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香山商業文化博物館


今回は中山市の目抜き通り・孫文西路にある香山商業文化博物館のご紹介。

隋唐時代に整備され800年の歴史が有る孫文西路の中でも一等地中の一等地、明の時代から中山市で最も栄えた繁華街の中の石岐商会跡に在る博物館です。

香山商業文化博物館
住所: 中国 广省中山市文西路152号
電話: (0760) 8838581 
時間: 09:00-17:00
料金: 5元(週末は頻繁に無料公開しています)


香山とは中山市・珠海市・マカオ一帯の古称です。この地域(今では珠江デルタと呼ばれるところ)は宋代からシルクなどの集散地として栄え、大航海時代以降に長距離航海ルートが確立された後は海外との貿易窓口として急速に商業が発展していきました。

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中国初の商業文化をテーマにした博物館で、400点を超える収蔵品が展示されています。ミルキーピンクの中洋折衷建築が特徴です。

入り口では香山が生んだご当地ヒーロー5人衆がお出迎え。皆様、中国近代商業の発展に深く関わった中国商業史の巨匠たち。香山は商才・商魂に溢れる人材が豊富らしいです。
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左から
除潤:中国商業界の精鋭の一人で、“茶王”や“不動産王”の異名を取る。
唐延枢:中国の工商業界の先駆者の一人。
鄭観応:維新思想を持った実業家で、商戦思想に関しての論述を纏めた人物。マカオの鄭家屋敷で有名。
馬応彪:“上海4大百貨店”の一つ、先施百科の創始者。
郭?:“上海4大百貨店”の一つ、永安百貨の創始者。

中に進むと明朝・清朝時代の香山中心地であった石岐街の様子が再現されています。 
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マカオ経由でポルトガル人の来航が開始され、対外貿易の窓口として繁栄しだします。

ひだり みぎ
外来文化の影響からであろう、明らかに伝統的な中国のアーキテクチャとは異なる建築様式です。

陶芸品屋
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現在の民生路一帯が焼き物、陶芸品商の集積地だったと言われています。広東省一帯は今でも茶器や食器の他、人物や動物の陶器の製造でも有名です。

茶屋
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当時の代表的輸出品であるお茶。中国全土で1000種類以上のお茶があるとされているのですが、欧米への輸出はイギリスのアフタヌーンティーで飲まれるような紅茶が多かったそうです。

漢方薬屋
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清代末期には現在の中山市のエリアだけで10店以上の薬剤店が開かれていました。ここの展示物はその中の一つである“福寿堂薬店”で使用された物だそうです。

ひだり みぎ
中華民国時代の輸入品。

鄭家屋敷(Mandarin’s House)
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中国近代の思想家である鄭観応の父親によって1881年に建てられた鄭氏一族の共同住宅跡で、マカオの観光スポットの一つ。4000㎡の敷地に最大で300人超が起居していたとされる。嶺南建築という伝統的な広東の住居スタイルを踏襲しつつ、随所に西洋的なデザイン装飾を取り入れているのが特徴です。2001年にマカオ政庁が買い取ったときには痛みが激しかったのですが、鄭觀應の生誕160周年にあたる翌2002年から大規模な修復工事が行われ、その完成を待って2010年から一般公開されています。

*実際の鄭家屋敷。澳門の海事博物館から徒歩10分のところにあります。
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鄭観応さんは開明思想家で、清末の洋務運動(西洋近代の科学技術の導入による国力増強を目指した改革運動)の中心人物として知られる李鴻章の側近として活躍しました。

鄭さんの紹介文の抜粋。
『Zheng Guangying(1842-1922), originally named “Guangying”, also known as “Zheng Xiang”, “TaoZhai”, “Juyi”, and “Qiyousheng”, nicknamed “Recluse Waiting for Crane in Luofu Mountain”, a native of Yongmo Village, Xiangshan County, is a famous….』
動詞までの下りが長すぎ!何かもうなんて呼んでいいのか分かりません。

『香山人は商才・思考能力に優れ日々のやり取りの観察の中から全体の流れを読むことに長ける』と自画自賛。中国近代の上海四大百貨店は全て香山出身者により創始されたそうで、博物館の3階は上海四大百貨店の紹介に充てられます。

①先施公司(Sincere Company)
元中山市の貧困農家に生まれた馬応彪がオーストラリアのシドニーで蓄えた資金と経営管理技法を持って設立した百貨店。当時の中国では画期的な定価販売を始め、中国の小売り業で初めてレシートのシステムを導入、商品に欠損が認められた場合は返品にも応じたそうです。また、女性社員の積極的な登用を進め、“男主外,女主内”との中国の伝統的価値観・社会的偏見を打ち破るなど、先進的・画期的な商売文化で繁盛しました。買い手市場の中国で顧客を第一に考えるスタンスも画期的と言えるでしょう。Sincere百貨店は今なお香港で見る事ができます。

②永安公司:
オーストラリア華僑である郭さんが創始した永安百貨店、『お客様はいつも正しい』をモットーに中国特産品を輸出入に注力しました。中国初の自社用クーポン券を採用したり大型家具などの販売時にはデリバリーサービスも行って顧客満足度アップに努めました。この百貨店も現存です。

ひだり みぎ
1939年4月創刊の“月刊永安”なる自社出版雑誌と懐かしのゲーム。私の世代くらいまでは祭りでこのゲームで遊んでソース煎餅を食べたりしたのですが、今ではすっかり姿を見る事がありません。

③新新公司:先施百貨店の経営人の一部が分裂をして創業された百貨店上海で初めて空調を完備させた百貨店らしい。

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1932年10月26日の“新聞報”に載せた大売出しセールの広告。

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ルーフトップガーデンはレストランや宣伝活動などにも利用されたようです。ビアホール的なものなのでしょうか。メディアの力を最大限に利用して先述の二大百貨店の牙城を崩そうと挑むも、資金難から1951年に閉鎖される。

④大新公司(現 上海市第一百貨商店):
『顧客の要求は絶対である。決して怠慢対応は許されない』と社員の教育を強化。徹底した顧客至上主義で中国国産品を中心に販売。上海で初めてエレベーターを導入など近代的な建物への投資を惜しみませんでした。

≪結論≫
現在の中山市を含む香山地方は海外との窓口として古くから栄えましたよ、と。元々の商才と海外との折衝で培われた最新経営管理手法を活かして中国商業界の近代化にも貢献しましたよ、と。香山人って凄いんですよ、と。

でも顧客至上主義で成功を収めた4大百貨店という説明は違和感あったな~。この流れは一体どこに行ってしまったのだろう。現在の買い手を尊重しない商業文化を見て4人の先達は墓石の中で嘆き悲しんでいるに違いない。

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コメント

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    ひろりん。のブログ(http://hilolin.cocolog-nifty.com/) と言います。
    中国清朝思想家鄭観応 屋敷について調べていましたら、たどりつきました。
    屋敷を観覧しエントリーを作成してリンクさせて頂きたいのですが可能でしょうか?
    どうぞよろしくお願いします。