そして店内から見える歴史都市ハノイの街並み…何というか、幼少時代にアイス屋さんで腹壊すまでソフトクリームを食べた懐かしい思い出が蘇ってきました。香港みたく近代的超高層ビルが立ち並ぶ大都会もいいけれど、やっぱりハノイのような歴史が香る文化都市の方が自分の性には合うのかもしれないな。


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