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抗日愛国教育拠点でもある日俄監獄旧址


続いてはタクシーで日露監獄旧址へ。「俄」というのはロシアを意味する中国語・俄羅斯の頭文字から来ている。1898年に旅順・大連を租借した帝政ロシアは旅順港を侵略基地として植民統治機構を設置、軍隊・特殊警察が各地に遍く配置された。反抗的な人民が逮捕拘禁されていったことから大規模な監獄が必要となり、1902年に旅順監獄の建設に着手する。しかし、1904年には日露戦争が勃発したことから85の牢獄を建設しただけで建設計画の中止を余儀なくされ、戦時は野戦病院及び兵営として利用された。日露戦争勝利後には日本が建設途中であった建物を接収、更に253の牢獄、4の地下牢、18の病人用獄舎を拡張し、『関東庁監獄』『旅順刑務所』として運営、犯罪人や中国、満州、朝鮮などの反日抵抗者を収監した。1945年8月ソ連軍の旅順進駐により監獄は解体されたが1971年7月監獄旧跡として修復、中国人の為の抗日愛国教育拠点となり、『帝国主義侵華の罪行展覧』やら『犯罪証拠文化財展』やらが開催されてきたそうだ。その後、中国政府は海軍基地がある旅順の軍事機密を保護するという理由で旅順への外国人の立ち入りを制限していたが、2009年の旅順解放に伴い外国人に対しても博物館として開放される運びとなった。

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巨大な監獄跡。周囲は高さ4mの塀で囲われている。

ひだり みぎ
ロシアは青レンガ、日本は赤レンガをそれぞれ建材としたため、両国の施工部分がはっきりと分かる。監獄塀内の占有面積は26万m2で、東側の三階に87室、中央二階に84室、西側二階に82室の監獄が配されて、最終的には最大2000人余を収容できる規模となった。伊藤博文を暗殺した韓国人・安重根も144日に渡って収監され、最後は『国事犯』としてこの地で絞首刑に処されたそうだ。道理でチケット売り場に併設された土産物屋にバッジやらコインやらの安重根グッズが並べられているわけだ。

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こんなもの韓国人くらいしか買い手がいないのではないか。それでも仕入れて販売しているということは相当数の観光人観光客がこの地に来て大韓民国万歳!と大いにナショナリズムを刺激されているのだろう。そういや至る所にハングル文字での解説看板が建っている。安重根や周恩来、孫文、プーチンのグッズは扱うが東郷平八郎や東条英機、安倍総理の記念品が置かれていないというのはまぁ、『そういうこと』なんだろう。ただの博物館ではなく抗日愛国教育基地も兼ねているのだ。

nabe
どうでもいいが、安重根さん、顔立ちと良い髭具合と良い、世界のナベアツと完全一致しているではないか。

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獄舎に入ると先ず検身室がある。囚人服はレプリカじゃないのだろうか、汚れ(まさか血痕じゃないよなあ)が付着している生々しい衣服も架けられている。囚人服の色の違いで何らかの区別がされていたのであろう。

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更に獄舎を奥へと進んで監房の中に入る瞬間、レンガ造りの建物の内部から冷たい空気が出てくるのを感じた。気持ちのよい冷たさではなく、気味悪さから来る背筋の凍るような悪寒である。外部に面した半地下の独房など窓一つ無く光を閉ざされている上に天井も低くスペースも狭い為、数時間入るだけで発狂してしまいそうだ。一般的な居房は15㎡ほどで、平均で1部屋あたり7~8人が収監されていた。

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こちらは安重根が収容された監房。看守部長の当直室の横にあるこの監房に単独で拘禁され、24時間体制で一挙手一投足を監視されていたそうだ。

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計11条から成る収容者遵守事項。日・朝・中の3ヵ国語で獄舎の壁に張り出されている。

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回廊の地面は鉄格子を付けた吹き抜けになっている。徹底した監視体制が敷かれていたそうなので、上下のフロアの様子も観察できるように設計されたのであろう。

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重さ11kgにもなる鉄球は脱獄を試みた囚人などに装着された。

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こちらは日本敗戦時の監獄所長・田子仁郎氏の筆供自述書。戦後は身柄を拘束され、遼寧省北部にある撫順戦犯管理所へと送られたそうだ。こちらも現在では観光地化されている。

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監獄の周囲の刑務所用地には果樹園、造林地、野菜畑が開発され、服役者が労働にあたっていた。労働時間は季節によって7段階に分けられていて、一番短い1月と12月は一日5時間半、一番長い6月と7月は9時間半で、それぞれ室内労働の場合は1時間追加されていたそうだ。

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工場と医務室。被服、紡績、織布、印刷、鉄工木工など、合計で15の工場が建てられた。

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監獄の東北の角には二階建ての絞首刑室も建てられた。台下の床が開いて地下室に落下する構造になっている。

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こちらは日露戦争の様子を納めた貴重な写真である。恐らく白襷隊であろう、文字通り御遺体が山積みになっていて、目を背けたくなる。

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旧日本軍280サンチ砲基地と日露軍人の集合写真。中列左から二番目が乃木稀典。

ひだり みぎ
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露兵の墓標、靖安游撃隊五勇士戦死之地碑、満洲國建國紀念植林碑など。満洲各地にはかつて日本人の建てた慰霊碑や記念碑が数多く建てられたそうだが、日本の敗戦後、特に文革時にその多くが破壊されたと聞いている。旅大(旅順、大連、金州)地区にあったものの一部がここに集められたのだろう。

監獄というのは余り気持ちの良い場所ではないし、特にここは韓国人や中国人訪問客向けの展示内容となっているので見学していて心苦しくもなってしまう。それでも興味の湧く方は是非足を運んでみてください。

旅順日露監獄旧跡博物館
住所: 大連市旅順口区向陽街139号
時間: 08:00~16:30
定休日: 無し
料金: 25元(約400円)

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